1-4   クラウスとマリア


「御三人でどの様なお話をされていたのですか?」

 帰りの馬車に揺られながら、マリアがクラウスに話を向けた。

 

 馬車が進むたび車軸のギイギイと擦れる音がする。

 来るときは緊張して気が付かなかったが、古い馬車はあまり乗り心地の良い物では無かった。

 

 木の硬い椅子に薄いクッションが乗せてあるだけで、道が悪いと振動が絶えず伝わって来る。

 館から教会まで40分位の時間だが、それでもお尻が痛くなってきた。

 

「うむ、ジョブチェンジの話は必要ないという話をしていた」

 クラウスは妻に何処まで、話すべきか言葉を選びながら、話を続ける。


「臨んだギフトではなかったが、ギフトの大きさを考えると、新たなギフトを得る必要は無いというのが、皆の結論であった」

 

「その割には、随分と長くお話していたようですが」

 マリウスは、そっと母の横顔を盗み見る。


 無論マリウスのギフトについては、既に父クラウスから伝えられている。

 

 母のマリアは、くだけた性格で、若いころは腕試しに、冒険者の真似事をしたこともあったそうだ。


 それでも、王都の名門伯爵家の令嬢として育てられ、素はとても慎ましやかな女性であった。

 

 父に対して、差し出がましい口を利くような女性では無いのだが、やはり子供のことになると人柄が変わる様だ。


 蕩ける様な笑顔の下で、決していい加減な返答は赦さないとでも云うように、目が全く笑っていなかった。

 

 クラウスにもそれは伝わっているようで、仕方がないと云う様に、御者に聞こえぬよう小声で話し始めた。


「今この大陸で、最大のギフトを持つものは、西方のルフラン公国公王シャルル・ド・ルフランと神聖クレスト教国教皇ギュンター・ロレーヌの二人。ともにレジェンドのギフトだ」

 

 此処まで良いかと云う様に、クラウスは二人を見回すと、話を続けた。


「シャルル・ド・ルフランは西の大国エルベール皇国の、男爵家の次男であったが、レジェンドの火魔術師のギフトを得て軍の士官となり、数々の武功を上げて将軍に迄登り詰めた男だ。しかし20年前、突如帝国に反旗を翻し、国土の三分の一を奪って、公国を興した一代の風雲児だ」

 

 シャルル・ド・ルフランの名はマリウスでも知っている。


 『興国の聖女』エルシャ・パラディを助けて、エルベール皇国に滅ぼされたパラディ朝アクアリナ王国を復興した物語は、魔獣フェンリルと戦ったマティアス・シュナイダーの英雄譚と並んで、この大陸で一番有名なサーガだ。


「そして教皇ギュンター・ロレーヌはこちらもまた、クレスト教会の権勢を史上最強にまで押し上げた、大陸一の梟雄だ」


 梟雄って、父上は絶対教皇の事嫌っているなと思いながら、マリウスは黙ってクラウスの話を聞いていた。

 

「王国の西側諸国は、今この二人によって戦禍と混乱の中に在る。高いギフトの持ち主は、国家にとって、と云うか世界にとって大きな戦力にもなれば、国家を繁栄に導く事もできる大きな力にもなる反面、巨大な脅威にもなりうるという事だ」

 

 クラウスは一旦言葉を切って二人を見た。

「そして何の因果かマリウスはこの大陸最大のギフトを得てしまった。いやそれは女神の思し召し故、感謝するしかないが。当然他に漏れれば取り込もうとする者や、排除しようと考えるものも出て来るであろう」

 

「そっ、そんな……マリウスちゃんはどうなるの?」

 マリアは事が、自分が考えていたより、はるかに大事だと知って青ざめた。

 

「司祭は教会の援助を受けるべきだと言っている。教皇は必ずマリウスに関心を示すだろうと。私もそう思うが、きっぱり断った。今の情勢で王国の貴族であり、グランベール公爵家の寄子である、我がアースバルト子爵家がクレスト教会と親密になる事等出来ない」

 

 西側諸国を席捲する神聖クレスト教皇国と、ライン=アルト王国との間には、此の数年絶えず緊張感が存在する。


 国内でも、親クレスト教会派と反クレスト教会波の二つの勢力に分かれて睨み合っているらしい。


 親クレスト教会派の盟主が西の公爵家、反クレスト教会派の盟主が東の公爵家ことグランベール公爵家であった。

 

 初代国王の血縁である西の公爵家は、教皇国と公国の後押しを受けて王都の貴族を牛耳り、外務卿として国政にもしばしば影響を及ぼしていると、家宰のホルスに聞いた事が有る。


 年々ポーションの値段を吊り上げている薬師ギルドの強気な姿勢は、西の公爵家の後押しがあると言っていた。

 

「そして認証官殿は、マリウスを王家で保護して頂くべきだと言ってきた」


「王家に、ですか?」


 マリウスは思わず父に問い返した

「ああ。マリウスのギフトが世に知られたとき、必ずマリウスを巡って、国家規模の争いが起きる。その時こんな辺境の地では、とてもマリウスを守ることは出来ないと、認証官殿は心配している様だ」

 

 何かを言いたそうにしていたのは、これか、とマリウスはエレーネの姿を思い浮かべながら、父の話を考えていた。


 王家に保護される。


 こんな辺境の、小さな町を統べる子爵家に生まれたマリウスにとって、王家など全く現実味の無い、雲の上の存在に思えたが、それは確かに、安心な様に思えるが……

 

『やめろ! まだ早い。とりあえずレベル上げが先だ! 今王都に行っても無双できんわ。やばい奴らに捕まって、一生そいつ等のために働かされるか、殺されるのがおちだ』

 

 アイツの声を聴きながら、マリウスは父に向き直ると、真っ直ぐ目を見つめて問いかけえた。


「それで、父上のお考えは?」

 

 今まで見た事のない、幼い息子の強い眼差しに、クラウスは圧を感じて、少したじろぐものがあったが、それでも目を反らさずに話を続けた。


「お前はアースバルト子爵家の嫡男である。何処にも渡す気はない」

 クラウスは、そう宣言するとマリアに向き直った。

 

「これよりマリウスのギフトについては、アースバルト子爵家最大の機密事項とする。少なくともマリウスが成人するまで、親しい友人は勿論、家臣たちにも決して明かしてはならん。二人とも心するように。ああ、ホルスとジークフリートにだけは話さないわけにはいかんか」

 

 ホルスは我が子爵家の家宰で、このエールハウゼンの行政と予算を一手に握っている。


 ジークフリートは、子爵家騎士団の団長で子爵家の武の象徴である。

ぶっちゃけ、この二人が居なければ、クラウスは何も出来ないと言っても過言ではない。

 マリアもマリウスも、云々と頷いた。

 

「認証官様か、司祭様から秘密が漏れることはありませんか?」

 マリウスは取り敢えず、この家を出されることが無さそうなのに安堵しながら、

クラウスに尋ねた。 


「少なくとも、この誓約が有効である限りあの二人が、秘密を漏らすことは無い筈だ」

 そう言ってクラウスは、誓約書のしまってある自分の懐を、右手で押さえた。

 

「大丈夫、マリウスちゃんの事は私が守ってあげるわよ! こう見えて私、結構強いのよ」


 そう言ってマリアは、自分の大きな胸を叩いた。

 クラウスはそんな妻に苦笑しながら、マリウスに話を続けた。

 

「付与魔術師である事を隠すのは、難しいだろうが、そうだな、マリウスのギフトは、レアの付与魔術師だったという噂を、それとなく領内に流そう」


 レアでも充分高いが、命を狙われるほどではないだろう、そこまで考えてマリウスは自分が付与魔術について何も知らない事に、今更気が付いた。

 

「父上、自分のために過分なご配慮、ありがとう御座います。それと一つお願いが有るのですが」


 またマリウスちゃんが、大人みたいな話し方をして、と物々文句を言っているマリアを、二人は無視して話を続ける。


「なんだ?」

「付与魔術師の師匠を探して頂きたいのです」

 

 外の属性の魔術師なら結構、館にもいる。


 現に無視されてぷんすか膨れているマリアはこれでも、レアの土魔術師であり、若いころは冒険者をしていた事も有ったそうだ。

 

 騎士団長ジークフリートの息子で、自分の付き人である、ノルンもレアの風魔術師のギフト持ちである。

 もっともノルンは未だミドルまでしか解放出来ていないが。

 

 外の属性の魔術師も、騎士団に何人かいた筈だが、付与魔法術師だけは、一度も逢った事がない。

 

「うーん、付与魔術師か。確か一人だけ、知った男がいる。街で骨董品屋を開いている爺さんが、付与魔術師だと聞いたことがある」


「骨董品屋ですか?」

 意外な職業の名を聞いて、少し驚いてしまった。

 

 付与魔術師の骨董品屋。

 なんか胡散臭い、と云うか、国の脅威とまで言われた自分が、骨董品屋の爺さんの弟子になるのか。

 

「ああ、珍しいギフトなので覚えていた。確かミドルの付与魔術師、名はザトペックだ。いや気に入らなければ、公爵領にでも人をやって、直ぐそれなりの人物を探してくるが……」


「いえ、其の方で結構です。宜しくお願い致します」

 それも面白い、と思ったのは絶対自分ではなく、アイツだとマリウスは思った。


 


 皆が帰った後、一人取り残された、この街の教会司祭オットー・ベルハイムは、聖堂の椅子に腰かけて、爪を噛みながら頭を巡らせていた。 

 

 とんでもない秘密を聞いてしまった。

 この情報を、最も高く買い取ってくれるのは、誰であろうか?


 この地に、ゴッズのギフトを受けた少年がいる。

 きっとこの情報を、大金を積んででも欲しがるものが大勢いるに違いない。

クランベール公爵?辺境伯?いや王家か。

 

「あの司祭様」


 王家になんとか繋ぎを付けられないか、等と考えていたオットーは、後ろから声を掛けられて、驚いて弾かれた様に立ち上がって、声の方に振り返った。


 其処に立っていたのは、王都からやって来た認証官、エレーネ・ベーリンガーであった。

 

「こっ、これは認証官様、いかがなされまし……」

 た、と口を開いたまま、オットーの首がごとりと床に転がった。


 首の無くなった胴体が、血を噴き上げながら倒れる。

 エレーネは布で長剣を拭うと、布と抜身の長剣をそのまま左手に持った鞄の中に入れた。

 

 どう見ても長剣が入るとは思えない小さな鞄の中に長剣がすっぽりと入ってしまうと、次にエレーネは、バックを開いてオットーの死体に向けた。


 次の瞬間、オットーの首も胴体も、周りに飛び散っていた血痕さえ、全て消え去っていた。


 エレーネは鞄を閉じて右手に持ち帰ると、何事もなかったかのように教会を出て行った。




「お待たせしました、行ってください」


 エレーネは馬車の座席に座ると、手提げ鞄を膝の上に置き、向かいの席に座るアーゼル・ミューラー司祭にそう告げた。


 突然、教会に忘れ物をしたと言って、馬車を引き帰えさせたエレーネは、一人で大丈夫と言って教会に入って行くと、5分ほどで戻って来た。

 

 忘れ物はございましたかと、問いかける司祭に、問題ないと答え、最高認証官エレーネ・ベーリンガーは、動き出した馬車のシートに背中を凭れかける。

 

 全く余計な仕事をさせる、先程の出来事を思い出しながら、ため息をついた。

あんな脇の甘いことで、この先あの少年の秘密を隠して行けるのだろうか。


 彼女はユニークのギフトを持つ、この国最高の認証官であった。

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