1-8   ザトペック   


「この度は、お召しにより参上致しました、骨董商のザトペックに御座いまず」

 

 えーと、アライグマ?

 もこもこした、耳まで隠れる灰色の毛皮の帽子を頭の上に被っている。

 ふさふさした縞々の尻尾を頭の後ろに垂らしていた。見える範囲に髪はない。

 

 老眼鏡らしい小さな丸眼鏡を、鼻の上に引っ掛けている。

 鼻の下には白い髭が、八の字に垂れ下がっており、顎の髭は胸元迄届いていた。


 握りの部分が鳥の形をした杖を突いている。


「初めまして、マリウス・アースバルトです。私の為にお越しくださり有難う御座います」


 マリウスは胸に手を置いて、貴人に対するような礼をとった。

 ザトペック翁は、ふぉふぉふぉと〇仙人の様に笑った。


「私ごとき平民に、その様な礼は不要、何なりとお申し付け下さりませ」


「これから師と仰ぐ御方に礼節を欠く事等出来よう筈もありません。何卒私に厳しい御指導をお願い致します」

 

 ザトペック翁は膝を付いてマリウスの言葉を聞いていたが、それではと杖を持つ手に力を入れて立ち上がった。


「御領主様が良き跡継ぎに恵まれた事、女神クレストに感謝を。それでは付与魔術師としての私の全てを、マリウス様に伝授させて戴きます、ご覚悟下さりませ」


 そうしてマリウスの付与魔術師修行が始まった。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


「某を若様の剣術指南に、ですか?」


 朝の訓練を終えて兵舎に戻ったクルトは、騎士団長のジークフリートに呼び止められて領主の館に連れてこられた。

 

 そして、領主のクラウスから息子のマリウスの剣術指南を頼みたいと告げられた。


「しかし某は獣人で御座います」


 そう言ってクルトは固辞しようとした。


「何も問題ない。辺境の地は実力主義だ。獣人だろうが、エルフだろうが、ドワーフだろうが実力さえあれば問題ない。隣の辺境伯の騎士団等、部隊長の半数は亜人だという。この辺境の地で種族を気にする者など誰もおらん」


 そう、力強く言って、クラウスはクルトの手を取った。


「頼む、我が子に力を貸してくれ。」

 

 クルトは西方の伯爵領に生まれた。


 農奴であった父はクルトが物心つく前にこの世を去り、母もクルトが8歳の時に過労で世を去った。

 

 孤児になったクルトは、アドバンスドの剣士のギフトを頼りに領軍に飛び込んだ。


 しかし西方では亜人差別が根強く、クルトが兵士として頭角を現す程、風当たりも強くなっていった。

 

 八年前、妻の死を契機に、まだ幼かった娘を連れて故郷を捨て、東方の地に流れてきた。


 亜人差別のない辺境伯領を目指した彼は、途中立ち寄ったエールハウゼンで騎士団長のジークフリートの目に留まり、アースバルト子爵に使える事になった。


 僅か八年で副団長に迄引き上げてくれた子爵の大恩には、何時でも命を懸けて報いたいと思っていた。

 

 クルトは片膝を付くと、右手を胸に当ててクラウスに答えた。


「騎士団副団長クルト・ハーゼ、謹んで御役目を御受け致します」


「うむ、大義である」

 クラウスも安堵の笑みを漏らす。言った

 

 ジークフリートも、後ろからクルトの肩を抱いて言った。


「よくぞ申してくれた、これで若様も安泰、わしも向後の憂いなく御勤めに励む事が出来る。いや目出度い、ついてはクルト、其方にもう一つ頼みがある。」


「何で御座いましょう?」


 クルトが問い返すと、我が意を得たりと云った様子でジークフリートが話を続ける。


「御屋形様は其方にこの館に詰めて貰いたいと仰せだ」


「あ、いや某には娘が……」

 

 クルトは今年11歳になる娘のユリアと、兵舎で暮らしている。


 レアの料理人のギフトを得たユリアは、今では兵舎の食堂で下働きをさせて貰っていた。

 

 先日、クラスがアドバンスドに上がったと喜ぶ娘に、死んだ妻の面影が重なって、クルトは不覚ににも涙を零しそうになり、娘に笑われてしまった。


 ユリアは、クルトにとって目に入れても痛くない宝であり、離れて暮らすなど、彼には考えられなかった。


「それでだ、クルト」

 と、クラウスが話を引き取る。


「其方の娘を、我が娘シャルロットの侍女見習いとして、共に館に召し抱えたいと思うのだがどうだ」


「なんと? 某だけでなく娘まで!」


 望外な話に戸惑うクルトを他所に、クラウスとジークフリートは満足げに頷き合った。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


「付与魔術と、他の魔術との一番の違いは何か、解りますかな?」


 ザトペックは顎髭を指で弄びながら、マリウスに問いかけた。


 二人はテーブルを挟んで、向かい合って座っている。 


「普通の魔法は、放たれたら数秒か精々数分で消えてしまいますが、付与魔術の効果は永久に続きます」

 

 部屋の隅に座っているエリーゼが、期待で目をキラキラさせながらマリウスを見つめていた。


 マリウスの従者であるエリーゼとノルンは、常にどちらか一人はマリウスについている。


 剣の修行等はエリーゼが、勉強関係はノルンが一緒の事が多いのだが、付与魔術の修行に関してはエリーゼが自ら志願して、ここに座っている。

 

 ザトペックは、ふぉふぉふぉと笑うと言った。


「永久の効果を発揮する魔法は御座いません。が、概ね正解で御座います。恒久的に効果を発揮できてこその付与魔術で御座います」

 

 窓のガラスが白くなっている。

 天気は良かったが、やはり周囲を山に囲まれたエールハウゼンの冬は厳しい。


「勿論長い時間発動できる魔術もございますが、ずっと魔力を消費し続けるので、普通の魔術師ではあっという間に魔力切れになってしまいます」

 

 そう言ってザトペックは、エリーゼの脇に置かれている暖房の魔道具を指さした。


 寒がりのエリーゼは、部屋に入るとちゃっかりと一番暖かい場所に陣取っていた。

 

「魔道具は、魔法陣に軽く魔力を流すだけで動き出します。そしてもう一度魔力を流して停止させるまで、効果を発揮し続けます」


 ザトペックは言葉を切って、マリウスを見ると問いかけた。


「若様は、魔道具を動かしている魔力は何処から来るかご存じですか?」


「それは、魔石からですか」


「左様で御座います、よく御存じで。あの位の魔道具ですと、おそらくゴブリン程度の魔石が中に仕込まれている筈でございます」

 

 魔石は魔物の体内から採れる、そして魔石は魔道具を動かす燃料となる。

 強力な魔物の魔石程、力も大きくなる。


 この世界の常識であり、さすがにマリウスでもそれは知っている。

 

『まあ、お約束だな』

 

「ゴブリンの魔石で大体1年位動かすことが出来ます」


「1年ですか?」


 それが長いのか短いのか良く解らない。


「魔石は魔物の命そのもの、発熱の魔法と風魔法の組み合わせはそれなりに魔力を使いますが、その位は使える筈です。勿論酷使し続ければその限りではありませんが」

 

 ザトペックはそう言って、傍らの大きな鞄からガラスの瓶を取り出した。

 瓶の中に、1センチ位の黒い球がびっしり詰まっている。


「マリウス様はどうやら既に、“劣化防止”の術式を記憶されているようですね」


 そう言ってザトペックは瓶のコルクを外してマリウスの前に置いた。

 

「口で言うより、実際に使ってみましょう」

 ザトペックはまた鞄に手を突っ込むと、短剣を一振り取り出してマリウスの前に置いた。


「何年位の効果を付与しますか」


 マリウスは少し考えて、


「それでは10年で」


と答えた。


「魔道具師が創る魔道具と、付与魔術師の付与の違いは、付与魔術では魔石から魔力を取り出して、対象に乗せることが出来る事と、その時自分の魔力を載せて効果を強めたり、効果の持続を引き延ばしたり出来るので御座います」

 

 ザトペックは皺だらけのごつごつした指を、瓶に突っ込んで魔石を5個取り出し、マリウスに差し出す。


 マリウスは小さな手で受け取ると、手のひらの上で魔石をじっくり眺めた。


 よく見ると少し青味掛かっている黒い球は、表面が薄っすらと透き通っている様だ。

 表面はとても滑らかで、見た目より重い感じがした。

 

「10年で5個は少ないのではありませんが?」


 1個で1年なら10年なら10個必要なのではとマリウスは思った。


「魔道具は同じ設計と術式、同じ素材で作る限り誰が作っても同じ効果を表します。しかし付与魔術は術者の力や解釈によって大きく効果が変わります。時には全く違う物が出来上がるとも言われておりまする」

 

 えっと、それはつまり?


 いつの間にかエリーゼが立ち上がって、マリウスの手元を覗き込んでいる。

 好奇心が抑えられない様子だ。


「魔石を左手に握りしめて、右手を剣に添えてください」


 そう言って、ザトペックは短剣を取って鞘から抜き、刀身を改めてユリウスの前に置く。


 マリウスは言われた通り魔石を左手で握りしめ、右手の指先を短剣の刀身に当てた。

 

「大切なのは術者の思い描く力、あとはギフトが教えて呉れまする」


 ザトペックはそう言って笑った。


 マリウスは眼を閉じて、“劣化防止”の術式を思い浮かべる。

 “劣化防止”とは劣化を防ぐという事か。


 効果は十年。

 うん、出来る。

 

 マリウスは眼を開くと、心の中で術式付与(エンチャント)と唱えた。

 左手から右手に、何か暖かな力が通り抜けるのを感じる。


 それが短剣の中に吸い込まれていく。

 やがて短剣の刀身が青く輝き、術式が刻まれるのが解った。


 輝きが消えた瞬間、左手の魔石の感触と重さが消えた。

 左手を開くと、そこには何もなかった。

 

『ファンタジー来たぁ!』

 

「おめでとう御座います、これで若様は、立派なビギナー付与魔術師で御座います」


「付与魔術、使えたのですか?」


 エリーゼの声に、我に返ったマリウスは、短剣をとって、じっくりと眺める。

 確かにマリウスの目には、刀身に浮かぶ“劣化防止”の術式が見えた。

 

「うん、旨くいったみたい」


「一回でうまく出来るなんて、さすがはマリウス様です」

 エリーゼが自分の事の様に胸を張る。


「ステータスをご覧になりなせれ」


 ザトペックの言葉にマリウスは、ステータスウインドを開く。


 マリウス・アースバルト

 人族 7歳  基本経験値:70

           Lv. :1


 ギフト 付与魔術師  ゴッズ


 クラス ビギナー Lv. :1 

         経験値:9


 スキル  術式鑑定  術式付与 

  

       FP:  10/10

       MP:  91/100


 スペシャルギフト

 スキル  術式記憶

     全魔法適性: 100

     魔法効果 : +100

        

 クラスがビギナーに変わっていた。

 MP が9減っているので、さっきの“劣化防止”の付与に9必要という事だ。

 減ったポイントがそのまま、ジョブ経験値に入っている。

 

 魔力を使えば使う程、経験値が溜まるという事の様だ。

 

『楽勝。楽勝!』

 

 能天気な声が聞こえた。


「お気づきになられましたか。付与魔術を使えば使う程、経験値が貯まっていきます。早くクラスを解放したければ。毎日魔力を使い切るまで、付与し続ける事をお勧めします。この魔石は若様に差し上げます。修練にお使いください」


 そう言ってザトペックは魔石の入った瓶を指差した。

 

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