1-14  マリア


「母上が作るのですか?」


「そうよ、ちょっと見ていてね」


 マリアは悪戯っぽく笑って、手を地面に翳した。

 地面の土か盛り上がったと思ったら、四角い箱が出来た。


 次々と地面が盛り上がって、30センチ角位の五つ箱が地面に並んだ。


「“クリエイトコンテナ”って言ってね、生産系の初級土魔法の一つなの。“土操作”と“圧縮”のスキルがないと難しいのよ」


 土の箱は厚さが3センチ位あり、触ってみると石の様に硬く表面は磨いた様に滑々していた。

 端を掴んで持ち上げてみたが、マリウスには辛うじて持ち揚がる位の重さだった。


「凄いです母上、でも何故五つも?」

 マリウスの質問にマリアが答えた。


「こういう生産職用の魔法は、寸法や数が術式の中に織り込まれていて、簡単には変えることが出来ないのよ」


 成程、誰が作っても同じものが出来る様に規格化されている訳か。


「他にもあるのですか?」


「勿論いっぱいあるわよ」


 マリアは少し得意げに次々と地面に色々な物を作っていった。


 25センチ角の長さ50センチの土のブロックを10個作る“クリエイトブロック”。


 直径20センチ厚さ3センチ、、長さ50センチの土管を5個作る“クリエイトパイプ。

 

 25センチ角で長さ2メートルの土の柱を2本作る“クリエイトポール”。

 

 総て初級魔法らしい。

 マリウスは“術式鑑定”と“術式記憶”でマリアの土魔法を次々記憶していく。


「かかしゃますごい」

 シャルロットも目を丸くしていた。


「これは中級魔法よ」

 すっかりご機嫌になったマリアが小川に土の橋を掛けた。


 幅2メートル位のアーチ型の橋が、3メートル位の川幅を超えて対岸に伸びる。

 マリウスは橋の上まで行ってジャンプしてみたがマリアが“クリエイトブリッジ”で作った橋はびくともしなかった。


「さすがは母上ですね、でもこんなところに勝手に橋を作ったら、あとで父上に怒られませんか?」


 マリアの顔がさっと青ざめる。


「そ、そうね。でもマリウスちゃんに魔法を教えていたと言うから大丈夫よ。それより早くその石を入れてみましょうよ」


 明らかに動揺している様子のマリアだが、誤魔化す様にマリウスを促した。

 

 マリウスは木の枝を使って木桶から石を取り出すと、マリアが作った土の箱の中に入れた。


 石は一瞬で乾き、箱の中に湯気が立ち込める。

 マリウスが手を翳すとほんのりと暖かかった。

 

 マリウスはその辺りを探して、同じ位の石を拾うと次々と“発熱”を付与して土の箱に入れた。


 箱の中の石が五つになるとかなり熱くなったのが解る。

 網を掛けたら肉が焼けそうな暑さだ。


 マリアやシャルロットも手を翳している。


「これなら暖まるわね、でもこれ、止める時はどうするの」

 マリアの質問にマリウスが困ったように首を横に振った。


「止め方は解りません。師匠に教わってないもので。もしかすると止められないのかもしれません」


「え、じゃあずっと此の儘なの?」

 驚くマリアにマリウスが言った。


「半年くらいで魔力が切れる筈ですから、ずっとではないです」


「それなら冬の間、ずっと置いていても良いわね」

 マリアが安心したように笑う。


「あにしゃま、とてもあたたかいです、ほかにはないのでしゅか」


 シャルロットはマリウスの付与魔術が視たくて仕様がないようだった。

 マリアもシャルロットもマリウスが“防寒”を掛けた上着を着ている。

 

 ふと見るとユリアが寒そうにしている。

 尻尾が下がって、お尻に丸く引っ付いていた。


「あ、ユリアだけ未だだったね」

 そう言ってマリウスがユリアを手招いた。


 ユリアが躊躇いながらマリウスに近づく。

 マリウスはゴブリンの魔石を一つ握るとユリアのメイド服の背中に触れた。


「にゃん!」


 ユリアの目が猫目に見開かれ、尻尾が上を向く。


「あ、有難う御座います若様、暖かく成りました」

 幸せそうな顔のユリアを見てノルンが言った。


「あのマリウス様。僕も未だなんですけど」


「男の子はなしだよ、僕だってまだなんだから」

 ノルンががっくりと肩を落とした。


 マリウスは地面に転がっていた、マリアの作った土管を見て、どうやって使おうか迷っていた付与術式を思い浮かべた。


 持ち上げてみると、土の箱よりは軽かった。

 マリウスはそれをマリアの作った石のブロックの山の上に転がらない様に注意しながら乗せた。


 魔石を左手に握り“送風”を付与する。

 青い光が消えるとヒューと微かな音を立てて管の中を風が流れ出す。


 手の平を当てると、意外に強い風が出て来るのが解る。

 反対側に手を当てると風が入って行く様だ。

 正しく送風だった。

 

 確か暖房の魔道具は発熱の魔法と、送風の魔法の組み合わせだとザトペック翁が言っていたのを思い出す。


 マリウスは周りにある石に次々“発熱”を付与して土管の中に入れていった。

 シャルロットは石が青く光るたびに目を見開いて見ている。

 

 土管の中に“発熱”を付与した石が三つ入った。

 マリアが傍に来て暖かい風を吹き出す土管の前に立った。


「これが正解ね。出来たじゃないマリウスちゃん」

 マリウスも満足した。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 クラウスは、帰りの馬車に揺られながら、もう魔石を卸せないと言った時の、ニックの表情を思い出していた。


 やはりこの街のギルドは当てにならない。

 いずれマリウスのクラスが上がっていった時、魔石は幾等あっても足りない状態になるであろう。

 

 あのギルドでは到底追いつかない、ニックの縋るような情けない目を見て、クラウスは彼に見切りをつけていた。

 魔石を大量に仕入れられるルートを、急ぎで見つける必要がある。

 

 クラウスは、金は無理をしてでも用意するつもりでいる。

 クラウスは既に、息子にこの家の将来を懸けても良いと思い始めていた。


 それはアースバルト家に、最大の繁栄を齎す事をもはや疑っていなかった。


 普通に考えると、辺境伯家か、アンヘルの冒険者ギルドに繋ぎを付けるのが最良である。


 辺境伯領は国内最大の魔石の供給元である。

 だが、クラウスには一つだけ大きな障害があった。


 寄親であるエルヴィン・グランベール公爵と辺境伯家は、ずっと犬猿の仲なのである。


 というよりもエルヴィンが辺境伯家の先代マティアス・フォン・シュナイダーをずっとライバル視している。


 ユニークの竜騎士マティアスは7年前、魔獣フェンリルと相打ちで果てている、伝説の英雄である。


 今は息子で、父と同じユニークの竜騎士である、ステファンが17歳の若さで辺境伯家の当主を務めている。

 

 エルヴィンが辺境伯家を目の敵にしているのは、


(エルザ様の所為なのだ)


 クラウスは、あの燃える様な赤毛の同級生の事を思い出しながら溜息をつく。

 

 先代辺境伯、マティアス・シュナイダーこそエルザの憧れの君であった。

 自分たちより五歳年上のマティアスと、遂に戦える機会は無かったが、エルザは折に触れてマティアスへの憧れを口にしていた。

 

 そして決定的だったのは11年前、エルザが公爵家に嫁いだ翌年に起こった、エルドニア帝国との戦争での事である。


 あわやエール要塞陥落かという戦況をひっくり返したのが、魔境に踏み入り大スタンレー山脈を乗り越えて、帝国軍の背後に現れた辺境伯の騎士団であった。

 

 エルヴィンは、妻の初恋の相手の御蔭で窮地を脱するという、屈辱に甘んじる事になる。

 そして雪辱の機会を得る事もなく、恋敵は伝説の英雄となってこの世を去った。

 

 こうしてエルヴィンの怒の矛先は、何も知らないステファンに向く事になる。


 辺境伯家には全く非がないので、クラウスにとっても、両家の不仲はいい迷惑なのだが今に至るまで関係を修復できずにいる。


 全く幾つになっても、迷惑なお姫様だと腹立たしく思うクラウスであった。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 マリアの作った土の箱五つと、一つは“送風”が付与されている土管五つは、マリウスが“発熱”を付与した石八個と共にクルトが荷車を出して屋敷まで持ち帰っている。


 何処に置いてどう使うか、あとどれくらい作るかはクラウスに決めて貰う事になった。

 

 マリウスは食事の前にリナに頼んで、入浴用の盥に水を張って貰い、“発熱”を付与した石を入れて湯を沸かした。


 リナは湯が沸いていくのに驚きながらマリウスに言った。

「凄いですね、これなら毎日簡単にお湯が沸かせます」

 

 マリウスはこれを使って、いつか風呂もどうにかしたいと思った。


 辺境の田舎には風呂のある家は少ない。

 水魔法に体を洗う魔法が在るそうで、それを習得する物も多いが、適性の無い物には難しい魔法だとマリアが言っていた。


 此のだだっ広い館でさえ、たまに盥で入浴する位で、あとは濡れた手拭いで体を拭くぐらいである。


 マリウスは湯につかってまったりとしながら、次は風呂を手に入れるにはどうすればよいか考えていた。


 トイレの水洗化と同じで、ネックになるのは排水、下水の処理か。

 自分だけが楽しむなら簡単だが、皆で共有するとなると、大規模な下水施設が必要になる。 

 

『インフラ整備は行政の基本だな』

 

 付与魔術だけでどうにかなるとは思えないが、色々な魔術師を集めれば何とか出来るのではないだろうか。


 いや、魔術師じゃなくてもいいのか。


 大工、鍛冶師、錬金術師、農民、狩人、料理人、鉱山師、織物師、商人、官吏、魔道具師、医術師、芸術家。


 この世界には様々のギフトを持つ者で溢れている。

 

 女神のギフトは人の暮らしを豊かにするために在る筈だ。

 戦争の為だけに使っていたら勿体無い。

 マリウスの夢は、どこまでも終わりが無かった。

 

 湯から出ると、リナがタオルで体を拭いてくれた。

 マリウスはされるが儘に、下着を履かされ、服を着せられる。


 貴族の子供の生活はこの様な物らしい。

 自分では何もしない。

 

 それをしてしまうと、彼女達の仕事が無くなってしまう。


 大人になっても、そうなのだろうか?

 それはちょっと恥ずかしい。

 

  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 クラウスは暖かい風を吹き出す土管に満足そうだった。

 土管の置かれた居間は既に部屋全体が暖かく成っている。

 

 クラウスはマリウスに、大きな手提げ鞄を渡した。

 両手でやっと受け取ったが重くて直ぐ下に降ろしてしまった。


 中を覗くと沢山の魔石が入った瓶や布の袋が入っている。

 表にはラベルが張られていて、何の魔石か書かれていた。


「とりあえずギルドにある魔石を全て買い上げてきた。好きに使えばいい」

 暖房具に関しては皆と相談してから決めるとクラウスは言った。

 

  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 マリウスは鞄を何とか部屋まで持って帰ると中の瓶を机の上に並べてみた。


 ゴブリンの魔石、オークの魔石、グレートウルフの魔石、オーガの魔石、ブラッディベアの魔石。

 

 全て大きさが違っている。

 色や表面の光沢も違っていた。


 魔石は魔物の命そのものだとザトペックは言った。

 瓶の中にあるのは見た事もない魔物の命。


 明日は何をしようか考えながらマリウスは綿のシャツ2枚を出すと、“防寒”を付与して魔力を全て使い果たして眠った。



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