1-12 剣術修行
「若様しっかり声を出して! イチ! ニイ! チ! ニイ!」
「イチ、ニイ、イチ、ニイ。」
「声が小さい! イチ! ニイ! イチ! ニイ!」
「イチ! ニイ! イチ! ニイ!」
剣の修行は朝食の前にという事で、マリウスはいつもより2時間も早く起きて、クラウスから貰った剣を持って屋敷の中庭に出た。
昨日はハンナのメイド服に“防寒”を付与した後、夜までに短剣4本、本包丁4本、綿のシャツ2枚の付与を終わらせ、魔力を0にした。
昨日の事が有ったので、最後の付与はベッドの上で行ったが、付与したシャツを床下に落とすと、そのまま朝までぐっすり眠ってしまったので、睡眠は十分だったが、やはり朝は寒い。
自分の服にも“防寒”をつけようと思いながら表に出た。
クルトは既に中庭で待っていた。
剣はいらないと言われ、せっかく持ってきた剣をまた部屋に戻しに行った。
「若様、修行の前にまず体の筋をよく伸ばさなければ、怪我を致します。拙者の真似をして下さい」
と言って首や肩、腰をぐるぐる回したり手足を伸ばしたり、座って足を開いて体を前に倒したりと云った動きを始めた。
『ストレッチね、意外と合理的なんだ』
マリウスは初めての動きなのに、違和感なく出来た。
「戦うにはまず体力が必要です、剣の修行は体力を付けてからで御座います」
クルトはそういうと、自分の後ろについてくるようにと言って、歩き出した。
マリウスの倍ほどの身長があるクルトが大股で歩いていくと、マリウスは走らないと付いて行けない。
そのままクルトは、屋敷の周りをぐるりと一周すると止まらずに二周目に突入する。
広い屋敷を一周すると1キロ位ある。
クルトは敢えて上り下りのあるコースを選んで歩いている様だ。
三周目に入る頃には、マリウスは汗だくになっていた。ちょうど向こうからユリアが歩いて来るのが見える。
マリウスは上着のボタンを外すと上着を脱いでユリアに投げて、クルトの後を追う。
ユリアが驚いた様に上着に駆け寄って拾い上げると、振り返ってマリウスを見送った。
五週目に入る頃には、クルトとの間にかなり間隔が開いていた。
クルトは歩みを止めず。すたすたと先を歩いていく。
マリウスは既にふらふらだったが、足を止めずに必死でクルトの後を追った。
足が縺れそうになるのを必死で踏みとどまりながら前を進んでいると、クルトが立ち止まっていた。
気が付くと最初の中庭だった。どうやらゴールらしい。
ゼイゼイ息をするマリウスにクルトは深呼吸して、息を整えるようにと言った。
呼吸が整うと、今度は筋トレが始まった。
腹筋、背筋、腕立て、スクワットを50回と言われたが、30回位でへばった。
『〇イザップか』
筋トレを終えると、クルトは靴先で地面に線を引き、真っ直ぐ歩いていくと50 歩くらい先で立ち止まって振り返った。
線の位置から自分の処まで全力で走れと言ってパンと手を叩いた。
マリウスは言われた通り、全力で駆けだす。
クルトの処まで着くと、また元の位置まで戻るように言われた。
元の線まで駆け足で戻るとまたクルトが手を叩く。
6本目くらいで意識が飛びそうになった。
旨く呼吸ができない。11本目で遂にマリウスは力尽きて、地面に手を付いた。
膝がプルプル震えて立ち上がれない。
クルトが傍にきて、今日はこれ位にしましょうと言って、マリウスの脇に手を入れて、ひょいと持ち上げる。
傍らの庭石にマリウスを座らせた。
何時の間に来ていたのかユリアが、マリウスの汗でずぶ濡れになったシャツを脱がせ、タオルで体を拭いてくれた。
マリウスに新しいシャツを着せると、水の入った木のコップを手渡した。
マリウスは其を一息に飲み干す。
冷たい水が、今まで飲んだどんな水より美味しかった。
ユリアは空のコップを受け取ると、シャルロット様を起こす時間ですので、と言って去って行った。
ユリアがマリウスの世話をしている間、クルトは大剣を抜いて型稽古をしていた。
上段、中段、下段、右袈裟、左袈裟、突き、足払い、踏み込みながら数回ずつ繰り返す。
満足すると今度は連続技に変わる。
マリウスの背丈程もある大剣を、小枝の様に振り回す。
流れる様に剣を振るクルトの姿からマリウスは眼を離すことが出来なかった。
舞いの様に剣を振る姿に、自分もあの様に剣を振るいたいと思った。
萎えかけた気持ちが、再び奮い立つ。
クルトは型稽古を終えると、剣を収めて一礼し、マリウスの方に歩いて来た。
クルトは七歳の少年の目が、未だ光を失っていないのを知ると、満足して告げる。
「本日の修行は此処まで!」
〇 〇 〇 〇 〇 〇
食堂に入ると既に全員そろっていた。
マリウスは遅れた詫びを言いながら何時もの席に着く。
直ぐリナがマリウスの前に皿を並べてくれた。
「大分絞られた様だな、食事が採れそうか」
クラウスが話を振る。
「ハイ。もうお腹ペコペコです」
「それは頼もしいな、私が剣の修行を始めた時は、疲れて何も食べられなかったものだ」
「そんなに厳しかったんですか」
マリウスの問いに、クラウスが昔を懐かしむ様に答える。
「ああ、ジークの奴は手加減を知らぬからな、何度も殺されると思ったよ」
クラウスの合図で食事が始まる。
「あなたは、騎士だから仕方ないけれど、魔術師に成るマリウスちゃんは、そんなに鍛えなくてもいいんじゃない?」
「魔術師と言えど、戦場では剣で戦う事も有る、お前も冒険者をやった事があるなら、解るだろう」
マリアはマリウスの剣術修行には、あまり乗り気でない。
「可愛いマリウスちゃんが、ジーク殿の様な厳つい男の子に成るのは嫌ですわ」
そんな事を言われてもと苦笑しながら、マリウスは話題を変える。
「母上はどれ位冒険者をしていたのですか?」
「学園を出たばかりの16歳から四年位かしら、最後はSランクまで行ったのよ」
学園と云うのは、王都の貴族学校だ。
右腕を挙げて、力こぶを作る真似をするマリアに、マリウスは更に話を振る。
「何故、冒険者になろうと思ったのですか?」
「学園の先輩に誘われてね、面白そうだったから入っちゃたのよ」
昔を懐かしむマリアに、クラウスが言った。
「エルザ様か、私も学園にいた頃は引っ張りまわされて、酷い目に合ったな」
「ふふ、あなたよく殴られていたはね」
ころころ笑うマリアに、クラウスが嫌な顔をする。
「あの、エルザ様と云う方は、どの様なお人で」
「エルザ様は先王陛下の第三王女で、現王の妹君、そして今はグランベール公爵閣下の奥方だ」
「王女様が冒険者をされていたのですか?」
驚くマリウスに、マリアが楽しそうに。
「エルザ様は、ユニークの拳闘士なの。学園時代は強そうな相手を見つけては、決闘を挑んでいたけど、『もう此処に私の相手は居ない。』と言って、学園を出るとすぐ冒険者になったの」
うん、絵に描いた様なじゃじゃ馬プリンセスらしい。
まあユニークの拳闘士がいるならSランクも当然か。
「父上も、エルザ様に挑まれたのですか」
クラウスは嫌な顔をしながら、答える。
「私はエルザ様と同級で、レアの騎士だからな、入学以来何度も絡まれたよ」
絡まれたって言っちゃてるよ、この人
「一度も勝てなかったんでしょ」
マリアの言葉に、クラウスが顔を赤くして言い返す。
「それは公爵閣下も同じだからな。大体レアがユニークに勝てるか!」
「公爵様は、エルザ様の二つ上でレアの同じ拳闘士だから、エルザ様が一番最初に決闘の相手に選んだそうなの」
「あれは正しく学園の伝説だな。エリザ様の蹴りで、上級生が凧の様に飛んでいく姿に全校生徒が戦慄したよ」
当時を思い出したのか、クラウスの顔色が悪くなる。
うん、怖い、絶対逢たくない。
「それで負けた公爵様が、エルザ様に一目惚れしてプロポーズしたのだけど、エルザ様が私より弱い男は嫌だと言って断っちゃったの」
『テンプレな展開だな。』
「それでも諦めきれない公爵閣下は、卒業後もエルザ様にプロポーズし続けて、ついにエルザ様を射止めたと云う訳だ」
父の言葉に何故か尊敬が籠っているが、其の公爵閣下、ただのどエムじゃねえ。
「それでエルザ様が公爵家に御輿入れするので、冒険者を引退する事になって、パーティーも解散になっちゃたの」
公爵家は拳闘士同士の夫婦という事になるのか、なんか物凄く脳筋そうだなあ。
「仕方なく家に戻ったのだけど、エルザ様の紹介で、この御家に御嫁に来ることになったのよ」
成程、お気に入りの後輩を寄子の嫁に入れて結束を図った訳か。
「冒険者と言えば、今日ギルドに行って話を着けてくる。ついでに魔石が有れば仕入れてこよう」
クラウスの言葉にマリウスは、付与魔術の修行も頑張ろうと思ったが、ふと気になって母に尋ねる。
「そういえば、母上のパーティーは何という名前だったのですか」
マリアは一瞬固まって口を閉じたが、横でニヤニヤ笑うクラウスをきっ! と睨むと諦めたように、小さな声で言った。
「『戦慄の戦乙女』よ」
ハハ、若気の至りですね。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
「領主様がいらっしゃるのか?」
冒険者ギルドエールハウゼン支部長ニック・ゲッベルスは職員のカールに問い返した。
「はい、先程先ぶれが来られました。支部長に話があるので、昼前に立ち寄るとのことです」
領主が自らギルドにやって来るのは珍しい。
大抵使いの物か、執事のゲオルグをよこす。
そう言えば教会の司祭が行方不明に成っているとかで街が騒然としている。
この三日、騎士団が街の内外を走り回っている。
捜索の応援でも依頼しに来るのだろうか
「解った。応接室の支度をさせておけ」
カールを下がらせて、ニックは今まで読んでいた本部からの手紙に目を落とす。
相変わらず赤字の𠮟責だ。
このエールハウゼン支部は三年連続で赤字決算になっている。
今期もこの儘なら支部の閉鎖か、支部長の更迭も考えると書いてある。
このエールハウゼン支部には碌な冒険者がいない。
実力のある冒険者は皆辺境伯領のアンヘルに行ってしまう。
此処にいるのは、駆け出しかロートルばかりだ。
そんな有様だから碌な素材も集まらないし、大きな依頼も入ってこない。
精々騎士団から安く払い下げて貰った魔石を転売するくらいが、唯一の財源だった。
素材は基本、商業ギルドに払い下げられるが、そのまま商品になる魔石の払い下げだけは冒険者ギルドにという慣例があった。
ニックもかつてはBクラスの冒険者だったが、怪我を機に引退し、伝手を頼ってギルドの職員になった。
それから12年、何とかこの田舎町の支部長の座を手に入れたが、それも危うくなってきた。
期待していた息子たちのギフトは、ミドルの役人とビギナーの水魔術師。
どちらも何とか王都で仕事を得たようだが、とても自分たち夫婦を面倒見てくれるような余裕はないだろう。
ニックは溜息を付きながら、領主の話が金になる話である事を祈った。
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