1-21  ヨハン


 先頭を行くベルマンが停止の合図をする。 

 全員が馬を停めると、ベルマンと二番手のアドルフが馬を降りた。


 前方に、二人の男が倒れていた。

 ヘルマンとアドルフが周囲を警戒しながら、倒れている男たちに近づいた。

 残りの4人は馬上で、離れて警戒していた。

 

「これは、ヨシュアとグスタフです! 二人とも死んでいます!」


 ベルマンが振り返って叫んだ。

 馬上で指揮官のヨハン・ヘンリクスが唸った。


 アドバンスドの聖騎士ヨシュアと、アサシンのグスタフ。

 二人ともガーディアンズの中でも腕利きなのだが。

 

 デフェンテルの密偵の報告では、エレーネは二人の女を引き連れているらしい。

 かなりの手練れと判断すべきだと思った。


 ヨハンは周囲をゆっくり警戒しながら前に進む。

 

「ヨシュア、そんな馬鹿な……」

 後ろにいたコンラートが馬を降りて走り出す。


 コンラートは、ヨシュアの兄だった。

 コンラートはヨシュアの傍らに立つと、うつ伏せに倒れ、横を向いた顔を苦悶で歪め、目を見開いて絶命しているヨシュアの姿を見てその場に跪いた。


「ああっ! ヨシュア何故お前ほどの騎士が?」

 ベルマンとアドルフも傍らで、沈痛な面持ちで二人の遺体を見つめている。

 

 ヨハンも二人の亡骸を確認した。

 間違いなくヨシュアとグスタフだった。


 二人ともたった今死んだばかりの様に見える。

 周囲には争った形跡もない。

 

 コンラートがヨシュアの肩に手を掛けて抱き起す。


 ヨハンはヨシュアの体の下になっていた右手が、黒い球を握り占めているのに気付いた。

 

 ヨハンはそれを知っていた。

 以前、公国の武器商から見せられた魔道兵器だ。


「いかん! さがれ!」

 次の瞬間、6人は閃光と爆音に包まれた。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ハイデガー山の中腹に差し掛かったところで凄まじい爆音にヴァネッサが馬車を停める。


 麓の森に、火柱が立つのが見える。

 ベアトリスも馬車の扉を開けて、火柱を見下ろした。


「すっげーな公国の新兵器、あいつらあんなもん何に使う気だ?」


「勿論、戦争に決まってるじゃない。それよりあなた、よくあんな物持っていたわね」

 

 エレーネはシャルル・ド・ルフランに直接貰ったとは言わなかった。

 以前、秘密同盟の密約の会談に出席したとき公王ルフランから手渡された。

 

「あなたは三国の盟約を守る大事な人ですから。護身用に一つどうぞ」


 冗談とも本気ともつかない笑顔で渡された。

 エレーネはあれが、レア火魔法“インフェルノフレーム”だと解った。

 

 本来は魔力を通して起動させ投げるのだが、エレーネはヨシュアの体を動かしたら稼働する様に細工した。


 魔法を使えない者でも、何時でも特級の広範囲火魔法を使える。

 こんな物騒な物を開発しているルフラン公王は、禄でもない奴に違いない。

 

「未だ追って来るな、先に進もう」

 ヴァネッサが馬車を出す。


「あれで死ななかったの? 信じられない」

 ベアトリスの言葉にエレーネが答える。


「三人消えた。追って来るのは、レアとアドバンスドの聖騎士、それにミドルの弓士の三人だ」

 

「やっといい勝負ってとこかしら、レアが厄介ね」


「レアの聖騎士なら、隊長のヨハン・ヘンリクスだよ! 反教会派の人達を殺して回ってる糞ヤㇿーだ!」


 御者席のヴァネッサが大声で話に入る。


「ヨハン・ヘンリクスなら見た事が有るわ、ひとりで一個中隊ぐらい潰しちゃう様な化け物よ」


 戦闘職の中でも聖騎士の戦闘力は別格である。

 此方はユニークの自分にレアが二人なら、有利な様に思えるが、油断はできない。

 

 エレーネがベアトリスに言った。

「奴は私に任せろ」 


 おそらくヨハンはエレーネが戦力だと思っていないだろう。

 そこが付け目だとエレーネは思った。

 

 ベアトリスがいつになく戦闘に積極的なエレーネを訝る様に見た。


 ユニークなのだから強いのだろうとは思うのだが、ベアトリス達も、長い付き合いになるが、エレーネがどんなスキルを持っているのか殆ど知らなかった。


 認証官と云うジョブが希少な上に、彼女が意図的に隠していたからだ。

 

 ベアトリスはふと気になって、話題を変える。

「ねえエレーネちゃんの好きな男ってどんな奴」


「あっ! 僕もそれ聞きたい!」 

 御者席のヴァネッサも喰いつく。


「生き残れたら話してやる。もう来るぞ!」 

 エレーネはそう言ってマジックバッグから剣を取り出した。

 

  〇 〇 〇 〇 〇 〇


「だから僕は木剣に“強化”を付与して丈夫にしただけで、木剣で真剣を折ったのはクルトの実力ですよ」


 マリウスの説明にクラウスが首を捻る。


 あれから騎士たちは解散させられ、マリウスはクラウスと一緒に、馬車で館まで戻って来た。

 

 エリーゼは、自分はこれから剣の修業があるので等と言って逃げてしまった。


 クラウスは当初不機嫌そうだったが、馬車の乗り心地が予想以上に向上しているのに満足し、すっかり機嫌が良くなっていた。

 

 とは言え、息子に釘を刺しておかねばと、クルトと一緒に執務室に連れて行った。

 マリウスの話を聞いて、クラウスはクルトはどう思うかと聞いてみる。

 

 クルトは少し考えた後、慎重に答える。


「よく解りませんが、若様の木剣でヨゼフと打ち合ってみて、多分いけると思いました」


「つまり鋼の真剣を木剣で叩き折れると思ったのだな」

 クルトの言葉を聞いてクラウスが唸る。


「マリウス、“強化”と“硬化”はどう違うのだ?」

 クラウスがマリウスに尋ねた。


「えーと、“硬化は”とにかく対象を硬くするだけで、硬くなったからと言って必ずしも丈夫になるとは限りません。かえって折れ易くなるかもしれません。それに対して強化の方は、兎に角対象を丈夫にする術式です。剣なら折れないように、服なら破れないようにと言った感じですか」

 マリウスは考えながら答える。

 

「成程、では例えば鎧に“強化”を掛ければ壊れない鎧になると云う事か?」


「ええ、少なくとも鎧は」

 マリウスの答えに、クラウスが首を傾げる。


「鎧は壊れませんし普通の鎧よりは戦いで有利だと思いますが、着ている人間が絶対無事とは言えないと思います。衝撃や例えば魔法は伝わりますから」

 

 マリウスは言うべきか迷ったが、やはり父にはある程度話をすべきだと思った。


「僕は未だ使えませんが、師匠の話ではミドル以上のクラスの付与には、“物理防御”や“魔法防御”と言った、防具専用の術式があるそうです」


 実は既に術式自体はザトペックに貰っていて記憶されている。

 あとは魔力量が増えるのを待つだけだ。

 

「其れこそ付与魔術の真骨頂だな」

 クラウスが頷く。


 クルトの眼光も鋭くなる。


「もう一つ聞くが、お前の付与はどの位の大きさの物まで効果を付けられる? 例えば馬車位迄とか、家位なら出来るとか」

 

 マリウスは暫く考えてから答えた。


「試したことは在りませんが一度で無理ならいくつかに分けて付与することは出来る筈ですから、魔力のある限りどれ位でもいけると思います」


 マリウスの答えに、クラウスは満足して頷く。

 

 最後に威厳を正して二人に告げる。


「マリウスは人前で無暗に魔術を使わぬ様に、クルトはマリウスが羽目を外さぬよう、よく見はれ」


 下がれ、と言われてやっと二人は解放された。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ヨハン・ヘンリクスは怒りに燃えていた。


 とっさにフォースシールドを展開して自分と自分の後ろにいた二人を守ったが、死体の傍らにいた三人は特級魔法“インフェルノフレイム”を至近距離でくらって、レジストもできずに蒸発した。

 

(聖騎士の亡骸を罠に使うとは、許さん! 許さんぞエレーネ・ベーリンガー!)


 三人を失ってこれで三対三だが、何とか馬も守れた。

 ヨハンは迷わず追撃を開始する。


 何故あの女があれを持っている?

 公国と何か繋がりがあるのか?

 

 疑問は尽きないが、それでもヨハンは自分のギフトに絶対の自信をもっていた。

 彼はエレーネを戦力とはみなしていなかった。


 謎の多い女だが、所詮文官の魔術師だろうと高をくくっていた。

 

 枢機卿からは捕えろと命じられているが、既にヨハンは理性の箍が外れてしまっていた。

 五人も部下を殺された怒りで、目が真っ赤に充血していた。

 

 アドバンスドの聖騎士エルネストと、ミドルの弓士カールがヨハンの後を追う。


 狭い坂道を駆けて行くと、馬車の後ろが見えた。

 ヨハンが馬を煽る。

 

 追っている馬車が急に眼前に迫って来た。

 馬車を引いていた二頭の馬のハーネスを斬って馬車を切り離したらしい。


 ヨハンは二頭の馬にそれぞれ女が跨っているのを捉えていた。

 

 腰の大剣を抜くと、レアアーツ“ブレイドキャノン”を放つ。

 目の前に迫っていた馬車が、理力の光の砲弾で粉々に粉砕された。


 フードを被った女が振り返る。

 10を超える水の槍が頭上から降り注ぐ。


 上級水魔術、“アイスジャベリン”だ。

 ヨハンは5枚のフォースシールドを展開して全ての槍を迎撃する。

 

 眼前に突然三つ竜巻が発生し、土砂を巻き上げる。

 ヨハンは裂帛の気合いと共に、大剣で初級風魔術“トルネード”を纏めて切り払った。


 開けた視界に二騎の後姿がもう50メートル位まで迫っていた。

 

 頭上の木から飛び降りた、ローブを被った女が、一番後ろを走るカールの背に取りついた。


 抗うカールの喉を切り裂き、馬から蹴落とすと手綱を取って馬を停め、素早く馬首を返して走り出す。

 

 馬を停めて追おうとするエルネストに

「放っておけ!」

 と怒鳴ると、馬の速度を上げる。


 ヨハンの目は右側の、腰まである長い黒髪を束ねて、風に靡かせている女の後姿に注がれていた。

 

 間違いない。

 認証官エレーネ・ベーリンガー。


 ヨハンは大剣を前方に構えるともう一度“ブレイドキャノン”を放つ。

 巨大な光の砲弾がエレーネの背中を突き抜けた。

 

 次の瞬間目の前を走る二騎の姿が掻き消すように消えていた。

 ヨハンは手綱を引いて馬を急停止させ。周囲を見回した。


 何時の間にか狭い坂道を抜け、開けた草原に出ていた。

 200メートル程離れた草原の真ん中に、騎乗したエレーネが一騎で立っていた。


 馬を停めて此方を見ている。

 もう一人の女は姿が見えない。

 

 エルネストがヨハンの隣に馬を並べた。


「私が行きますか?」

 エルネストの言葉に、


「私が出る!」

 ヨハンが吐き捨てる様に言って馬を進める。

 

 エレーネは右手を上げてヨハンを指差すと中級風魔法“サイクロンブレイド”を放つ。


 ヨハンは“サイクロンブレイド”を大剣の一閃で切り裂くと、フォースシールドを3枚展開し、大剣を振り上げて一気に馬を駆けさせる。

 エレーネも剣を抜いてヨハンに馬首を向け、馬を駆けさせた。


 二人が交差する瞬間ヨハンは大剣を横殴りに振るう。

 しかし一瞬早くエレーネが宙に浮かび、そのまま更に上昇した。

 

(此奴、空を飛べるのか!)


 ヨハンは驚愕しながらも、馬首を返し宙に浮くエレーネに上級アーツ“ソニックソード”を連続して放った。


 エレーネは衝撃波を剣で弾くと、上級風魔法 “フォールサンダー”を放った。

 ヨハンはフォースシールドで落雷を防ぎ、空に向けて“ブレイドキャノン”の構えをとる。


 下から剣先が伸びて来た。

 もう一人の女か?


 ヨハンは剣で払いながら、後ろに跳び下がる相手の姿をみる。

 空中にいる筈のエレーネだった。


 エレーネは“エアカッター”を連続で放ちながら後退し、再び宙に浮かび上がる。

 ヨハンは全て“フォースシールド”で防ぎながら、中空に浮かぶエレーネを睨んだ。


(なんだこの女は? 何かおかしい、レアの聖騎士であるこの私が、認証官ごときに翻弄されていると言うのか)


 長引けばまずいと思いながらヨハンは、再び“ブレイドキャノン”の構えを取った。


「ブヒヒヒヒーン!」

 愛馬が戦慄いて、前足を折った。


 投げ出されたヨハンは、受け身をとって着地しようとするが、無様に頭から地面に叩きつけられた。

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