1-16 エレーネとロンメル
ステータスを確認すると魔力が20減っていた。
初級魔法に必要な魔力量は4だった。
マリウスは“発熱”の石造りを始める事にした
周囲から丸い石を10個集めて、次々と“発熱”を付与してくと、鉄鍋の中に石を放り込んでいく。
総て終わるとマリウスの魔力量は26になっていた。
鉄鍋はノルンに持ってもらい魔石の入った鞄はクルトに持って貰った。
両手で鉄鍋を持つノルンは熱そうで顔を背けていた。
よく考えると、屋敷に石をもって帰ってから“発熱”を付与した方が良かったかと、マリウスは反省した。
ノルンに済まないと思ったので、クルトから魔石を一つ貰うとノルンの背中に手を当てて、昨日付けて欲しがっていた“防寒”を付与した。
ノルンは振り返ると、額に汗を流しながら言った。
「有難う御座いますマリウス様。でも今じゃないです」
マリウスは再び反省した。
屋敷に戻ると“発熱”を付与した石を鍋ごとリナに渡し、夕食前に盥にお湯を沸かしてくれるよう頼んだ。
リナは解りましたと言うと、熱そうに鉄鍋を持って屋敷の中に入って行った。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
湯の中で脚を伸ばすと気持ちよかった。
リナが頭を洗ってくれている。
「お手洗い有難う御座いました。凄いですねマリウス様のギフトは。色々な事が出来て、メイド達も皆喜んでいますよ」
マリウスの髪をお湯で流しながら、リナが言った。
「そう言えば、リナはどんなギフトを女神様に頂いたの?」
マリウスの問いにリナが恥ずかしそうに答えた。
「私のギフトはミドルの農民です。でも全然畑仕事を手伝ったことが無くて、未だにビギナーです」
リナはエールハウゼンの北東の領境に近い処にあるゴート村の村長の娘だ。
「どんなスキルを持っているの?」
「私のスキルは“農地鑑定“と”作物知識“だけです」
リナは恥ずかしそうに言うが、土地のことが分かって作物の知識もあるなら、何時でも農業を始められると思うのだが。
『充分チートだろう!』
「暖かくなったら屋敷の裏に畑でも作ろうか」
マリウスが言うとリナも嬉しそうに言った。
「素敵ですねそれ」
「父上に頼んでみるよ。夏野菜なんて良いな。キュウリとか、ナスとか、スイカとか」
『夏は枝豆にビールが良いな』
リナも楽しそうだった。
マリウスは、暖かくなったら絶対畑を作ろうと思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エールハウゼンを出て三日目の夕方、王都ロッテンハイムに帰り着いた王室付認証官のエレーネは、これから夕食でも御一緒にとしつこく誘うミューラー司祭を振り切って、久しぶりに自分の屋敷に帰り着いた。
旅の間入れなかった風呂を堪能し、自分のベッドでぐっすりと眠った。
宰相に帰還の挨拶と報告をする為、王宮に出仕しなければならない。
朝から馬車の支度をさせると、直ぐに屋敷を出立した。
エレーネは館を出てすぐ、自分の馬車を尾行する物が複数いることを“索敵”のスキルで気が付いた。
エレーネはアドバンスドクラスの斥候が持つ、“索敵”のスキルを持っていた。
彼女はすかさずもう一つのスキル、“人物鑑定”を発動する。
仕事柄、彼女は何度も暗殺や誘拐の危機に遭遇してきたが、此の二つのスキルによって切り抜けてきた。
(二組。一つはグランベール公爵家の者か、ミドルの斥候が一人、アドバンスドの剣士が一人。もう一組は教会のアサシンと聖騎士、此方は二人ともアドバンスドか)
エレーネは何時でも脱出できるように、常に持ち歩いているマジックバックを傍らに寄せる。
二組の尾行者は距離を変えずに、エレーネの馬車に付いて来ている。
どうやら互いに相手に気付いて、動けない様だ。
やがて馬車は王宮の門に到着する。
御者が通門許可書を衛兵に手渡した。
衛兵が許可書を確認すると、御者に返し、脇に避けて馬車を通した。
エレーネは“索敵”で二組が別々の方向に散ったのを確認して、座席の背凭れに体を預けて、握っていたバックを離す。
どうも動きが速い。やはりベルンハイム司祭を始末したのはまずかったか?
いや、エレーネは思い直す。あの状況で他の選択肢はなかった。
教会が動くのは織り込み済みだが、予想していたよりずいぶん早い。
公爵家まで動くとはエレーネも想定外だった。
これは自分も早急に動かなければ、とエレーネは珍しく焦りを覚えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「オットー・ベルハイム司祭を殺したのですか」
王国の宰相ラインハルト・フォン・ロンメルは、エレーネの報告を聞いて呟くように言った。
勿論誓約の内容は語らない。ただ起こった事を淡々と語っただけだ。
ロンメルの言葉も、別段驚いている訳でも、叱責している訳でもない。
ただ事実を受け止めていただけだった。
恐らく、次にどんな事態が起こるか考えているのだろう。
或いは既に密偵の報告で、エレーネがベルンハイム司祭を始末したことを予測していたのかもしれない。
農民宰相ロンメル。
王国国民は、敬意をこめて彼をそう呼んでいる。
王国の北部の貧しい寒村の農民の子供に生まれたロンメルは、ユニークの農民のギフトを得た。
農民のギフトを、そんな高クラスで与えられた物は珍しい。
彼の扱いに困る村人たちを他所に、ロンメルは順調に頭角を現していく。
開墾、治水、品種改良、新しい肥料の開発。
15才でユニークのクラスを解放する頃には、彼の村は北部を代表する穀倉地帯に変わっていた。
やがて王家に招かれたロンメルは、農政改革を難なく成功させ、更に王国の行政を掌握していった。
名誉男爵、子爵、伯爵と順調に陞爵を重ね、ついに侯爵に登り詰めた彼は、この王国の宰相として内務卿を兼務し、王国の政治を動かしている。
エレーネにとっては直属の上司になる。
「ほかに選択肢が在りませんでしたので。勿論証拠は残しておりません」
「教会は必死でオットーを探しているようですからね。それにしても、公爵家まで動いているとは。それであなたはどうされるつもりで?」
もう60近い筈だが、40代位にしか見えない。
ひどく痩せた長身に、豪奢な装飾の法服を纏っている。
ロンメルは執務机に頬杖を突きながら、エレーネに問い掛けた。
言葉は穏やかだが、鋭い眼光がエレーネに注がれている。
「暫く身を隠そうと思っています」
エレーネはロンメルと目を合わせないように答えた。
「やはりそうなりますか。困りましたね、あなたの代わりになる者が、王国には居ないと云うのに」
「私も未だ死にたくはないので」
そもそもあんたの依頼の所為だろうと思いながらエレーネは答える。
「つまり貴女ほどの人が、殺される程の秘密という事ですか?」
世間話の様に、鎌をかけて来るロンメルをエレーネは無視する。
「ふふふ。まあ良いでしょう。ただ、あなたに死なれると、色々と困った事態に為るので護衛は付けさせてもらいますよ」
エレーネは全力で拒否したい気持ちを押し隠して言った。
「護衛ですか、一体だれを?」
「あなたもご存じの者達です。そうヴァネッサとベアトリスです」
やはりあの二人か。どちらも宰相の子飼いの隠密である。
「手練れを二人もお借りして宜しいのですか? 当分帰れませんよ」
「なに、外ならぬ貴女の為ですから。ああ、ついでにこれも渡しておきましょう」
そう言ってロンメルは、机の引き出しから封筒を取り出して机の上に置いた。
エレーネは立ち上がって、封筒を見た。
蝋封に宰相の印が押されている。
手に取って表を見ると、あて名が書かれている。
『シェリル・シュナイダー』殿へ
喰えない爺さんだ。
エレーネは忌々しく思った。
「この国で教会の力が及ばない土地は、其処しか在りませんからね」
ロンメルは可笑しそうに言った。
どうやら彼は自分が逃走する事、行先は辺境伯領である事を事前に予測して、此の紹介状を用意していたようだ。
シェリル・シュナイダー、彼女は英雄マティアス・フォン・シュナイダーの母にして、辺境の魔女と呼ばれる女傑である。
今なお孫の後見として、辺境伯家を指揮している。
「魔女殿に、私が宜しくと言っていたとお伝え下さい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エレーネは宰相が用意した商人風の馬車で、入ったのと反対の門から外に出た。
“索敵”で警戒するが、追手は付いて来ていない様だ、何から何まで手回しが良くて、自分がロンメルの手の上で転がされている様な気がする。
エレーネは少し不愉快だった。
ロンメルが部屋を退出するとき重そうな袋を手渡された。
中を覗くと、大金貨がびっしりと入っていた。
ロンメルが逃走資金だと言った。
礼を言ってマジックバックに詰めながら、オットーの死体を容れたままなのを思い出す。
王宮の地下の処理場にオットーの死体を棄ててきた。
マジックバックの中では、時間が停止している。
目を見開き、口を開いたままのオットーの首は、何かをエレーネに伝えたがっているように見えた。
その儘南に一時間程走ると、馬車は王都の城門に差し掛かる。
城門を誰何されることなく、通り過ぎた。
南に向かう街道を馬車はゆっくりと進んで行った。
広大な田園が広がっている。
100万の王都の民を支える穀倉地帯は、今は雪に覆われている。
エレーネの“索敵”が追手を捉えた。
後方から馬で追いかけて来る様だ。
朝からエレーネを付けて来ていた、教会の聖騎士とアサシン。
どちらもクラスはアドバンスドだ。
前方に林が見える。
エレーネは御者に、速度を上げる様に告げた。
林の中に入るとエレーネは、御者に馬車を停めさせた。
金貨を一枚御者に渡して、往けと言うと、御者は何も聞かず素早い動きで林に消えて行った。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
昨夜は包丁を1本とシャツを3枚付与して魔力を使い切ってぐっすりと眠った。
修行も三日目になると少し体が慣れてきたのか、今日はダッシュを15本熟して未だ立っていられる余力があった。
クルトに木剣を手渡された。
クルトが前に立って真剣を振る。
上段切りだった。
マリウスも促されて木剣を振った。
繰り返し上段斬りを振り続ける。
時々クルトが腕の形や足の歩幅、剣の握り等を直す。
踏み込みが甘いとか、腰をもっと入れるとか指摘を受けながらマリウスはひたすら上段斬りを振り続けた。
500回ほど数えたが、段々数が解らなくなり腕が上がらなくなってきた頃、クルトが修行の終了を告げた。
互いに礼をして振り返ったマリウスは、その儘固まってしまった。
ユリアとリナがタオルを持って立っていた。
何故リナが?
いや元々マリウスの世話係はリナだった。
『修羅場だなこれは』
マリウスは人生最初で最大の危機に、修業のせいではない汗が流れるのを感じた。
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