1-19  逃亡者


 マリウスは5枚の上着に“防寒”を付与すると、ノルンと一緒に屋敷を出た。


 クルトも一緒である。

 また竹藪の処に来た。


 気分転換に他の付与術式を使ってみる事にした。

 

 昨日“エアーサイス”で斬り飛ばした竹を何本か、クルトに頼んで1メートル位に切って枝葉を落して貰う。


 一本にゴブリンの魔石を一つ使って、“硬化”を付与してみる。

 竹の棒の表面に触れてみると、金属の様に硬かった。


 傍に転がっていた岩を叩いてみると、カンカンと金属を叩く様な甲高い音がした。

 ノルンも傍に来て、不思議そうに竹を手に持って岩を叩く。


「こんなに硬いのに重さは全然変わりませんね」

 竹の棒を振りながらそう言った。

 

 もう一本の竹に今度は“強化”を付与してみる。

 見た目や手触りは何も変わらなかった。


 傍に一昨日マリアが“クリエイトボール”で作った土の柱が2本立っている。

 

 マリウスは“硬化”を付与した竹をクルトに渡し、土の柱をこれで切ってくれるように頼んだ。


 クルトは竹を何度か素振りしてから、石の柱の前で構えた。

 おそらく何かのアーツを発動したのであろう、クルトの体を理力のオーラが包む。


 袈裟懸けに切った竹は砕けて飛び散った。

 割けても、簡単には折れない筈の竹が焼き物の様に砕け散った。

 土の柱には竹の食い込んだ跡が深々と残っていた。

 

 今度は“強化”を付与した竹を手渡した。

 クルトは土の柱に向かって竹を構えると、再び柱に向かって竹を袈裟懸けに振った。


 土の柱がへし折れて音を立てて倒れた。

 クルトが驚いた様に竹を掲げて、しげしげと眺めている。


 ノルンも目を丸くして見ている。

 

 マリウスは次に竹に“軟化”を付与してみた。

 竹の先が弧を描いて垂れ下がる。


 指で押さえると表面が凹んだ。

 指を離すと元に戻る。


 両端を掴んで曲げてみるが、かなり深く曲げても折れる気配は無かった。

 ノルンも傍に来て不思議そうに見ている。

 

「これって何かに使えないかな?」

 マリウスの問いかけにノルンも頸を捻る。


「中の節を抜いて水を流すとか?」

 曲げられる管か、悪くないかもしれない。

 

 マリウスは実験の結果に満足すると、周囲から手ごろな石を10個拾って、ノルンが持ってきた鉄鍋の中に入れた。


 屋敷に戻ると拾ってきた石10個を鉄鍋から出して、次々と“発熱”を付与して鉄鍋に戻した。


 更にクラウスに新たに頼まれていたので屋敷の前に置いてある土管に四つに、“送風”を付与した。


 “軟化”の竹と“強化”の竹も傍に置いておく。

 “硬化”の竹は砕けてしまったので、そのまま置いて来ていた。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ひっでーな。結局最後まで僕一人に御者をやらすなんて」


 むくれるヴァネッサのグラスに、エレーネは葡萄酒を注いだ。

 手ごろな安宿を見つけて三人分部屋を取ると、宿の食堂でさっそく酒盛りが始まった。


「仕方がないじゃない。私寒いのは駄目なんだから」

 ベアトリスは野菜と角ウサギの煮込みをつつき乍ら、ちびちびと蒸留酒を飲んでいる。

 

「明日は私が半日代わってやる」

 そう言って、エレーネは自分のグラスにも葡萄酒を注いだ。


「明日はどっちに行くの」

 ヴァネッサが羊の腸詰に齧り付きながら、エレーネに尋ねた。


「ひたすら南に向かう」

 エレーネは杯を呷ってそう言った。

 

「南に行くと海に出ちゃうよ」

 ヴァネッサがそう言って、葡萄酒に口を付ける。


「ああ。ラグーンの港まで出て船に乗る」

 エレーネが答えた。


「国の外に出るつもりなの」

 ベアトリスが驚いて杯を置く。


「いや、追手を撒く為だ」

 エレーネは葡萄酒を一口煽った。

 

「来ているのかい?」

 ヴァネッサが声を落す。


「この街に入ってからずっと張り付いている、ただの見張りだな。恐らく王都の応援が到着をするのを待っている」


「どうするの?」


「やっちゃおうよ!」

 ヴァネッサが獰猛に笑う。


「まあ最後はそうなるか、王都の本隊がやって来るのは早くて明日の朝だろう。こちらは夜中に此処を出る」


「港までずっと追っかけっこか。僕、逃げ足には自信あるよ」


「表の見張りは、私が片付けて……」

 

 突然固まったエレーネに二人の視線が集まる。


「どしたの、エレっち?」

 ヴァネッサの声でエレーネは二人を見る。


 魂が抜けたような表情だった。


「ちょっと。エレーネちゃん!」


 ベアトリスがエレーネに顔を近づけて、耳元で名を呼ぶ。

 

 やっと彼女達の声が届いたとでも云う様に二人を見て、エレーネが答える。


「ああ、大丈夫だ。今、司祭のアーゼル・ミューラーが死んだ」


「えーと、アーゼル・ミューラーって、エレっちと一緒に辺境に行っていた司祭だろ」


「ああ、どうやら誰かが誓約を解除しようとしたらしいな」

 誓約で縛られた者は術者と繋がっている。


 どんなに離れていても対象の生死は、術者に伝わる。

 誓約に距離は関係ない。


「誰かって誰よ?」

 ベアトリスが疑わし気にエレーネに聞く。


「さあ、多分教会の上位者だろう」

 エレーネがそっけなく答える。


 もう興味がないという感じだ。


「随分と大層な秘密を抱えているみたいだね」

 ヴァネッサが探る様にいう。


「その割にはなんか嬉しそうだし」

 揶揄う様に探りを入れて来るベアトリスに、エレーネは微笑んで答えた。


「ああ、好きな男が出来たんだ」


 今度はヴァネッサとベアトリスがエレーネを見て固まってしまった。

 

  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 食堂に入ると、皆揃っていた。

 マリウスが席に着くと、リナが調理の皿を並べてくれる。


 クラウスの合図で夕食が始まった。

 マリウスは角ウサギのローストに噛り付いた。

 

 角ウサギは冬でも活発に活動する魔物で、脂がのっていて旨い。

 塩とほんの少量の胡椒が使われている。


 胡椒は希少品である、領主と云えどもぜいたく品だ。

 

 横を見るとシャルロットがナイフとフォークに悪戦苦闘していた。

 ユリアがナイフを取って切り分けてあげている。


 こちらと目を合わせてくれない。

 なんか寂しい。

 マリアがそんなユリアに話しかけた。

 

「凄いわねえ、マリウスちゃんの魔法は、部屋も暖かく成ったし、屋敷中の嫌な臭いが無くなっちゃたわ、ねえあなたもそう思わないユリア?」


 突然名前を呼ばれて、ユリアがあたふたしながら答える。

「は、ハイ、ホントにマリウス様の魔法は凄いです。私も暖かくして貰いました」

 

「しゃるも~。」

 とシャルロットが手を挙げる。

 

 何故かリナが驚いた顔でユリアを見ている。

 いや、皆に付与して上げたよね。


 マリウスの視線に気づいて、リナが目を反らした。

 何故、二股が発覚した現場みたいになっている。


 何とも居心地の悪い空気が流れて、マリウスは早く此処を出たいと思った。

 

「良いものだな、部屋が暖かいのは」

 クラウスが温風の吹き出す土管を見ながら言った。


 食堂には暖炉もあり薪が燃えているのだが、広い食堂を全て温める事は出来なかった。

 経費の問題もあり、一日中燃やし続ける訳にもいかない。


「もう少しお洒落な入れ物を作って、そちらに付与して貰った方が良いかもしれないわね」


 マリアが土管を見ながら言った。

「うむ、来年はそうしよう。薪や炭の節約になるから騎士団や領府にも置こうと思う」

 クラウスが満足そうに言った。

 

 確かに年間の燃料費は馬鹿にならない。


「マリウスちゃん次は何を始めるの?」

 マリアがマリウスに尋ねた。


「お願いされていた付与は、大体片付いたので、次は馬車を始めようと思います」

 マリウスは話題が変ったのにほっとして食い気味に答えた。


「ふふ、楽しみねシャル」

「はい、しゃるものってみたいでしゅ」


 無邪気に手を挙げるシャルロットの頭を撫でてあげる。

 ああ、癒される。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 喉を貫いた剣を引き抜くと、後ろに跳んで返り血を避ける。


 剣を振って血糊を飛ばすと、剣をマジックバックに仕舞った。


 見張りの死体を引きずって、路地の奥に隠すと、ちょうど馬車が無灯でやって来た。

 

 御者台のヴァネッサに頷くと、エレーネは止まらずに進む馬車に飛び乗る。

 ベアトリスが扉を閉じた。


 もう一人の見張りも片付けて来た様だ。

 

 未だ辺り真っ暗だった。

 馬車は人通りのない大通りを、30分程走ると南門に到着する。

 ヴァネッサが通門許可書と金貨を守衛に渡すと、直ぐに門が開いた。

 

 馬車は門を抜けて南に向けて走り出す。

 此処から王領の港街ラグーンまで、馬車で三日はかかる。


 エレーネはこの辺りの地理を頭の中で思い描きながら、追手を何処で迎え撃つか考える。

 

 未だ追手の姿は、“索敵”にはかからない。

 おそらく半日は稼げると思う。


 追手が追いつく位置を予測し、マジックバックの中のアイテムを頭の中で一つずつ並べて、作戦を考える。


 こんなところでは死ねない。

 私は必ず生きて、もう一度、彼に逢うのだから。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 リナの声で目覚めた。

 昨夜は残りの魔力で、綿のシャツ2枚の付与を終わらせた。


 魔力切れで直ぐ眠ってしまったので、机の上に綿のシャツが置いた儘だった。

 リナはシャツを畳んで鞄の中に入れ、盥を上に置くと何事も無かったかのように、マリウスの服を脱がせて体を拭き始めた。

 

 無言でマリウスに服を着せるリナに、何か話題が無いかとマリウスは必死に考えた。


「そう言えば、ゴブリンが出たというゴート村は、リナたちの村だったね」

 リナは少し戸惑った様にマリウスを見たが頷いた。


「はい、ゴート村は魔境に近いので、良く魔物が出るのです」


「そうなんだ、強い魔物も出るのかな?」


「東に大きな森があって魔境迄続いています、そこには強い魔物が沢山いて、殆どの人は近付きません」


 思い出したのかリナが心配そうな顔をする。


「でも強い魔物が出れば、ジーク達騎士団が退治しに行くから大丈夫だよ」

 マリウスがそう言うとリナも笑って言った。


「そうですね、ありがとう御座います、マリウス様」

 リナに見送られて、マリウスは剣の修行に出た。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 田園地帯の平地を抜けてハイデガー山の麓の森が見え始めた頃、エレーネは“索敵”で追手を確認した。


 全部で6人、アドバンスドの聖騎士と剣士、ミドルの騎士と剣士と弓士、そしてレアの聖騎士が一人いた。


 エレーネはヴァネッサに速度を上げるよう指示する。

 森に入った処で馬車を停めさせ、マジックバックを持って降りる。


 仕掛けを済ますと、馬車に戻りすぐに出立させる。

 その儘ハイデガー山の山頂に向けて、馬車は速足で進んだ。


 

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