1-15  風と共に去りぬ


 翌朝リナの声で目が覚めた。


 昨夜も魔力をゼロにして寝たのでぐっすり寝込んでいたようだ。

 マリウスはリナに服を着せてもらいながら、自分のステータスを確認した。


 マリウス・アースバルト

 人族 7歳 基本経験値:70

          Lv. :1 


 ギフト 付与魔術師 ゴッズ


 クラス ビギナー Lv. :3   

         経験値:320


 スキル   術式鑑定 術式付与  

 

      FP:  12/  12

      MP: 120/120

    

 スペシャルギフト

 スキル   術式記憶

      全魔法適性: 102

      魔法効果 : +102


 よし、レベルがまた一つ上がった。

 魔力量がまた10増えていた。


 昨夜クラウスから、魔石を大量に貰ってある。

 暫く魔石に困ることは無さそうだ。


 意気揚々と剣術修行に向かうマリウスを、リナが笑顔で見送った。




 剣の修行を終えて既に食堂にはクラウス、マリア、シャルロットが食事を始めていた。


 マリウスが座るとリナが素早く料理の皿を並べてくれた。

 

「マリウス、実はお前に嘆願が着ている」

 突然クラウスが話を切り出した。


「タンガンですか、タンガンとは?」

 マリウスはきょとんとしてクラウスに尋ねた。


 タンガンとはやはり嘆願であろう、単眼とかましてや担癌ではないと思う。

 

「うむまずゲオルグが代表して言ってきた。メイドだけでなく下男や料理人にも“防寒”を付与してくれとの事だ」

 まあそうなるかな、マリウスが頷くとクラウスが続ける。

 

「メイド達から、侍女長を通して訴えてきた。使用人のトイレにも“消臭”つけてくれとの事だ」


 周りにいるハンナ、リタ、リナ、ユリア頷く。

 圧が凄い。

 

「解りました。今日の内に済ませておきます」


「そうしてくれると助かる」

 クラウスが済まなさそうに言った。

 

「それから、暖房具の件だがあれは非常に良いので、あの石を後20個程作って欲しい。急がぬが、料理長のベンヤミンも欲しいそうだ。多分メイド達も欲しがるだろうから、もう少し多くても良い」

 

「私も三つ位欲しいわね」

 マリアがにっこりと笑って言った。


「うん、まあそう言う訳だ、無理を言って済まないが順次片付けて行ってくれ」

 

 クラウスも周りからの圧に閉口している様だった。


 どのみち魔力を毎日使い切る心算でいるし、魔石も大量にあるので、マリウスの方には問題はないが。


 そのうち騎士団からも要望が来るかもしれない。

 噂は直ぐ広がっていく。



 マリウスは取り敢えずまた、ノルンを連れてトイレの消臭から始める事にした。


 青い光が室内を包んで、静かに消えた。

 マリウスは鼻まで覆っているタオルをずらして臭いを確認する。


「よしこれで全部終わったね」

 マリウスはそう言ってトイレのドアを閉めた。


「お疲れ様ですマリウス様、凄いですね。これだけたて続けに魔法を使えるなんて本当に驚きです」


 ノルンも嬉しそうにしている。

 これでトイレから解放されると思っているのだろう。


 三つある使用人用のトイレを付与して回った。

 なんだか屋敷の中から臭いが総て消えてしまった気がする。


 魔力は未だ102残っている。

 廊下の向こうからリナが、此方に駆け寄って来るのが見えた。

 マリウスとノルンの前で立ち止まると、とても良い笑顔で


「マリウス様、ノルン様も有難う御座いました。これからはお手洗いが気持ちよく使えます」

 と云って、頭を下げた。

 

「礼はいいよ、僕がしたかっただけだから、あ、それと今日もお湯をお願い」


「ハイ、直ぐ用意しますね」


 リナは笑顔で答えて、駆けて立ち去って行った。

 去っていくリナの後姿を見送りながら、ノルンが呟いた。


「リナさん、可愛いですね」

 リナはノルンより一つ上だ。

 

 て言うか、ノルン瓶持っているだけで何もしていないよね。


 何故ちゃっかり自分と一緒に、リナに感謝されているのかな?

 デレるノルンにジト目を送りながら、マリウスが冷たく言った。


「じゃあ、次行くよ」


「えっ! 未だあるんですか?」


 驚くノルンを無視して、マリウスはすたすたと歩いていく。

 後ろをノルンが魔石の瓶を持って追いかけて行った。

 



 マリウスとノルンは厨房の裏手に在る、ゴミ枡の前にいた。

「次は此処だよ。これで“消臭”関係は全部終わりだ」


 そう言ってマリウスは木製の箱を見る。大人一人充分入れる位の大きさがある。

 上に開閉式の蓋が付いていた。

 

 この館のゴミは全て、一旦此処に集められる。


 いっぱいになると下男が、二人掛かりで箱ごと荷車に積み、下の騎士団の兵舎の傍にある焼却場に持って行って焼いている。

 

 今の季節はそれ程でもないが、ふたを開くと、生ゴミの腐った臭い鼻をつく。


「ここもトイレと同じ二つでいいか」


 そう言ってノルンから魔石を二つ受け取り、傍に転がっている木桶をひっくり返して踏み台にして、ゴミ枡の上に右手を付くと“消臭”を付与する。


 効果が箱の中全体に広がるのが解る。

 

 マリウスは踏み台から飛び降りると、ノルンを振り返って言った。


「よし、これで完了。ノルンもお疲れ様」


「今度こそこれで完了ですね」

 ノルンが嬉しそうに答える。


「明日から馬車の改良だ、あ、その前に食料庫か」


「食料庫にどんな付与をするんですか?」

 ノルンが聞いてくる。少しは興味が出たかな。


「“腐敗防止”だよ、中の食料を腐りにくくするんだ。」

 

「へえ、付与魔術でそんな事も出来るんですか。」 

 ノルンが感心している。


「ノルンも風魔術が使えるんでしょ?どんなスキルが使えるの」


「えっと、スキルは基本の“術式鑑定”と“風操作”、“空気圧縮”と“温度操作”だけで、覚えたのは初級魔法が“エアカッター”、“エアサイス”、“エアーシールド”、“トルネード”、“ドライ”。中級は、“サイクロンブレイド”、“エアープレス”、“エアーバースト”、“ヒートブレス”です」

 

 攻撃魔法が使えるのか、付与魔術に攻撃できるものなんて有るのかな。


「風操作なんて便利そうだね。船を浮かべて動かしたりとか」


「そんなに魔力が続きませんよ、船の上で倒れてしまうのが落ちです」


「じゃあ女の子のスカート捲ったり?」


「そんな事、しませんよ!」

 ノルンが顔を真っ赤にして怒っている。

 

 二人でじゃれていると向こうから、大きな麻袋が歩いて来た。

 えっ、と驚いて良く見ると、上半身がすっぽり隠れる様な大きな麻袋を抱えたユリアだった。

 

 ゴミ枡の前まで来て麻袋をどさっと地面に降ろすと、やっとマリウス達に気づいた。


「あ、こんにちはマリウス様、ノルン様」


 ユリアは二人に挨拶すると、ゴミ枡の蓋を開いて驚いた様にマリウスを振り返る。


「あの、に、臭いが。これもマリウス様が?」

 

 マリウスは笑顔で頷いた。


「お手洗いも終わらせてくれたのですね。凄いですね。この服もちっとも寒くないです」


 ユリアが興奮して頭を下げる。

 ノルンもニコニコしてユリアを見ている。

 

 ユリアは麻袋を抱えるとマリウスが踏み台にしていた木桶に上がり、麻袋の中身のゴミをゴミ枡の中にぶちまける。


 その時丘の麓から、冷たい風が上へと駆け上がって行った。

 木桶の上に上がっていたユリアのメイド服のスカートがふわりと捲れ上がる


 慌ててスカートを押さえて振り返ったユリアが、固まっているマリウスとノルンを見て、みるみる顔が朱に染まっていく。


「黒……」


ノルンがポツリと呟く。


「イヤーッ!」


ユリアがノルンの顔を思いきり引搔いて、すごい勢いで向こうに駆けて行った。


顔に4本の爪痕の筋が、バッテンにクッキリ残ったノルンは、呆然と駆けていくユリアの後姿を見送った。


 マリウスはジト目でノルンを見ている。

「ノルン、今のって」


 我に返ったノルンがマリウスの言わんとする事に気付いて、

「違います! 僕じゃないです!」

 と必死に無実を主張する。

 

「本当に?」


「本当です!」


 むきになって否定する処が実に怪しい。

 限りなく黒に近い。


「黒だな」


「黒でしたね」


 二人はユリアが消えて行った方を、何時までも眺めていた。




 ノルンを連れて、また昨日の竹藪の処まで来ていた。

 クルトも一緒である。


 ノルンは鉄鍋を持っていた。

 

 ノルンに頼んで、風魔法を見せて貰う。


「それじゃあ初級魔法だけですよ。まずは基本です」


 ノルンが満更でもなさそうに竹藪に向かって魔法を放つ。

 

 旋風を起こす“トルネード”で竹藪がガサガサと揺れて土や枯れ葉が舞い上がる。

 

 “エアカッター”で放たれた風の刃が30メートル程先の竹を2,3本斬り飛ばした。

 

 竹藪に近づくと腕を水平に振る。


 “エアサイス”の真空波で目の前の半径3メートル位にある竹が、総てすっぱりと切れて倒れた。

 

 こちらを振り返ると、ノルンの前に風が凄い勢いで舞い上がった。

 “エアーシールド”の風は10秒程続いて消えた。

 

 最後にノルンはマリウスに手を翳した。


 ノルンの手から暖かい風が放たれて、マリウスの周りをぐるぐると回った。

 すっかり体が暖かくなったマリウスが、上気した顔で言った。


「凄いよノルン、初級魔法でもとても便利だし、充分戦えそうだね」


「最後の“ドライ”は地味だけど“温度操作”のスキルが無いとうまく発動しないので、ミドル以上じゃないと使えないのですよ」

 

 確かに体が凄く暖まった、額に少し汗をかきながら、マリウスは今記憶された初級風魔法“トルネード”を竹藪に向かって放ってみた。


 竹藪が揺れて枯れ葉や土が舞い上がった。

 枝が折れて千切れ、竹が浮き上がって根が覗いた。

 

「えっ! どうして? マリウス様、風魔法の適性があるのですか。しかもこの威力!」


 マリウスにはスペシャルギフト全魔法適性がある。


 多分全ての魔法に適合できると云う意味ではないかと思っていたが、やはりそれであっている様だ。

 

 そして魔法効果+102

 

 『やっぱりプラス102パーセントってことじゃねえ。』

 

 マリウスは“エアカッター”で30メートル先の竹を切り飛ばした。

 “エアカッター”の刃はそのまま後ろの竹を全てきり飛ばし一本の道が出来た。

 

 “エアサイス”で半径5メートル程の竹を斬り飛ばす。

 クルトも驚いてマリウスを見ている。

 

 マリウスの前を“エアーシールド”の風が20秒程続けて舞い上がる。

 

 最後に、口を開けてマリウスを見ているノルンに向けて手を翳すと、“ドライ”を発動した。


 火傷させない様に気を付けて発動させたが、どうやら術式に温度が設定されているようで、ちょうどいい温風が出た様だ。

 

 温風に体を巻かれたノルンが呟く。


「そんな、“ドライ”まで……」


 クルトも少し驚いた様にマリウスを見ている。

 呆然とするノルンにマリウスが言った。


「うん、出来ちゃった」


「そんな、テヘペロみたいに言われても納得できないですよ、なんで付与魔術師なのに風魔法が使えるのですか? それも僕以上の威力で!」

 

 ノルンはそう言うが、マリウスの全魔法適性は102パーセント、魔法効果はプラス102パーセントだ。


 102パーセントと掛ける202パーセントだからえっと幾つだ、まあ二倍以上の威力になる。


 マリウスは納得がいかない様子のノルンの肩を叩いた。

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