1-5   エレーネ


 王都の下級法衣貴族の三女だったエレーネは、7歳の時福音の儀でギフトを受けると、そのまま攫われるように、王城の中に軟禁され、そこで認証官としての英才  教育を、文字道理叩きこまれた。


 若干12歳でユニーククラスを解放して、王室付の認証官と成った。

 それ以降20年近く、この国の最高機密に関わり続けてきた。

 

 帝国との講和条約から、王族のスキャンダルに至るまで、この国の重要機密の全てが、彼女によって担保されているとい言っても過言ではない。


 既に名誉子爵に陞爵を果たしている彼女は、本来、辺境の小領主の跡継ぎの、福音の儀等に関わる様な立場では無いのだが、国のトップである宰相直々の要請で、やむなくこの辺境の地にやってきたのだった。

 

 そこで彼女は、とんでもない奇跡に立ち会う事になった。

 ゴッズ。


 それは最早この世界には顕現される事の無い、神話であった。

 

 一部の学者達は、ゴッズのギフトを持つものを『歴史を創る者』と呼ぶ。

 ゴッズのギフトは、世界を変えてしまう程の力なのだと。

 

 おそらくアースバルト子爵は自分の忠告を無視して、息子のギフトを隠蔽し、自分の庇護下に置こうとするだろう。


 彼には理解出来ていない。


 こんな片田舎のちっぽけな子爵家が、ゴッズの力を隠蔽する事など、不可能なのだと云う事に。

 

 レジェンドのギフトを持つ、あの二人でさえ、誰もが無視できない様な眩い光を放っていた。


 いま現在この大陸に、たった二人だけ存在するレジェンド。

 

 彼女は認証官の仕事で、彼らと一度面識があった。


 それはライン=アルト王国とルフラン公国、神聖クレスト教皇国の間で秘密裏に交わされた、対エルベール皇国に対する共闘と支援に関する同盟締結の席上だった。

 

 宰相に連れられて、エレーネは認証官としてその会談に同席した。

自分もユニークのギフトを与えられた者として、彼らの実力を覗いてみたい等と考えながら、臨んだその席上で、彼女はただ彼らと自分との差を思い知らされただけであった。

 

 この世界は、彼らの為にある。

 そんな戯言を本気で信じてしまいそうになる自分に、嫌悪さえ覚えたものだった。

 

 エレーネはあの少年の姿を思い浮かべる。

 金色の髪と、灰色の瞳。少しオドオドしたそれでも瞳に強い力を感じる小柄な少年は、とても上品な所作でエレーネに挨拶をした。


 その姿は、彼女にはとても好ましく思えた。

 或いは自分にギフトなど与えられず、貧乏な下級貴族の娘として、人生を送ることができていれば、自分にもこの位の子供がいたのかもしれない。

 

 そんな下らないことを考えながら、何故かこの少年に、不思議な不安定さとでもいったものを感じていた。


 どう言えば良いのだろうか。

 彼の表情が瞬きするほどの短い間に。次々と変わっていくような、一瞬目を離した隙に別の少年と入れ替わっているような、そんな不思議な感覚だった。


 彼女は子爵家の嫡男に、危うく人物鑑定のスキルを使いかけて、馬鹿なことをと思い止まった。


 高クラスの認証官であるエレーネは、“人物鑑定”が使える。

 正に仕事に必要なスキルである。


 そして福音の儀。

 女神のギフトは一種の付与魔術である。


 聖書はいわば魔力を貯めた魔石であり、聖職者はこの魔力を媒介にして、彼等だけが持つスキルの力で僅かな時間、自分の体を通して、神の世界に回廊を繋ぐ。


 しかしエレーネの優れた魔力感知の能力は、あの儀式の異常をすべて感じ取っていた。

 

 確かに司祭を通して、女神の福音とも言える魔力の流れが、マリウス少年に向かっていくのが見えた。


 しかしその魔力の流れは、マリウスを素通りして、全て後ろの女神像に吸い込まれていった。

 

 そして女神像から巨大な魔力の奔流が、マリウスへと流れ込むのが解った。

 その魔力の奔流は、エレーネのような魔力を感じ取れる人間には、目を開けていられない程の光の奔流であった。

 

 そして彼女は確かに見た。

 確かにあの瞬間女神像の目が見開かれていた・


 彼女は生まれて初めて、神への畏れとも云うべきものを感じ、戦慄した。

 そして確信した、この少年は女神に選ばれたのだと。


「おめでとう御座います。マリウス様」


「あっ、有難う御座います」


 そう言ってはにかむマリウスは普通の子供にしか見えなかった。


 だが、人物鑑定のスキルを持つエレーネは、司祭がギフト鑑定を行ったとき、外の者には見えないステータスが視えていた。

 

 彼のステイタスウインドウには彼と、もう一人別の人間の名前が表示されていた。


 それは、嘗て王都の歴史学者に聞かされた、もう一人のゴッズの話。

 3000年前、この大陸の南に有ったとされる大陸を一夜にして沈めた、『破壊王スサノヲ』とおなじ特徴であった。


「今夜はハイドフェルド子爵の領都で泊ることになりますが、あそこに旨いレッドボアの肉を出す店を知っております。宜しければ夕飯をご馳走させていただきますが」


 向かいの席に座るミューラー司祭が、脂ぎった笑顔で、話しかけてくる。


 エレーネは努めて無表情を保ちながら言った。

「いえ、お誘いは有り難いですがのですが、今日は少々疲れてしまった様で、宿に着いたら早めに休ませて頂きます」

「おおっ、無理もございません。まさかこの様な田舎の福音の儀で、まさかあのようなギフトが……」


「司祭様! 声が大きいです口を閉じられてください」


「これは失礼をいたしました」


 司祭はバツが悪そうに口を閉じるが、暫くするとまたアレは自分の力に違いない、自分には女神の加護がある等と戯言を並べだした。


 エレーネは適当に相槌を打ちながら、司祭の話を聞き流していた。

 この男は必ず自分を売るだろう。


 エレーネは直観的にそう思った。

 ギフトの話は誓約で、漏らすことは出来ないが、金を積まれれば必ず認証官が誰なのか位漏らすに違いない。

 

 エレーネは近い将来、自分に危機が迫ることを確信していた。


(ああするしか仕方なかったが、教会司祭が消えたとなれば、必ずクレスト教会の ガーディアンズが動くだろう)

 

 ガーディアンズは教会の暗部で、世界中に根を張っている。

 結局時間稼ぎにしかならないが、あの少年にとってそれが最も重要だとエレーネは思った。


(王都に帰ったら、何処か暫く身を隠すか。宰相は多分嫌な顔をするだろうが、私が死ねば一番困るのは彼だ)

 

 エレーネは何故自分がこの様な状況に、嵌まり込んでしまったのかと、暗澹たる思いで考える。


 そう、全てはあの少年、マリウス・アースバルトに出逢ってしまった事が原因である。

 

 いっその事、あの少年を頼むか?

 エレーネは少し自棄になりながら、そんな事を考えたが、案外悪く無い手かもしれないと思った。

 

 恐らく、2、3年もすればもう彼の力は隠し通すことが出来ない程、顕現しているであろう。


 それまで逃げきれれば、自分の勝ちだ。


 高いギフトを与えられた者の元に人が集まるのは、歴史が何度も証明している。

 ユニークの認証官である彼女は、それなりに戦えるスキルを、幾つも所持していた。


 必ず生き残ってみせる。

 いつの間にかエレーネの口元は、笑っていた。


 結局彼女は、マリウスのギフトが、解放されるのを見たいだけなのだ。

 しかしそれにしても、あのステータスをは一体何だったのだろう?


 マリウス・アースバルト

 ソウジロウ・ムラカミ

 人族 7歳    Lv.:1

      経験値:70

 人族 ?    Lv.:?

       経験値:?


 ギフト 付与魔術師 ゴッズ

 ギフト エンジニア  〃 


 

 聞いたことのないギフトだ。


『エンジニア』 


 おそらく希少ギフトなのであろう、そして、〃って何だろう。


 自分の知らないルーン文字なのか?


 向かいで延々と喋り続ける司祭の声を無視しながら、エレーネは自分の考えの中へと沈んで行った。




 子爵家の館は、市街地を見下ろせる小高い丘の上にあった。

 馬車が門の前に到着すると、門衛の二人の騎士が剣を胸の前に掲げて、敬礼で迎える。


 馬車は止まることなく開かれた門を通りすぎると、館に向かって、石畳の緩い上り坂を登っていく。

 

 坂道に沿って小川が流れていた。


 湧き水の湧く小山をアースバルト家初代が気に入り、この子山を全て館の敷地にしたそうだ。


 湧き水の湧く辺りには淵があり、そこで汲んだ水でお茶を入れると美味しいので、毎朝下男達が水を汲みに行っていた。

 

 坂道の中腹あたりに、レンガ造りの2階建ての大きな建物が三棟並んで建っている。


 騎士団の兵舎である。

 兵舎の脇の広場で、兵士が訓練を行っているのが見える。

 

 副団長で、虎獣人のクルトの大きな体が、一際目立っていた。

 どうやら部下達に、剣の稽古を付けている様だ。


 二合、三合相手の剣を受け流した後、木剣を弾き飛ばすのが見えた。

 さすがは、騎士団長のジークフリートとタメを張るだけの事は有る。

 

 クルトたちの姿が段々小さくなるのに従って、やっと正面に館が見えてきた。


 館の前で馬車が停まると、御者が外から扉を開ける。

 父と母が連れ立って降りると、マリウスは後に続いた。

 

 館の前に整列した人々の中から、白髪をオールバックにびっしりと固めた、酷く痩せた背の高い老人が、一歩前に出る。


 我が子爵家の執事ゲオルクが、恭しく頭を下げる。

「お帰りなさいませ、旦那様、奥様、マリウス様」


 後ろに整列しているメイドや下男達も、一斉に声を上げる。

「お帰りなさいませ、旦那様、奥様、マリウス様!」

 

 子爵家はどちらかと言えば緩い気風で、いちいち帰るたびに、使用人が全員で出迎える事などあまり無い。


 皆、余程マリウスのギフトが、気になっているのであろう。

 

 この家が、この先も栄えるのか、滅びるのか、マリウスのギフトで決まるとなれば、これも無理もないことだった。


「うむ、皆大義である。マリウスは女神様より良きギフトを授かった。今宵は宴といたす。お前たちにも酒を振舞うぞ!」


 クラウスの言葉に、使用人たちがわっ、と歓声を上げる。

 

 クラウスは上機嫌な様子で、家の中に入って行く。マリアとマリウスはゲオルクと共に後に続く。


 ゲオルクも使用人たちも、次々とマリウスに、

「マリウス様、おめでとう御座います!」

 と、声を掛けて来る。

 

 マリウスは一人一人に、

「有難う」

 と答えた。


 横にマリアがニコニコしながらマリウスを見守っていた。

 

 もちろんどの様なギフトで?等と聞いて来る者は居ないが、後ろのメイドたちも皆、好奇心満々といった顔で付いて来ていた。


 すると前を行くクラウスが、不意に立ち止まって振り返ると、ゲオルクに向かって言った。


「マリウスのギフトは、レアの付与魔術師であった。これで我が家は益々栄えるであろう」

 

 あえて後ろの皆にも、聞こえるように声を上げた。

 ゲオルクは少し驚いた様だったが、姿勢を正すと、


「それは重畳。旦那様、マリウス様、誠におめでとう御座います」

 と一礼した。


 後ろでメイド達も、拳を握りしめてガッツポーズをしている。


 クラウスは、ゲオルクにホルスとジークフリートを呼ぶ様に命じると、一人執務室に向かった。


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