1-9   付与魔術


「えっ、こんなに沢山よろしいのですか、高価な物なのでは?」


 マリウスは両手で瓶を持ち上げてみる。


 ザトペックは片手で軽々と掴んでいたがマリウスには両手で持ってもずっしりと重かった。


「一つ5000ゼニーですな」

 

 瓶の中に詰まった魔石は200個以上有るように見える。


「魔石って高いのですね」

 エリーゼも目を見開いて、瓶を見つめている。 

 

『灯油1年分なら、寧ろ安くねぇ』

 

「いや、こんなに受け取れません」


 固辞するマリウスに、ザトペック翁は悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。


「その位すぐに無くなってしまいます。なに、遠慮はいりません。その代わりと申しては何ですが、私が持ち込む品に付与をして頂きたいので御座います」 


「御師匠様の品に、ですか?」  


「これは既に御領主様に、御許可を戴いておりますのですが、若様が付与した品物を私の店で売らせて頂きたいのです」


 後ろでエリーゼが、ジト目でザトペックの事を見ているが、マリウスは寧ろ老人の抜け目無さに感心した。

 

 様は魔石をタダで使わす代わり、自分の商売に協力しろという事らしい。


「それでは、遠慮なく使わせていただきます」


 思う存分、付与魔術を使えるぞ。

 マリウスはワクワクが止まらないのであった。



「付与魔術は己の魔力を魔石の力に乗せて効果を高める、と申しましたがむろん無制限にではありませんし、術者の実力によって大きく左右されます」


 ザトペックの講義は続く。


「また、手練を重ねれば、効果や持続時間を自由に調整することもできます」


「付与魔法の方が、魔道具より優れている、と云う事でしょうか」


 マリウスの質問に、ザトペックは少し考えてから答える。


「一概に、どちらが優れているとは決めかねますかな。先程も申し上げた通り魔道具は誰が作ってもある程度同じ物が出来ます。また手間がかかりますが、クラスが低くても自由に複数の効果を載せる事が出来ます。付与魔術師はそれなりにクラスが上がらなければ、重ね掛けは使えません。低いクラスのうちは、魔道具師の方が圧倒的に有利に思えます。世の中大半の者はビギナーかミドルで御座いますから」

 

 成程、付与魔術師はクラスを上げてなんぼの様だ。


「私なども、若い頃は魔道具師の方がよほど儲かるのに等と羨ましく思ったものです」


「今はどうですか?」


 マリウスの問いに、ザトペック翁は視線を宙に漂わせて暫く考えていたようだが、マリウスに視線を戻すと、首を振った。


「付与魔術師で良かったと思っております、時を重ねればそれなりに身に着くスキルも御座いますから。何よりそういった修行の積み重ねこそが、自分の唯一の財産で御座います」

 そう言ってザトペックはまた、ふぉふぉふぉと笑った。

 

 マリウスは良い師匠に出逢えたと思った。

 あいつも同じの様だ、

 

『モノ作りはそうだろ。徹夜で図面ひいたり、プログラム組んだり…』


「付与魔術の話に戻しますが、術者の実力で使える魔石の種類や数も変わってきます。また対象に、それだけの魔力を受ける力が無ければ効果はありません。下手をすると壊れてしまいます」


 ザトペックは説明を続けながら、鞄の中から、紐で綴じられた古い羊皮紙の束取り出した。

 

「勿論術者の実力によって、付与できる術式も取り扱える魔石の種類も変わってきます。いきなり上級の術式を使っても、魔力切れで倒れてしまう事になりかねません、ビギナーの内は。初級の術式から始めるのが宜しいかと思います」 


 ザトペックは、分厚い羊皮紙の束をマリウスの前に置いた。


「これは私が師匠から譲り受けた術式です、差し上げますのでお役立てください」


「その様な大切な物を、頂いても宜しいのでしょうか」


「私は全て記憶しておりますので、もう必要御座いません。それは若様がいつか自分の弟子を取った時、その者に御譲りください」


 そう言って笑うザトペックに一礼して、マリウスは羊皮紙の束を手に取った。

 

 一番上の紙に書かれた術式を見る。

 “硬化”(初級)、の術式だと解った。

 

 マリウスは、“硬化”の術式が自分の中に記憶されたのが解った。

 ザトペックはマリウスの所作を、興味深そうに見ていた。

 

 マリウスは夢中で、羊皮紙の束を捲り始めた。

 マリウスは取り敢えず、初級の術式を全て記憶した。

 

 “軟化“、“摩擦増加”、“摩擦減少”、“強化”、“防寒”、“防暑”、“発熱”、“消毒”、“腐敗防止”、“発光”、“送風”、“虫除け”、“消臭”。


 “劣化防止“、“硬化“と合わせて、全部で15種類、さすがに少し疲れたが、多くの付与を使えるようになった高揚感の方が強かった。

 

「“劣化防止”と”強化”はどう違うのですか?」

 マリウスは今覚えた術式に付いて、早速ザトペックに尋ねてみる。


「若様はどの様に感じられましたか?」

 逆に質問で返されてしまった。

 

 マリウスは“劣化防止”と”強化”の術式を頭の中に思い浮かべて比べてみた。

 よく似ている様にも見えるし、全く反対の様にも見える。


「何か向かう対象が違う様な?」


「というと?」

 マリウスの言葉にザトペックが問い返した。


「“劣化防止”本来の力を維持する為、“強化”本来の力より強めると云う感じですか……」

 

 ザトペックはふぉふぉふぉと笑うと、マリウスに言った。


「何度も申しますが、付与魔術は術者の解釈によって効果が全く変わってしまう事はよく有りまする。つまり術者の数だけ“劣化防止”が有り”強化”が有ると云う事で御座います。若様は若様が考える“劣化防止”や“強化”を使えば宜しいかと思いまする」

 

 何やら答えを胡麻化された気もするが、もしかするとその大雑把な感じが、付与魔術師が今一世間に評価されない原因なのかもしれない。


 使ってみて確認するしかないか、とマリウスは思った。

 

 ザトペックは外の術式について、一通り説明を終わると、鞄の中から短剣を9本と包丁を10本、綿のシャツを20枚取り出した。

 マジックバックではない様だが、随分詰め込んで来た様だ。

 

 ザトペック翁は店の営業が有るので週に一度しか来られないそうだ。

 その間、これらの品物の付与をお願いしますと言った。


 短剣は魔石五つで“劣化防止”を、包丁は魔石二つで“劣化防止”を、そして綿のシャツは魔石一つで“防寒”を付与して貰いたいと注文を伝えると、それではまた来週と言って去って行った。

 

 帰り際にザトペックは、

「残った魔力と魔石は御自分の為に自由に御使い下さい。なるべく毎日魔力を使い切る事が上達の近道で御座います」

 と言って去って行った。

 

 ザトペックが去ると、すぐエリーゼが寄って来る。

「何やら、油断ならない御老人でしたね」


「そうかなあ、僕は面白い方だと思ったけど」

 マリウスは愉快そうに笑う。


「マリウス様を商売の手伝いに使うなど、言語道断です。あれは絶対腹黒商人に違いありません!」


 そう言って憤慨するエリーザを、まあまあと宥めながらマリウスは言った。


「その代わり魔石を自由に使わせてくれるのだし、付与した品物も結果的に、エールハウゼンの人達の役に立つんだから、良いじゃないか」


「それはそうですが」

 エリーゼは未だ納得がいかない様だ。

 

「日用品の付与に魔石を抑えているのも、安く売るためだと思うよ。ああ、沢山付与魔術を使ってクラスが上がったら、エリーとノルンに何か良い武器か防具をプレゼントするよ」


「本当ですか? 約束ですよ。でもそんなに簡単にクラスアップしませんよ、私もノルンも半年以上かかりましたから」


 半年か長いな。よしさっそく今日から頑張って、付与魔術修行を始めるぞとマリウスは誓う。

 

『心配するな、俺達にはチートがあるって!』


 マリウスは包丁を自分の前に置くと、魔石を二つ左手に握って、右手を包丁の刃に当てた。


 マリウスは“劣化防止”の術式を思い出しながら、術式付与と心の中で唱えた。

 包丁が青い光に包まれて一瞬で消えた。

 

 左手を開くと魔石はなかった。

 何度見ても不思議な光景だと思いながら、マリウスはステータスを確認する。

 MPが6減ってジョブ経験値が6増えていた。

 

 今度は魔石を一つ取って、綿のシャツに“防寒”の付与を行う。

 ステータスを確認するとMPが5減ってジョブ経験値が5増えていた。

 何となく理解出来た。

 

 多分付与に必要な魔力が4で、魔石一つにプラス1、魔石の数と云うか術式と一緒に付与する魔力量で増減する、と云う感じか。

 

「そんなに立て続けに魔法を使って、大丈夫ですか?」


 横で見ていたエリーゼが、心配そうに尋ねた。

 未だ、魔力は80残っている。


「うん、全然平気だよ、あと10回は続けて行けるよ」


「10回も? あの、失礼ながらマリウス様の魔力量は幾等なのですか?」


「100だよ」


「100! そんなにあるんですか? 普通のビギナーの魔術師は20か30位ですよ。ミドル並じゃないですか!」

 

 エリーゼが、さすがはマリウス様と、キラキラした目で見つめて来る。

 マリウスは一寸顔を赤らめながら、どうやら基本のステータスも、ギフトで変わってくるのかと思った。

 

 そう云えば、ギフトを受けた時、MPが一気に上昇したっけ。

魔力量の話も他人にしない方が良いなと考える。


「エリー、魔力量の話は誰にも言わないでね。ノルンにも内緒だ。」


「ハイ、私とマリウス様の二人だけの秘密ですね」

 エリーゼが嬉しそうに、両手で口を覆う。

 

「何が秘密なの?」


 振り返ると、マリアがシャルロットを連れて部屋に入ってきたところだった。


「いえ、なんでもありません」


 エリーゼがあたふたと立ち上がって、部屋の隅に逃げる。

 マリウスも椅子から立ち上がって、二人を迎えた。

 

「魔術のお勉強はどうだったの?」

 マリアが椅子に腰かけて、そう尋ねた。


 マリウスも、改めて向かいの椅子に腰かけた。

「ハイ。とても面白かったです」

 

 シャルロットが、とことことマリウスのそばまで歩いて来る。

 エリーゼが背中からシャルロットを持ち上げて、マリウスの隣の椅子に座らせた。


 シャルロットは、マリウスの袖を掴んで引っ張りながら、見上げると、


「あにしゃまは、まほうがつかえるよになったのでしゅか?」

 と勢い込んで尋ねた。


「シャルロット様、マリウス様は凄いのですよ。今日一日で沢山の魔法を覚えて、立て続けに使って見せたのですよ」


 何故かエリーゼがドヤ顔で答える。

 

「まあ、どんな魔法を覚えたの。」

 マリアが身を乗り出して、話に入る。


「えーと、“硬化“、“軟化“、“摩擦増加“、“摩擦減……」


「あにしゃま、あにしゃま」

 シャルロットがマリウスの袖を引っ張る。


「しゃるに、まほうをみしぇてください」

 シャルロットは魔法に興味津々の様だ。

 

「うーん、そうだなあ」

 マリウスは少し考えていたが、


「うん、大丈夫そうだな」


 と呟くと、瓶から魔石を一つ取り出し手左手に握り、右手をシャルロットの背中に当てた。


 シャルロットの、ピンク色の毛糸のカーディガンが青く光った。

 

 光が消えると、シャルロットは大きく目を見開いて、マリウスを見つめる。


「しゃむくないでしゅ。すごいでしゅあにしゃま」


 シャルロットの瞳に尊敬が籠っているのを見て、気に入ってくれたようだとマリウスは安堵する。


「今何をしたの?」

 今度はマリアが目を輝かせて聞いてくる。


「シャルのカーディガンに“防寒”を付与したんです」


「あら、良いわね。私にもお願いできるかしら」


「あのマリウス様、出来たら私にも」


 エリーゼも手を挙げる。

 未だ寒いからね。


 マリウスは、二人の上着にも“防寒”を付与した。

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