1-10  リナ


 マリアは寒さを感じなくなった上着に満足しながら言った。


「付与魔術ってとっても便利ね、外にはどんな事が出来るの?」


 マリウスにぐいぐい詰め寄ってくる。

 少々たじろいでいるマリウスに、ちょうど良いタイミングで執事のゲオルグがやって来て、クラウスが呼んでいると告げた。


 マリウスは立ち上がるとシャルロットの頭を撫でてから、まだ未練気なマリアを振り切って逃げるように部屋を出た。

 

 クラウスの執務室には、クラウスと騎士団長のジークフリートが待っていた。

 マリウスは、クラウスに促されて、ジークフリートと向かい合って椅子に腰かけた。

 

 レアの槍士であるジークフリートは、たしか父より八つ上と聞いているので今年で42歳になる。

 歴戦の勇者らしく、頬に大きな刀傷がある。

 

 11年前の帝国との戦いで負ったそうだが、 その戦で大きな武功を挙げて前騎士団長の後を継ぎ、 以来11年間騎士団を率いている。


 ここ数年は専ら魔物相手の戦いばかりだが、その武勇は他国まで響いている。

 アースバルト家の守護神であり、ノルンの父親だ。

 

 マリウスが座ったのを見て、クラウスが話を始めた。


「付与魔術の修行は如何であった?」


「ハイ。色々難しいところは有りましたが、とても面白いと思いました」


「面白い、か。してどのようなところが面白いと思った?」


「そうですね、自分の付与した術式が何十年、時には何百年と残る処でしょうか」


「ほお」

 クラウスが続きを促す。

 

「あれは壊す術ではなく、創る術だと思います。私が生きている限り色々な物を作っていける、それを思うと何やら楽しくなってしまいました」


「ハハハ、さすがは若、何とも気宇壮大なお考え。いずれこのエールハウゼンに、いやこのライン=アルト王国に若様が術を施した品か溢れかえる事でしょう」


 ジークフリートがさも愉快そうに笑い声をあげる。


「ジーク、お前はマリウスに甘い故解っておらん。こやつはこれでお調子者なところがあるゆえ、迂闊な事を申すと屋敷中に妙な物が溢れかえることになるぞ」


 そう言いながら、クラウスの口元も笑っている。


「なんの、若は少々品行方正過ぎまする。御屋形様の若い頃は、それは酷う御座いましたぞ」


「おけ! ジーク、それはお互い様だ」

 

 一頻り笑い合った後、クラウスは咳払いをして、和やかな話はここまでと云うふうに、マリウスに向き直る。


「かねてより懸案のお前の剣術指南の件だが、副団長のクルトを就ける事にした」


「クルトは騎士団一の手練れ、必ずや若の良き師になる事でしょう」

 ジークフリートが太鼓判を押す。


「お前も領主の息子である以上、何れは兵を率いて戦場に赴くこともあるであろう。明日よりは、魔術だけでなく剣の修行にも励め」

 

 クラウスは、後ろに立てかけてあった剣を手に取って立ち上がると、マリウスの方に歩いて行った。


 マリウスも立ち上がって、父に向き直る。

「これは私が最初に手にした剣だ、お前に授けるゆえ佩刀にするが良い」

 

 マリウスは剣を両手で受け取った。


 細身の両手剣だったが、マリウスには少し重く感じた。

 柄には蔦模様の彫刻が施されている。

 

 マリウスは柄を握って、鞘から刀を抜いてみた

 反りの無い両刀の剣は、刀身が鈍い光を放っていた。


 マリウスは刀を鞘に戻すと、父に礼を述べた。


 クラウスは一言

「励め」

 と言って、マリウスを退出させた。



 自分の部屋に戻りながら、マリウスはクルトの大きな体躯と籠手の隙間から覗く、白いふさふさした毛を思い浮かべた。

 

『モフモフ、ゲットだぜ!』

 


 マリウスは夕食の後部屋に戻ると、短剣を3本と包丁を3本、綿のシャツを4枚机の上に並べた。


 まず綿のシャツに、“防寒”を付与する。

 4枚付与を終えると、シャツを畳んで鞄にいれる。


 まだまだ余裕があるので、そのまま短剣の付与を始める。

 最後に包丁を一気に3本続けて、“劣化防止”の付与を行う。

 

 最後の一本を付与し終えると体からごっそりと力が抜けて、強烈な脱力感に襲われる。


 これが所謂魔力切れ、と云う状態らしい。

 頭の後ろに鈍い頭痛を感じながら、マリウスは這うようにベッドに潜り込む。

 

 MP、FPがゼロになっても、べつに死にはしない。

 ただ、何方も行動不能に陥るだけだ。


 魔法使いは魔法を使いまくって、MPを消費してジョブ経験値を上げる。

戦士職はFP を筋力強化、各種耐性、アーツなどに変えて消費することで経験値を得ていく。


 騎士団の兵士が毎日、へとへとに成るまで訓練するのも其の為である。

 

 健康な人間なら一晩眠れば魔力も理力も回復する。

 仮眠でも幾らかは回復するそうだ。


 マリウスはステータスを確認したいと思いながら、気を失うように眠ってしまった。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 翌日、目を覚ますと頭はすっきりしていた。

 マリウスはベッドの中でステータスを確認する。


 マリウス・アースバルト

 人族 7歳 基本経験値:70

          Lv. :1


 ギフト 付与魔術師 ゴッズ


 クラス ビギナー Lv. :2   

         経験値:100


 スキル 術式鑑定 術式付与  

 

    FP:   11/11

    MP: 110/110 

      

 スペシャルギフト

 スキル   術式記憶

      全魔法適性: 101

      魔法効果 : +101 

      

 おお、なんか色々上がっている。

 MPが10増えてFPが1増えている。


 全魔法適性と魔法効果も1ずつ増えていた。

 全魔法適性101とはやはり、全部の魔法に適性が101パーセントあるという事なのだろうか。


 魔法効果+101とはやはり、効果が101パーセントプラスされる、つまり倍になるという事だろうか。


『成程、相乗効果で更にアップしていく訳か、さすがチート、レベルが上がると一気に増えていく訳だな』


 機会があれば色々の魔法を憶えてみよう。

 気分も揚がるのを感じながらマリウスはベッドから抜け出す。


 昨夜その儘にして眠ってしまったので、机の上に放り出されたままの短剣を鞘に戻し、魔石の瓶に蓋をする。


 まとめて鞄に仕舞うと、ちょうどドアをノックする音がした。


「マリウス様、お目覚めですか?」


 ドアを開けて、メイドのリナが入って来た。


 手にはお湯の入った盥と、マリウスの着替えを持っている。

 机の上に置いた盥のお湯で顔を洗うと、リナが顔を拭いてくれた。


 マリウスの寝間着を脱がせて、てきぱきと服を着せていく。

 

 リナはエールハウゼンの北東にある、ゴート村の村長の娘である。

 去年、行儀見習いと云う事で、この館に来て以来、マリウス付きのメイドをしている。


 姉のリタも、三年前からこの屋敷でメイドとして仕えていた。

 今年11歳になるリナは、黒髪をツインテールに結んでいた。

 

 雀斑をいつも気にしているが、マリウスは十分可愛いと思う。


 マリウスの着替えを終えると、リナはベッドのシーツと寝間着を畳んで小脇に抱え、盥を持ってから、


「もうすぐ食事の支度が出来ます」

 

 リナは部屋を出て行こうとしたが、ドアの前で立ち止まって振り返った。

 

「あ、あの、若様」


 リナが何か言いにくそうにしている。


「ん? どうかしたのリナ?」


 リナはもじもじしていたが、やがて意を決したようにマリウスに言った。


「あの、奥方様と、シャルロット様が、とても自慢しておられて」


「母上と、シャルロットが?」


「あの、わた、私にも……」

 

 ああ、とマリウスは頷いて、鞄の中から魔石の瓶を取り出して、魔石を一つ手に取る。


「いいよ、こっちにお出でリナ」 

 

 リナは嬉しそうにマリウスに駆け寄ってきた。

 マリウスはリナに後ろを向かせると、エプロンドレス風のメイド服の背中に手を当てる。


 メイド服が、青い光に包まれてから、消えると“防寒”が付与された。


「あ、ありがとう御座います若様」


 リナはとても幸せそうな顔で礼を言うと、パタパタと部屋を出ていった。


 マリウスはリナの背中に触れた時の、暖かくて柔らかい感触を思い出して、何故か顔が赤くなる。

 

『ませてんな、このエロガキが』

 

(五月蠅い!)


 マリウスはさらに顔を赤らめながら、部屋を出て行った。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 食堂に入ると、既に、クラウス、マリア、シャルロットが席についていた。

 マリウスがシャルロットの隣に座ると、リナが甲斐甲斐しく食事の支度を始める。


 マリウスはまた顔が赤らむのが解ったが、ふと気付くと、マリアがジト目で此方を見ている。


 マリウスが目を反らすと、マリアはへーと云う風に微笑んだ。

 

「始めようか」


 クラウスの言葉で食事がはじまる。


 マリアが、マリウスの後ろに立つリナに声を掛けた。


「今朝は冷えるわね、リナ。」


「え、いえ、あ、はい。そうですね奥様」


 慌てて言い直すリナ。

 動揺するな。 


「でも私たちは全然平気よね、シャルちゃん」


「はい、しゃむくないでしゅ」


 そう言ってシャルロットが両手でカーディガンの肩を抱く。

 

「うん? 何の話だ?」


 クラウスが、マリアに尋ねた。


「マリウスちゃんが、私たちの服に“防寒”の付与を付けて呉れたのよ」


「あにしゃまはしゅごいのでしゅ」


 シャルロットが胸を張っているのが可愛い。


「ほう、防寒か。それは私にもぜひ、試してほしいものだな」


「ええ、マリウスちゃんは“防寒”の付与がとっても得意だから」


 もう止めて! 母上の攻撃が止まらない。

 リナが顔を赤くして俯いている。

 

『まあ母親は息子の女には、常にアグレッシブだから』

 

(女とか言うな! 僕は未だ7歳だ。何も疚しい事は無い!)

 

 マリアとクラウスが、御爺様と御婆様にも送って差し上げようだの、夏物のドレスに防暑の付与を付けて貰おうだの、二人で盛り上がっている姿に溜息を付きたくなって、隣でキラキラした目で自分を見上げる、シャルロットの頭を撫でる。


「あにしゃまは、こんどはどんなまほうをつかうのでしゅか」


「そうだなあ。色々あるよ。取り敢えず馬車がギイギイ煩かったから車軸に“摩擦軽減“とか付けたらきっともっと乗り心地が良くなると思う」


「しゅごいでしゅ、あにしゃま、ほかには?」


「“発熱”とか使って何か暖房具が作れないかとか、“送風”も試してみたいし、トイレに“消臭”とかもいいかも。ゴミ枡にも付けたいな、暖かくなったら窓に“虫除”けとかも必要……」

 

 気が付くと、周りが静かになっていた。

 マリアとクラウスが耳を澄ませて、マリウスを見つめている。


「マリウス、もっと詳しく聞かせろ。いやこの後、クルト達と顔合わせが有る故、シャルを連れて執務室に来い。その後じっくりとお前の話を聞かせて貰おう」 


「あなた、私も同席させて頂いて宜しいでしょうね」

 独り占めはさせぬ、とばかりにマリアが割り込んでくる。


「うむ、勿論お前も同席するがよい」

 暫く父と母が睨み合っていたが、何時も通り父が折れる


「それではマリウス、待っておるぞ」

 取り繕うに、威厳を持たせて言うと、クラウスは席を立った。


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