1-13  お熱いのがお好き


 部屋に戻ってマリウスは先程のマリア達の話を思い出しながら、鞄の中から、魔石の瓶と綿のシャツを4枚取り出した。


 公爵夫妻は二人とも拳闘士だと言う。

 両親と夫妻の思い出話は、どこか体育会系のノリで面白かった。


 もう一人の自分が懐かしがっている。

 それにしても『戦慄の戦乙女』って、

 

『厨二病か!』


 ベルンハイム司祭は、未だ見つからないらしい。

 この子爵領には外に教会は無い。


 このまま司祭が見つからないと、これから福音の儀を受ける子供はどうなるのだろう。

 隣の公爵領まで行くのだろうか、それとも新しい司祭がやって来るのだろうか。

 

 いつものように、付与魔術を始める。

 回数を熟すうちに、色々と操作できるようになってきた。


 効果を強くすると、持続する期間が減少し、持続する期間を伸ばせば効果が減少していく。


 付与する対象の全体でも、一部分でも範囲を特定することが出来る。

 やろうと思えばどのくらいの深さまでとかの指定も出来る様だ。

 

 範囲を絞ることでも、効果を持続させたり、強めたりする事も出来る。

 マリウスは、付与魔法の可能性を考えて夢が広がるのを感じた。


 早くクラスを上げて、使える付与を増やしたい。

 マリウスは綿のシャツの付与を終わらせた。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 冒険者ギルドの支部長ニック・ゲッベルスは、ギルドの玄関の前で領主の、アースバルト子爵の馬車を出迎えた。


 三人の騎馬の騎士に囲まれた馬車が玄関の前に停まると、御者が降りて扉を開く。

 中から平装のアースバルト子爵が降りて来た。

 

「久しいなニック。去年の春のギルド長会談以来だな」


 ギルド長会談とは年に4回季節ごとに各ギルドの長と領主、家宰、騎士団長が街の運営について話し合う会議である。

 ニックは、外のギルド長の嫌味や揶揄を聞くのが嫌でここ2回程欠席している。

 

 ニックはクラウスの前に片膝を付くと胸に手をあて頭をさげる。

「これは御領主様、この様な処にわざわざのお越し、恐縮至極にございます。むさ苦しい所では御座いますが、ぜひ中でお寛ぎ下さい」


 慇懃に向上を述べる。

「うむ、大義である」

 クラウスも鷹揚に答えて、ニックの案内に従ってギルドの中に入った。

 

 応接室に通されると、女性職員が茶を持ってきた。

 騎士たちはクラウスの後ろに立っている。


「さて御領主様、本日はどの様なご用向きで御座いますか?」

 女性職員が出て行くと、探るような眼差しでニックが切り出した。

 

 クラウスは出された茶を一口飲むとニックを見て話し始めた。

「うむ、実は大量の魔石が必要になってな、機密事項故、詳細は話せぬが、このギルドにはどれほどの在庫がある」

「魔石で御座いますか?」


 ニックは、立ち上がって書棚から台帳を取り出して読み上げる。


「ゴブリンの魔石が500、オークとグレートウルフが80ずつ、オーガが12、ブラッディベアが6個ありますが」


「全て買い上げよう」


「全てで御座いますか」

 ニックが驚いた声を上げる。


「ああ、定価で構わん。屋敷に届けてくれ、代金は執事に預けておく」


「これは有難う御座います。更にご入用でしたら周辺のギルドから取り寄せる事も出来ますが」


「集められるだけ集めてくれ」

 

 これは思わぬ儲け話が舞い込んで来たと、ニックは狂喜するが、次の言葉で一気に覚める。


「それでだ、すまぬが騎士団からの魔石の払い下げは、暫く停止させて貰う」


「えっ、それは?」


「何一時的なものだ。落ち着いたらまた以前通り冒険者ギルドに払い下げる」


 周りのギルドから魔石を集めても、僅かな手数料しか出ない。

 騎士団からの払い下げが無くなると、冒険者たちの集める物しか手に入らなくなるが、あの連中でどの程度集められるか、心許ない。


 頭の中で彼是計算をするニックを置いて、話が済むとクラウスはさっさと帰ってしまった。

 

  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 独り残されたニックは自分の椅子にぐったりと座りこむ。

 此処のギルドに持ち込まれる魔石の半数以上は騎士団からの払い下げだ。

 長期的にギルドの収益が、半減してしまう。

 

 ギルドが騎士団から買い取る魔石の総額は年間数千万ゼニーになる。

 子爵家にとっても貴重な財源の筈だが、一体何に使うと云うのだろう。

 何とかしなければ、確実に失業する。

 ニックは何故こんな事になったのかと、自分の不運を呪うだけだった。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 マリウスは母屋のトイレの前にいた。

 鼻から下を、タオルで巻いて後ろで縛ってある。

 ノルンがマリウスと同じ格好で、魔石の入った瓶を持って、マリウスの後ろに立っている。

 

 未だ魔力は90残っている。

 食事の後1時間程休憩したからか、朝稽古の疲れも取れていた。

 いよいよトイレの消臭作業の開始である。

 

「なんでトイレの消臭が一番なのですか」

 ノルンが嫌そうに聞いてくる。


 ノルンも騎士爵の息子で、一応貴族の端くれではあるから、進んでトイレの消臭作業等手伝いたいとは思わない。


「僕が一番気になる事だからだよ」

 自分が一番気になっている処から改善する。

 今は取り敢えず消臭だけだが、将来的に水洗化が出来たらよいのにと思う。

 

「はあ、マリウス様は御偉いですね」


 溜息を付くな、テンション上げろ。

 まあ、気持ちは分らんでもないが。


 この広い屋敷には、母屋だけで五つもトイレがある。

 そんなに必要か?

 

 マリウスは意を決すると、トイレのドアを開ける。


 奥に椅子位の高さの箱があり、真ん中に穴が開いていて、開閉できる素焼きの便座が付いている。

 其の穴を塞ぐ、鍋蓋の様な木の蓋が置いてある。

 

 メイドたちの手で綺麗に掃除されているので、不潔な感じはない。

 ハンナのチェックが非常に厳しく、メイド達は彼女の事を陰で『トイレのハンナさん』と呼んでいるのは秘密である。

 

 ただ匂いだけはいかんともし難い。


 どの個室にも奥の隅に、ブルーユーカリと云う香りの強い植物を、ツボに入れて置いているが、その強い刺激臭と匂いが混じりあって独特の匂いがしている。

 

 マリウスはノルンから魔石を二つ受け取ると、穴の脇に右手を置いて、“消臭”の術式を思い浮かべる。

 部屋の壁、床、天井全てに広がるイメージで術式付与する。

 

 室内が青く光り、消えると匂いが消えた。 

 マリウスはタオルを外してみる。


 すべての匂いが消えていた。

 マリウスは蓋をそっと外してみたが、なにも匂いはなかった。

 ブルーユーカリの匂いも消えていた。

 

「凄い」


 ノルンが呆然としている。

 どうやらうまくいった様だ。


 マリウスはドアを閉めて、次のトイレに向かう。

 30分程で、五か所すべて終わらせた。

 

 ノルンも最初程嫌そうにはしていなかった。

 何度経験しても、匂いが消える瞬間が不思議でしようがない様である。

 魔力量は未だ60残っている。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 ノルンと屋敷の外に出るとクルトが傍に来た。

 クルトは昼間屋敷の周りを警護しているが、マリウスの護衛でもあるので、屋敷の外に出るときは常に同行するそうだ。


「どちらに行かれますマリウス様?」


「うん、付与魔術の事を色々と試してみたくて、裏の林に行こうと思って。クルトも一緒に来る?」

 

 この広い屋敷の敷地には、林もあり小川も流れている。

 マリウスは暖房具が作れるかどうか確認するために、実験をしに行こうと考え

て、ノルンを誘った。


 ノルンは手に魔石の瓶と、木桶を持っている。 

 クルトとノルンと三人で連れ立って、林のある小川の処まで来た。

 

「どうしますマリウス様?」


「うん“発熱”の付与を試したいんだ。多分付与したものが熱くなる様な効果だと思うんだけど」


 勿論“発熱”という付与術式を見た時から暖房の魔道具の事を考えていた。

 同じ効果の者を作れるのではないかと思う。

 

 マリウスは辺りを見回すと、手に握れる位の丸い石を拾い上げた。


「これでいいかな」


 そう言ってマリウスはノルンからゴブリンの魔石を一つ貰うと、石を地面に置いた。


「ノルン、木桶に水を汲んできてくれる」

 ノルンが小川から水を汲んで戻って来る。


 クルトは時々周囲を警戒しながら、マリウスのすることを興味深そうに見ている。

 

 マリウスは左手にゴブリンの魔石を握ってしゃがむと、右手を地面の上の石に当てた。


 “発熱”の付与術式を思い浮かべた。

 左手の中にあるゴブリンの魔石の魔力が感じられる。

 

 効果を半年に絞り、付与を発動させる。

 石が青く光り、光がすっと消えたことで付与が完了したことが分かる。

 左手の魔石は消えている。

 

「マリウス様?」

 ノルンに頷くと、ノルンが石にそっと手を伸ばす。


「あ、暖かい、凄いです、熱つっ!」

 ノルンが慌てて石を離すと、手を引っ込めた。


 手の平が赤くなっている。

 

「凄く熱くなりました」


 ノルンは木桶の水に手を突っ込んでそう言った。


 マリウスは地面に落ちている二本の木の枝を拾って両手に持つと、石を挟んで木桶の中に入れた。


 ジュッと音を立てて石が水に沈んだ。

 

 三人で暫く見ていると木桶の水から湯気が立ち上って来た。

 マリウスは、恐る恐る手を漬けてみた。


 ちょうどいい湯加減だった。

 ノルンもマリウスを見て手を漬けてみる。


「暖かいですね、これならちょうどいいです」

 しかし暫くすると手を付けていられない位熱くなってきて、二人は手を出した。

 二人で木桶の中の水を暫く見ていると、やがて中の水がポコポコと沸騰しだした。

 

「えーと、成功。かな?」

 マリウスが言った。


「それでこれをどうします?」

 ノルンが首を傾げて言う。


「これを何か鉄鍋みたいなものに入れて部屋に置けば、暖かくなるんじゃないかな、足りなければ石の数を増やせばいいし」


「ああ、いいかもしれませんね。それにこれがあればお湯は使いたい放題ですね。でもこの石、止められないのですか?」

 ノルンに言われてマリウスも頸を捻る。

 

 付与の効果を止める事が出来るのだろうか。

 また止めたとして、魔道具の様に直ぐに使ったりできるのだろうか。


 ザトペックには何も教わらなかった。

 次に会う時には聞いてみようとマリウスは思った。

 

「何をしているの、マリウスちゃん?」

 振り返るとマリアが立っていた。


 傍らにシャルロットとユリアもいる。

「ああ、今“発熱”を使って暖房具が作れるか実験していたんです。」

 マリアがお湯の煮えたぎる木桶を除いた。


「あら、凄いわね。あの石でお湯が沸くの?」

 マリアが感心したように言う。


「ええ、“発熱”を付与した石なんです。これを何か鉄とか石とかで作った入れ物に入れて置けば、暖房になるのではと思いまして。」


 マリウスがそう言うとマリアがにっこり笑って言った。


「じゃあ私が作ってあげる」

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