1-2   福音の儀


 この世界の全ての子供たちは、7歳になると教会で福音を受ける。

 女神クレストから、ギフトが与えられるのだ。

 

 ギフトとはジョブとクラスである。

 些かにゲーム的であるが、要は適正と才能である。

 7歳で適正と才能が決まると云うのは、夢のない話ではあるが、無駄がないとも言える。

 

『日本で言えば小1か』

 

 別に総ての人が、与えられたギフトの仕事に就くわけではないし、大半の人間は取るに足りない才能しか与えられず、その後の人生は自分の努力で切り開く事になる。


 まあ、外れくじ無しの福引のようなもので、殆どの人がポケットテッシュを貰って帰っていく。

 

 馬車が教会に到着する。


 適正職業とその才能。

 今後の人生を決定する儀式の場に臨むマリウスは、両親に連れられて、緊張しながら歩をすすめた。

 

 父クラウスが教会の扉を開けて、中に入る。母マリアと並んで、マリウスは父の後に続く。扉の中には信者のための聖堂があった。

 

 長椅子が3列に並べられた先、正面中央に祭壇があり、その後ろに、福音の女神クレストが大聖女ウルスナ・ロレーヌに、福音の聖杯を授ける光景が描かれている。

 物心ついたころから何度も聞かされた、御伽噺の情景である。


 祭壇の前に3人の男女が立っていた。

 クラウス達一行に気づくと、真ん中の太った大柄の男が前に進み出た。


「これは御領主さま、ようこそ御出で下さりました」

 白を基調に、ゴテゴテした金の装飾を施した僧衣に身を包んだ司祭が、満面の笑みをたたえて一行を迎えた。

 

 常にこの教会にいる司祭とは違う、明らかに高位な司祭は、今日のためにクラウスが王都より呼び寄せた王都の一等司祭であった。

 この教会の司祭は、彼の後ろに従者の様に控えている。

 

 そして、その隣にもう一人黒い法衣を着た、三十歳位のスレンダーな女性が立っていた。


 背中まである黒髪を一つに束ねたその姿は、地味だがしかし、何か凛とした空気を纏っていた。


 手には黒い鞄を下げている。

 30センチ角位の薄い手提げ鞄だった


「遠路はるばる、我が息子のためにこのような辺境の地にお越しくださり、忝い」

 クラウスは司祭と挨拶を交わすと、後ろに控えている黒衣の女性の方に目を向け、


「認証官殿にもわざわざお越しいただき、誠に痛み入る」

 そう言って軽く会釈するクラウスに、認証官と呼ばれた女性は、無言で頷いた。

 

 認証官とは、激レアなジョブである。

 現在この国には4人しかいないとされ、王家直属の官吏であり、その職務は契約の厳守を強力な魔法で拘束することである。


 認証官の立ち合いで交わされた誓約は、決して破ることはできないと言われている。

 

 契約を履行しなかったり違反した場合、違反者に絶対的な制裁が加えられることになるそうだが、それが具体的にどの様なものかは定かではない。


 曰く、全身から血を流して死ぬ。

 曰く、天から雷が落ちて黒焦げになって死ぬ。


 いろいろな噂があるが、実際に見たものは誰もいない。

 

 ただ。認証官を呼ぶ為には、かなりの高額な報酬を準備する必要があるのは間違いない。


 マリウスは父が、自分の福音の儀式のために、随分と無理をしていることを知った。

 それだけ嫡男のギフトは子爵家にとって重要な問題であると云うことであった。

 マリウスは父に呼ばれて、二人の前に出る。

 

「マリウス・アースバルトと申します。本日は私の為に王都よりわざわざご足労頂き感謝いたします。司祭様、認証官様、何卒御指導の程、よろしくお願い致します」 


 マリウスは形通りの挨拶を述べながら、ふと、視線を感じ認証官の方を見る。

 彼女はマリウスと目が合うと、視線を外して下を見た。

 

 この教会の司祭とマリアを聖堂に残し、マリウス達は王都から来た司祭に案内されて、祭壇の脇にある扉を開けて中に入ると、廊下を通り奥の部屋に通された。

 

 そこは聖堂よりは少し狭いが、田舎町の教会にしては、随分と豪奢な部屋だった。


 正面に華美な祭壇が置かれ、その後ろにクレスト教の主神、女神クレストの石像がマリウス達を見下ろしていた。

 いや、正確には女神の像は眼を閉じていた。

 

 まず認証官と司祭、クラウスが祭壇の前に進み出る。

 マリウスは一人残され、3人の背中を眺めていた。

 左から認証官、クラウス、司祭の順に祭壇の前に並んだ。


 認証官は祭壇の上に鞄を置いて口を開くと、中に手を突っ込んで、書類を1枚取り出して祭壇の上に広げた、

 

 鞄を閉じて祭壇の下に置く。

 後ろで見ていたマリウスは、認証官が鞄を開いた時、鞄の中を少し見ることが出来た。

 ちょうどマリウスの目の高さだった為、中身がよく見えた。

 

 鞄の中は真っ黒な空間が広がっていた。

 

『王道! マジックバックきたぁ!』


 あれがマジックバック、稀にダンジョンから発見されるそれは、国宝級のアーティファクトである。


 父上が、公爵閣下が所持している物を、見せて頂いた事があると言っていた。

 マリウスは、進行している儀式に意識を戻す。

 

 一連の儀式の流れを、事前に教えられていたマリウスは、広げられた書面が、誓約書であることを知っている。

 

 認証官は誓約書に右手を置き、


「◆◆◆◆◆◆◆」


 何やら呪文らしきものを唱える。

 すると書面がぼんやりと白い光に包まれた。

 

 認証官が右隣に立つ司祭に顔を向ける。

 司祭が慣れた仕草で、自分の左手を誓約書の上に置いた。


 最後にクラウスが真ん中に手を置くのを見て、まず認証官が誓約を述べる、


「我、ライン=アルト王国王室付最高認証官エレーネ・フォン・ベーリンガーは、これより執り行う福音の儀の関する一切を、決して誰にも口外せぬ事をクラウス・フォン・アースバルトに誓約する」

 

 認証官に続いて司祭も唱和する。

「我、クレスト教会ロッテンハイム本部一等司祭アーゼル・ミューラーはこれより執り行う福音の儀の仔細を、決して誰にも口外せぬ事をクラウス・フォン・アースバルトに誓約する」

 

 最後にクラウスが唱える。

「我クㇻウス・フォン・アースバルトは二人の誓約を受諾する」


 クラウスの宣誓が終わると、誓約書を包んでいた光が、3人の体を包み込みこみ、ひときわ強く輝きをまし、そしてスイッチを切ったようにすっと消えた。

 

 むろん一般の農民、商人、兵士の子供達の福音の儀式は、このような誓約は行われない。


 聖堂で、多くの物が見守る中で執り行われるのが普通である、

 誰がどのようなギフトを授かったか、といった話題は、民衆にとって1番の関心事である。

 

 しかし、貴族の子供のギフトは衆目にさらして良いものでは無い。

 公衆の面前で、お粗末なギフトを授かったりした日には、大惨事である。


 殆どの貴族の家では、福音の儀は密やかに行われ、余程に素晴らしいギフトでもない限り、家族、縁者以外には決して口外される事はない。

 そのためしばしばこの様な密儀が行われる事となる。

 

 そして、多くの貴族が求めているのは、強力な戦闘職や魔法職のギフトである。

 それらのギフトを高いクラスで得ることができれば、家名を上げることも夢でなくなるのである。

 

 貴族の子弟にとっての福音の儀は、自分や家だけでなく家臣や、時にその領民たちの運命すら変えてしまいかねない一大イベントであり、それは、アースバルト家のような小領主にとっても例外ではない。

 

 制約の契約が完了すると、認証官が誓約書を畳んで、マジックバックの中から取り出した封筒に入れる。


 封を指でなぞると、魔法で封が施された。

 認証官がそれをクラウスに差し出す。


 クラウスは其の封を一瞥すると、無言で封筒を懐に仕舞い、認証官と共に祭壇を降りてくる。

 

 クラウスが、マリウスの方に目を向けて大きく頷いた。

 唾を飲み込む音が、自分でも驚くほど大きく鳴った。

 一生に一度の福音の儀が遂に始まる。

 

 マリウスは父に頷き返すと、祭壇に向き直り、少しぎこちない足取りで歩きだした。


 勿論右手と右足を同時に出すようなお約束はしない。

 司祭の右隣、認証官の立っていた位置に立つと、司祭の方を向いた。その時、祭壇の後ろの女神クレストの石像が目に入る。


『?』

 

 もう一人の自分が女神の顔に、何か疑問を感じているようだった。

 どうやら何処かで見た事があると云う事の様だが、今はその感覚を無視して、司祭に向き直ると、片膝を付いて頭を垂れた。


 司祭は右手に持っていた聖書を胸に懐抱くように持つと、左手をマリウスの頭の上に乗せた。

 

 魔法は口に出して詠唱しなくても、頭に術式を思い浮かべるだけで発動するそうだが、こう言った儀式の場では口に出して詠唱して見せるのが慣例であった。


「◆◆◆◆◆◆◆」


 司祭が呪文を唱えると、二人の体を青い光が包む。

 

「ひっ!」

 認証官が小さな悲鳴を上げた。


 クラウスが彼女に視線を向けるが、彼女は眼を閉じて祭壇から顔を背けていた。

 クラウスは訝しげに彼女を見つめたが、再び祭壇の二人に視線を戻した。

 

 壇上の二人は、まったく気が付かないかの様に儀式を続けていた。

 マリウスは、オッサンの手が頭に乗っている不快さを表情には出さず、青い光と共に、何か膨大な情報とも云えるものが、自分の頭の中に流れ込んでくるのを感じた。

 

 やがて光が消え、司祭が手を離した。

 頭を上げたマリウスは司祭の視線が自分ではなく、祭壇の方を向いているのに気が付いて、視線を向けた。

 

 祭壇の奥の女神像と目が合った。

 

 一瞬そう感じて女神像を凝視したが、女神像の目は閉じられていた。

 そんなマリウスに気を留める事もなく、司祭はマリウスの頭上に手をかざすと、


 「ギフト鑑定」

 と、呪文を唱えた。


 先程まで、呪文の意味が全く解らなかったのに、ギフトを得た今、自分がはっきりその意味を、理解出来ていることをマリウスは知った。

 マリウスと司祭の間に、文字が浮かび上がる。

 

『あっ! 知ってる、ステータス・ウインドウ!』


 もう一人の自分が、興奮して騒ぐのを無視して、マリウスは食い入るように見つめた。

 司祭がステータス・ウインドウを、声を出して読み上げる。

 

 マリウス・アースバルト


 人族 7歳   LV. :1

       経験値:70          

 

 ギフト 付与魔術師 ゴッズ


 クラス なし     

          Lv. :0

        経験値:0                         

 

スキル 術式鑑定 術式付与

                 

「ゴ、ゴッズだと! しかし何故付与魔術師?」

 クラウスが当惑しながら呟く。


「しかし ゴッズクラスのギフトですよ! 歴史上たった3人しか現れなかった最大のギフト……でもあれは?」

 

 認証官の声が震えている。

 彼女は初めて、感情を露にして興奮した声を上げたが、そんな認証官にあるまじき自分の姿を恥じる様に、慌てて口を閉じると下を向いた。


 振り返って彼女を見ていたクラウスは、再び壇上に目を落とす。


(支援職の付与魔術師とは。だが付与魔術師は生産職でもあったな。何れにしても  ゴッズのギフトを授かった以上、外のギフト等必要ないか)

 クラウスは、これはアースバルト家にとって、何よりの福音であると思う事にした。


 王都の司祭はがっかりするだろうが、まあ祝儀だと思って少し握らせておけば良いか。    


 今宵は予定道理、祝いの宴だ。

 ジーク達も呼んでやろう。

 

 考えに耽るクラウスの横で、エレーネも自分が見た物の事を考えている。

 ユニークの認証官という珍しいギフトを与えられたエレーネは、女神の福音について長年個人的に資料を集めて、研究していた。

 

 研究者と言われる人たちとも、逢って話を聞いたりしていた。

 そして、知れば知るほどギフトの矛盾を感じずにはいられなかった。


 そこには何の公正さも無ければ、何の必然もない。

 女神の福音ではなく、女神の気まぐれと云う方が正しいと彼女は思っていた。


 歴史は度々現れるレジェンド達に蹂躙され、不規則に流れを変えていく。

 

 そしてゴッズ。

 無制限に神の力を行使するもの。


『歴史を創る者』、と言われる超越者。

 

 そして、嘗て王都の研究者に聞かされた、忘れられた最初のゴッズ。

 今エレーネが視たマリウスのステータス・ウインドウは、話に聞いたそれと全く同じ特徴を持っていた。

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