1-20  魔剣


 剣術修行も今日で四日目である。

 だいぶん体が馴染んで来たのが解る。


 昨夜もシャツを2枚付与して魔力を空にして眠った。

 すっかりこの生活のサイクルが出来上がって来た様だ。

 

 何時ものメニューをこなしても未だ充分余力があった。

 クルトから木剣を渡されると、今日も上段斬りだけを、繰り返し練習させられる。


 時々クルトが指導してくれた。

 三十分程剣を振っていると、段々腕が上がらなくなってきた。

 クルトが修行の終了を告げ、礼を交わした。

 

 振り返るとやはりリナとユリアがいた。

 庭石の上に座ると、二人が傍にきて両側から汗で濡れたシャツを脱がせて体を拭ってくれた。


「えっと、二人で交代とかにすれば……」

 マリウスが遠慮がちに言った。


「マリウス様のお世話は私の仕事ですから」

 リナが此方を見ないでぼそりと言った。


「父からお世話をする様に言われておりますので」

 ユリアも此方を見ずにぼそりと言った。

 

 マリウスは諦めて二人にされるが儘にしながら、いつもの様に型稽古を始めたクルトに尋ねた。


「クルトは馬車の御者は出来るかな?」

 マリウスの問いに、クルトは剣を降ろすと戸惑いながら答えた。


「馬車で御座いますか、まあ扱えると思いますが」


「今日、父上の言いつけで馬車の付与をするのだけど、終わったら僕を載せて馬車を動かしてくれない」


 マリウスの頼みに、クルトが剣を降る手を止めて答えた。


「それしきの事でしたらお安い御用です」 

 クルトは快諾した。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇

 

 マリウスはしゃがんで、馬車の下を覗き込んだ。


 この館には、2頭立て4輪の乗車用の馬車が2台、2頭立て4輪の荷馬車が1台、1頭立て2輪の荷馬車が2台の合計5台の馬車があった。


 マリウスは車庫に並んでいる馬車の中から、取り敢えず2頭立て4輪の乗車用の馬車から見てみる事にした。


 今日はエリーゼが魔石の瓶を持って後ろに立っている。

 ノルンは風魔法の修行の日らしい。


 マリウスは下から馬車の構造を確認した。


「どうですかマリウス様?」

 エリーゼもしゃがんでマリウスと一緒に馬車を覗き込んでいる。


「うん、馬車ってこう云う風になっていたんだ」

 

 細い湾曲した鉄骨のフレームの上に木の客室が取り付けられている。

 フレームの鉄骨は、軽量化の為かとても細く頼りなく見えた。


 骨組みにやはり鉄製の後輪の車軸が取り付けられている。

 前輪の車軸は別のフレームに取り付けられていてその上に御者台がある。


 縦軸で客室のフレームに繋がり左右に首を触れる様になっていた。

 馬車が曲がるときは御者台ごと左右に曲がっていく様な仕組みらしい。

 

 御者台の下の前輪は小さく、客室の下に後輪は大きかった。

 車輪も輻も木製だった。

 

 御者台を覗いてみるが、ブレーキらしいものはない。

 御者台の先に延びたハーネスに馬を繋ぐので、ぶつからずに馬が停まると馬車も止まるらしい。


 足もとに停車時に装着する、回り止めが転がっている。

 将来的には安全の為、ブレーキを検討したい。

 

 扉を開けた客室を覗いてみる。

 大人二人が何とか座れる木製の長椅子が向かい合う形で配置されている。


 長椅子の背凭れにはカバーが掛けられて、座席には薄いクッションが置かれている。

 軽量化の為だろう、下のフレーム部分と車軸だけ鉄が使われていて後は全て木製の様だ


 これも検討課題だな。

 

 マリウスは、エリーゼから魔石を二つ受け取る。

 後輪の車軸に“摩擦軽減”を付与する。

 続けて前輪、縦軸に付与を施すと、客室に入る。

 

 この前乗った時シートが硬くてお尻が痛くなったのを思い出したマリウスは、  シートにも付与を掛けることにした。


 前の座席に右手を添える。

 頭の中にイメージする。


 あまり柔らかくすると底が抜けてしまうかもしれない。

 魔石を一つだけ持って、なるべく効果の持続に振る様に付与を掛けてみた。


 うん悪くない、程よい弾力のある柔らかさだ。

 向かい側のシートにも付与した。

 

 エリーゼが入って来て、反対側の座席に座る。


「わあ、凄いですね、これならずっと座っていられます」

 そう言って足を延ばして燥いでいる。

 

 もう一台の2頭立て4輪の乗車用の馬車に同じ付与をする。

 これで魔力を56使った。

 残り64。

 

 ちょうどそこへ馬を二頭連れてクルトがやって来た。

 クルトが馬をハーネスに繋いでいる間に、残りの馬車に取り掛かる。


 荷馬車は1頭立も2頭立ても、縦軸が無く前後輪の車軸が真っ直ぐなフレームに固定されていた。

 3台の荷馬車の前後輪の車軸に“摩擦軽減”を付与して馬車の付与を完了する。

 

 クルトの支度が済んだので、エリーゼと二人馬車に乗り込んで出発してもらう。

 クルトが手綱を引くと馬車が滑る様に滑らかに走り出した。


 屋敷をぐるりと一周すると、そのまま騎士団の兵舎の方に降りていく。

 

「揺れるのは変わらないけど、前に乗った時より断然静かだね。ギイギイ音がしなくなったし」


 マリウスの言葉に、エリーゼも機嫌よく答える。


「うん、これなら石畳の上なら、居眠り出来ます」

 それは無いなと思いながら、マリウスも声を上げて笑った。

 

 昨日の竹の様な、何か木材か金属を“軟化”したものをフレームと客室の間に挟んだら、もっと揺れなくなるかもしれない。 

 今度父上に提案してみようと、マリウスは思った。

 

 やがて馬車は、騎士団の訓練所の広場で停まった。

 何人かの騎士が剣の訓練をしている。

 マリウスは外に出ると、クルトに声を掛けた。


「どうだったクルト?」

 マリウスの質問にクルトが答える。


「驚くほど滑らかに馬車が動きました。下り坂は少々不安でしたが、速度を上げなければ問題ないようです」


「なら成功だね、中の乗り心地も随分よくなったよ」

 クルトの姿を見て騎士たちが集まって来る。

 

「副団長今日は如何されましたか?」

 多分エリーゼより少し歳上の少年騎士がクルトに敬礼して声を掛けた。


「うむ、今日は若様のお伴だ」

 クルトの答えに少年騎士は、クルトの影にいるマリウスに気付いて、慌てて敬礼する。


「これは若様失礼しました」


「なに、若様がいらっしゃったのか?」


「おお、これは若様、今日は如何しました?」

 周りにいた騎士たちが、ぞろぞろと集まって来る。

 

「馬車の乗り心地が良くなるように、付与をかけたんだよ」


「おお! 若様は付与魔術士になられたのでしたな」

 集まった騎士たちが感心している。

 

 突然女性騎士が前に出てきてマリウスに行った。


「若様、私の剣を魔剣にして下さい」


「ええ、未だ成りたてだから、そんなの出来ないよ」


「そうなんですか?」 


 女性騎士ががっかりすると、彼女にクルトが言った。


「よさぬかニナ。お前の腕で魔剣など10年早いわ、もっと自分の腕を磨け」


「はーい」

 と言ってニナと呼ばれた女騎士は、しおしおと皆の後ろに隠れた。

 

「若様、何か見せてもらえませんか」

 最初に声を掛けてきた少年騎士が言った。


「ヨゼフ。控えよ!」

 

 クルトの叱責にびくっとするヨゼフ少年騎士に、マリウスは言った。


「いいよ、そうだな、練習用の木剣はある?」

 後ろにいた騎士が、

 

「これでよろしければ」


 と言って手に持っていた木剣を渡してくれた 

 マリウスはエリーゼから魔石を一つ受け取ると木剣を右手に握った。


 木剣が青い光に包まれると、見ていた騎士達が一斉におおっとどよめく。

 マリウスは木剣をクルトに手渡した。


「誰かクルトと真剣で立ち会ってみて」


「若様、いくら何でも木剣で真剣と打ち合うのは無理ですよ」

 ヨゼフがムリムリと手を振っている。


「大丈夫だよ、僕を信じて」

 

 クルトは受け取った木剣を、片手で軽く素振りすると言った。

「ヨゼフ、剣を取れ」


 指名されたヨゼフは、狼狽えたが周りの期待に満ちた視線に、やむなく腰の剣を抜いてクルトに向いて構える。


 分厚い両刀の両手剣だった。

 

 周りを囲んでいた騎士たちが、離れて場所を開け、遠巻きに二人を取り囲む。

エリーゼがマリウスの傍らに来て言った。


「若様、本当に大丈夫ですか? 彼結構強いですよ」


「彼のこと知ってるの?」


「家が近所で、ヨゼフ・シュテーゲン。14歳ですけど騎士団の入団試験に合格して去年から見習い騎士をしています」


「へえ、13で騎士団の試験に合格するなんて、見かけによらず将来有望なんだ」

 

 マリウス達がそんな話をしている間にも、周りの騎士たちが囃子立てる。


「びびんなヨゼフ! 相手は木剣だぞ」


「勝ったら飲みに連れて行ってやるぞ!」


 周りの騒ぎをよそに静かにヨゼフを見下ろしてクルトが、


「来い!」

 と叫ぶとヨゼフが弾かれた様に上段からクルトに切りかかる。

 

 次の瞬間金属のぶつかり合う甲高い音がして、ヨゼフの握っていた剣がとんだ。

 ヨゼフは慌てて剣を拾うと構えなおす。


 クルトは、片手に握った木剣を見て満足したように頷いた。

 ヨゼフの額に汗が滲んでいる。


 ヨゼフは息を整えると、クルトに向かって突進した。

 

  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 クラウスは屯所の中の一室で書類に目を通していたが、訓練所の方が騒がしいので表に出た。


「あれは何をしている」


 訓練所の広場に、人が集まっているのを指差して、近くにいた隊長格のマルコに尋ねた。


「あっ、御屋形様、副団長が木剣で真剣と立ち合いをしているのです」

 マルコの言葉にクラウスは眉根を寄せて言った。


「なに?  木剣で真剣と立ち合いだと。何故そんな馬鹿な事を?」


「それが、若様が木剣に魔法を掛けたそうで」


「なに、マリウスが」


 その瞬間甲高い音が訓練所に響いた、勢いを付けて切りかかったヨゼフの両手剣を、クルトが木剣で叩き折ったのだった



「俺の剣が……」


 ヨゼフが折れた剣を握りしめて、呆然と座り込んでいた。

 クルトも右手に握った木剣を、驚いた顔で眺めている。

 

 一瞬誰も言葉が出なかったが、一人がぽっつりと呟いた。


「すっげえ、木剣で真剣を叩き折った」

 その言葉に全員がわっと喚声を上げる。

 

「こんなの初めて見た!」


「やっぱり魔剣でしょう!」


「若様! 私の剣にもお願いします!」


 皆が口々に叫んでいたが、突然静かになる。 

 マリウスが振り返ると、怖い顔をしたクラウスが立っていた。


「マリウス、これは一体何の騒ぎだ?」


 あれ、もしかしてやらかした?

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