1-6 子爵家の人々
マリアとマリウスは、家族のリビングに入った。
中にはノルンとエリーゼ、そして妹のシャルロットが待っていた。
4歳のシャルロットはマリウスを見つけると、うんしょ、うんしょと、ソファーから降りて、とコトコと寄って来た。
エリーゼが、心配そうに後ろを付いてくるが、何とか転ばずに、マリウスの処に来るとピタッと、マリウスの腰に抱き着いた。
「おかえりなしゃい、あにしゃま」
うん、可愛い。
「ただいま、シャル」
マリウスはそう言って、マリアにそっくりなシャルロットの金髪の巻き毛を撫でた。
「マリウス様、おめでとう御座います」
「凄いですね、レアの付与魔術師なんて」
メイドが伝えたのか、既にマリウスのギフトの話は二人にも届いている様だ。
「うん、ありがとう。とりあえずこれから修行だけどね」
マリウスはそう言って、シャルロットを抱き上げてソファーに座らせると、自分も隣に座る。
「あにしゃま、ふよまじゅつしってなんでしゅか」
シャルロットがマリウスに、たどたどしい言葉で尋ねる。
「うーん、なんか人や物に魔法をかける仕事らしい」
「あにしゃまは、まほうがつかえるのでしゅか?」
シャルロットがキラキラした目で、マリウスを見上げる。
マリウスは苦笑して、
「未だだよ、これから覚えるんだ」
と言って、シャルロットの頭を撫でた。
「付与魔術師ですか。もう誰か師匠は決まっているのですか」
ノルンが遠慮がちに訪ねてくる。
ノルンは騎士団長の息子で、風魔術師である。
本人は戦闘職を希望していない様で、よく父親のジークフリートと喧嘩している。
エリーゼの方は、家宰のホルスの娘で、こちらは剣士のギフトを持つ、バリバリの騎士団志望である。
父親のホルスも、仕様がないと諦めている様だ。
反対だったら良かったのに、と思っているのはマリウスだけでは無いと思う。
二人とも末っ子で歳は10歳、ギフトはレアだ。
二人ともまだ、ミドルクラス迄しか解放出来ていない。
何方が先にアドバンスドに上がるか張り合っているが、未だ当分先の様だ。
クラウスが二人の父親に請うて、マリウスの従者に付けて貰った。
やがてマリウスが子爵家を継いだ時、彼らがマリウスを補佐することになる。
マリウスは読み書きや歴史などの学問や、礼儀作法などは彼らと一緒に、同じ先生に教わっているが、魔術師に成るための師匠は別に必要になる。
「うん、なんでも街の骨董品屋の主人が、ミドルクラスの付与魔術師だそうで、明日館に召し上げると、父上が仰せだったよ」
「骨董品屋ですか?」
「あっ、私行ったことがあります、父様に7歳の誕生日に、短剣を買って頂いたお店です」
エリーゼが腰に吊っていた短剣を鞘ごと抜いて見せる。
「劣化防止の付与が付いていて、放っておいても切れ味が落ちないのです」
そう言ってエリーゼが短剣を差し出した。
マリウスは差し出された短剣を手に取ってみる、おそらく鋼であろうその短剣は、7歳のマリウスにはずっしり重く感じた。
鞘も、握りも質素な造りであったが、実用的な美しさがあった。
マリウスは自分の手には少し大きい柄を握ると、そろりと剣を抜いた。
片刃の短剣の刀身は黒光りする鋼だった。刃の部分には美しい波紋があった。
「きれい」
隣で恐々覗いていたシャルロットが、波紋を見て呟く。
マリウスの目には、刀身に術式が浮かぶのが見えた、そっと刀身に触れると、術式鑑定が自然に発動するのが解る。
“劣化防止”、の術式を読み取り、“術式記憶”によって術式が自分の中に記憶された様だ。
「マリウス様?」
エリーゼに声を掛けられて、我に返ったマリウスは、短剣を鞘に納めると、エリーゼに返した。
「有難う。良い剣だね」
「ハイ、私のお気に入りの宝物です」
女の子が七歳の誕生日に短剣を強請るのもどうなの、と思いながら、エリーゼに尋ねた。
「骨董品屋の御主人って、どんな人だった?」
「優しそうな御老人でした。少し足が悪いようで、杖を突いておられました。父上と知り合いらしく、親しげに話をしていました、確かザトペックさんと云うお名前でした」
ホルスの知り合いなのか、クラウスはそんな話はしなかったが。
マリウスは益々ザトペックに興味が湧いてきた。
「マリウス様、今?」
それまで二人のやり取りを聞いていたノルンが、堪らずにマリウスに声を掛ける。
「ああ、魔法職にノルンには術式が見えるんだね。うん今“劣化防止”の術式が記憶されたみたい。」
「えっ、記憶ですか? それじゃ、マリウス様はもう付与魔術が使えるのですか」
「いや、多分まだ無理だと思う。というより、まだこれだけでは足りないと思う」
「足りない。ですか?」
エリーゼが、それは何、と云う様に問い返す。
「術式だけでは、効果が永久に続くとは思えない。何か他にも必要なものが有ると思う」
「必要な物ですか?」
ノルンが聞き返す
「うん。まあ明日ザトペック師が来れば解るさ」
マリウスザトペックに逢うのが楽しみになって来た。
何か楽しいことが始まる予感がしているのは、自分だろうか?
それともアイツだろうか?
〇 〇 〇 〇 〇 〇
「いやー、目出度い! これで御家は安泰、我らも安心してご奉公に励む事が出来るというものですな!」
騎士団長のジークフリートが赤い顔で、銀の盃を上げる。
ガラス製品は辺境伯家が名産だが、未だ高価でそれ程出回っていない。
一般には陶器や木製の食器が使われていた。
子爵家でも銀食器が主であった。
今夜は、マリウスの福音の儀を祝って宴が饗されている。
騎士団の兵舎にも葡萄酒の樽が運び込まれ、皆に振舞われている。
ジークフリートとノルン、ホルスとエリーゼも宴に呼ばれていた。
「全くだ! 若様の代でこのアースバルトの御家がいか程栄えるか、今から楽しみで御座いますな」
日頃は気難しい顔で、台帳を捲っている家宰のホルスも、今日は珍しく上機嫌で葡萄酒の盃を煽っている。
葡萄酒はこの アースバルト領産である。
山間の耕作地の少ないこの地で葡萄の栽培を始めたのは外ならぬこのホルスである。
レアの官吏のギフトを持つホルスは、火の車だったアースバルト家の財政を一手に立て直した能吏だった。
クラウスも上機嫌で杯を呷る。
「お前達にもまだまだ働いてもらわねばならぬ」
「御任せ下され御屋形様! 若の初陣の折にはこのジークフリート・シュトゥットガルト必ずや先陣を駆け抜けて見せまする」
ジークフリートの言葉にホルスが茶々を入れる。
「若が初陣に立たれる頃にはおぬしは50の爺ではないか。無理せず、クルトに譲った方が良いのではないか」
クルトは副団長である。
「何を申す、まだまだ若いものに遅れは取らぬわ!」
ジークフリートとホルスは30年クラウスに使えてきた竹馬の友であった。
マリウスはノルンとエリーゼに挟まれて離れた席で大人たちの話を聞いている。
シャルロットは眠そうにしていたのでメイドが寝所に連れて行った。
「初陣なんて、マリウスちゃんはまだ7才よ。それに付与魔術師なんだから、前線になんか行かないわよ」
マリアがジークフリートに抗議する。
「奥方様、お言葉ながらたとえ魔術師と言えど、クラスが高ければ幾らでも戦場で活躍しておりますぞ。かのシェリル・シュナイダー殿の様に」
「おお辺境の魔女殿か、いまだ健在とか」
クラウスが相槌を打つ。
「マリウスちゃんをあんな妖怪ババアと一緒にしないでよ!」
気が付くとマリアもだいぶ出来上がっている様だ。
段々呂律が回らなくなってきている。
「辺境伯家の長老を、妖怪呼ばわりとは、奥方様も命知らずで御座いますな」
ジークフリートの言葉にクラウスが言った。
「おお、去年領境に盗賊団が出た時、お前も兵を率いて出向いたのであったな」
「我らの出る幕等、御座りませんでしたな。あの魔女殿は盗賊共が逃げ込んだ山を、火魔法で消し飛ばしてしまわれましたわ」
ジークフリートは当時を思い出したのか、顔色が悪くなる。
「凄まじいな。もうとうに60過ぎた筈だがいまだ健在か」
クラウスも酔いが覚めた顔をしている。
「あんなババアより、マリウスちゃんの方がちゅおいわよ!」
うん、母上が限界のようだ。
侍女長のハンナの指揮でメイド達がマリアを担いで連れて行く。
離れた席で、果実水を飲んでいるノルン達もドン引きだった。
「ねえ、辺境の魔女ってそんなに凄いの?」
エリーゼがノルンに尋ねる。
「ユニークの火魔術師で若い頃は、王国魔術師団の師団長だったんだって。オリジナルの殲滅魔法が得意で、当時は爆炎の魔術師なんて呼ばれていたんだって。」
「それで今は辺境の魔女か。あんたも風魔術師の端くれでしょ、辺境のつむじ風とか何とか名乗ってみたら。」
エリーゼがノルンを揶揄う。
「なんだそれ、ダサいよ。エリーこそ、辺境の魔剣士とか名乗れば」
魔剣士というジョブは、ありそうでない。
戦闘職の剣士は理力を使ったアーツで戦い、魔術師は魔力で魔法を使う。
魔法を多少は使えても魔法で戦う剣士はいないし、いくら鍛えて剣を学んでも、 魔法使いは余程の事が無い限り剣を抜いて戦う事は無い。
カッコいいかも、と結構満更でもなさそうなエリーゼに向こうから声が飛ぶ。
「バカの事を言っとらんで、お前はもっと学問に身を入れんか! 剣ばかり振り回しおって」
「お前も最近、魔法の修行を怠っている様だなノルン。そんな事ではいつまでたってもアドバンスドに成れんぞ!」
ホルスとジークフリートの矛先が子供たちに向いて来た。
これは説教タイム突入か、という空気は突然入って来た若い騎士によって破られた。
「いかが致した。祝いの席であるぞ!」
ジークフリートが若い騎士を叱責する。
「申し訳ございません、至急お知らせした方が宜しいかと思いまして」
「構わん、申してみよ」
クラウスが騎士に促す。
「はっ! 実はベルハイム司祭が行方不明になっております!」
騎士の報告にクラウス、ジークフリート、ホルスが杯を手に持ったまま固まった。
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