第47話「みらいはぼくらのてのなか」


 おっさんの店で晩餐を食した翌日の朝。

 不安に満ちているであろう常陸島を眩しい太陽が照らしている……が、物理的に照らしているだけ。別に島民の心は晴れてない。

 吸血鬼みたいにこの太陽で蛇人間全員焼き焦げれば良いのに。

 そう思っても焼き焦げるのは煙草の先端だけ。無駄に眩しいだけの太陽に向けて煙を吐き出す。

 

 「似合ってるわねぇ?」


 白い煙の奥から声を掛けてきたのは巫女服に身を包んだ衣笠。

 

 「煙草、似合うだろ?」

 「それはもう見慣れたわぁ。衣服のことを言っているのだけれどぉ?」

 「分かってら。まさかこんな物を準備してるとは思わなかったよ」


 アタシが袖を通しているのは和柄が特徴的なゆったりとした黒い外套。

 和服ほどではないけど袖が広く、良い感じ。裾も大分長く、膝下まで来ているのに違和感はない。寧ろ着心地は最高でしっくりくる。

 勿論、下は長ズボン。スカートは嫌いだ。

 

 「戦闘服なんて何時の間に準備してたんだか」


 見かけは普通の服。だけど、防刃防弾仕様で魔法のような不思議な力にも耐性がある作りになっているらしい。発明したのはユーナたちが居る特殊部隊の隊長で、爺さんや衣笠たちが着ているのも同じ作りの代物。

 アタシが常陸島で暮らすと聞いて直ぐに仕立てたって言ってたな。

 

 「それにしてもほぼ真っ黒とは……軍服みたいだな」

 「銀髪がよぉく似合ってて良いと思うわぁ。格好良いわよぉ?」

 「なら良かった。ところで、夜は大丈夫だったのか?」

 「えぇ、いつも通りねぇ。ただ、陽が昇ってからは勢いが増しているとの報告があるわぁ。現状は鹿島神社とRougeからの助っ人でどうにかなってるみたぁい」

 「勢いが増してる、か」

 「多分、ギンちゃんの予想通りなんじゃなぁい?」

 「今日が決戦の日になるか」


 煙草を押し潰し、衣笠の顔を見る。

 眠そうな目付きに間伸びした喋り方に危機感は全く見られない。これから一度はボロ負けした夜刀神と戦うのに。

 見えるのは期待と熱意。

 これからまた夜刀神と戦えるのか、とワクワクしている。その上、リベンジまで願っているようだ。頼もしい。


 「心優」

 「爺さん、今まで従ってきた神様に歯向かう覚悟は?」

 「もうとっくに出来ておる。それと、これを」

 「なんでギターピック?」


 爺さんに渡されたのはティアドロップ型の白いギターピック。

 

 「さあ……? 恵理子様が現れて、心優に渡して欲しいとしか」

 「ちゃんと説明しろやご先祖様」


 あの能天気女め……今の状況じゃ渡すのが精一杯なのは分からなくもない。

 けど! 力の分譲に関しては説明出来る余裕あっただろ!

 

 「とにかく、アタシたちも持ち場につくとするか」

 

 爺さんは車、アタシがおっさんから貰ったバイクに跨り、後ろに衣笠を乗せる。

 帷神社を出て、到着したのは母校——青木学園。

 バイクが二台停まっているのを見るに、月乃と会長はもう来ているみたいだ。

 

 「あらぁ? 随分な歓迎ねぇ?」

 「気にしても仕方ねぇ。行くぞ」


 あちこちからあたしたち三人に突き刺さる視線は鋭い。

 それらの視線は全て学校に避難している生徒や教師たちのものだ。

 本土からユーナたちのような助っ人が来ているのにも関わらず、青木学園に来たのは同級生やそれより幼い衣笠。まともな専門家は爺さんくらいだ。

 衣笠も専門家であるが、見た目で全てを判断する馬鹿には頼りなく見えるらしい。

 そんな冷たい視線のトンネルを抜け、屋上へ。

 屋上には既に月乃、会長、綾人、會澤が揃っていた。

 四人は戦闘服がないのでユーナたちとお揃いの『Rouge』の制服を借りている。


 「良し、準備は大丈夫そうだな」

 「うん。ところでなんで青木学園を守ることにしたの?」

 「守る気がないから青木学園にした」

 「へ?」

 「そんなことだろうと思いました」


 呆気に取られる月乃と推察通りだったらしい会長。

 

 「だって学校ならグラウンドあるから広くて戦い易い。しかもアタシは学校の奴らに何も思い入れがないから戦闘の余波でどうなろうが気にしなくて済む。だろ?」

 「だろ? ……じゃないよ!? 駄目だよそんなの!」

 

 月乃に文句を言われるのは想定内だ。

 まだ夜刀神の軍勢がやって来てないので煙草を咥える。

 そこで視線を感じ、屋上への入り口を見てみれば何人かの生徒がアタシたちを覗き見していた。

 

 「んだよ」

 「本当に俺たちを守ってくれるんだろうな!」

 「しっかりやらなかったら承知しねぇぞ!」

 「お前らを守る気なんてこれっぽっちもねーよ」

 「「なっ!?」」

 「守られる側がなんでそんな偉そうなんだようっぜーな。死にたくなかったら大人しくしてろ。失せろ失せろ。耳障りで目障り」

 「ふざけ——」


 言い返している途中で衣笠がドアを蹴って閉める。

 あっ、ついでに鍵も閉めやがった。実に出来た奴である。

 一連の流れを見ていた綾人は意味なく口をモゴモゴさせながら数度頷いた。


 「まぁ……僕もボンちゃんの気持ちは分かるよ」

 「それでも。やっぱり皆んなが傷付くの前提なんて嫌だよ」

 「だから月乃が守るんだよ。何の為にここに居るんだ?」


 アタシはどうでも良いから学校の奴らは気にしない。

 月乃が気にするのは分かっていた。だったら月乃は気にすれば良いだけの話。

 

 「月乃と綾人は夜刀神への直接攻撃禁止。どうせ仰山蛇人間引き連れてくるだろうから、そっちを任せる。学校の奴らを守れ」

 「そうなると、私は?」

 「夜刀神の相手をするのはアタシと衣笠だ。会長は露払いを頼む。後は自分でも対処はするけど邪魔してくる蛇人間を相手して欲しい」

 「つまり、夜刀神までの道を作り、その後は背中を任せる。と言うことですね?」

 「任せた」


 背中を任せる役割は衣笠も同じだ。

 出来る限りアタシは夜刀神だけに集中したい。会長だけが邪魔者を請け負い、衣笠と二人で戦うのが最適だけど、そう上手く行くとも思えない。

 夜刀神とのタイマンが成立するならそれが最低限。

 煙草を吸いながら考え込んでいたら会長が微笑んだ。


 「なんだよ?」

 「あの梵さんが誰かに背中を預けるなんて」

 「珍し過ぎて空から槍が降るとでも?」

 「いいえ。嬉しい限りです」

 「無理だけはすんなよ」


 それだけ忠告しておき、爺さんと向き合う。


 「爺さんは遠距離での援護」

 「分かっておる。今の体で夜刀神様と張り合える力は持っておらん。じゃが、雑兵くらいは蹴散らして見せよう」


 物腰の柔らかい印象は消え、目には闘志が燃えている。

 爺さんが持っている大量のお札からは魔力のようなものを感じる。色々と招来しそうに見える……と言ってもこの例えが通じるのは會澤くらいか。

 

 「そう言えばさ、本当に夜刀神様はここに来るの? 何故か来るの前提で話進めてるけど」


 月乃がそんな疑問を口にした。

 

 「来るさ」


 あの日、母さんはアタシを愛してると言っていた。

 あれだとアタシが変わった理由を自分の所為だとは微塵も思わないだろう。アタシが自発的に変わったとも思わない。記憶の中では親に従う良い子のはずだから。

 そうなった時、矛先が向けられるのはアタシを取り巻く環境。

 家族の問題に首を突っ込んで怒鳴り散らしてきた友達が居る学校を標的にする。

 それにアタシの力も母さんの力も夜刀神のものだ。

 だから感覚でなんとなく同じ力のことは分かる。

 夜刀神は怒ってるんだ。

 だってお前はご先祖様と一緒にずっとこの島を守り続けてきた。

 なのにこの学校の奴らはその力を持つアタシを忌避して、今の状況になっても感謝の言葉一つありやしない。

 アタシは別にそれでも良いけどお前は腹立たしいんだろ?

 

 「……来たわねぇ?」


 衣笠が嬉しそうに柵に身を預け、校庭を見下ろす。

 それに釣られて月乃たちが柵の方へ駆け寄り、アタシは煙草を咥えながらゆっくりと後を追う。

 迫り来るのは大量……と言っても足りないくらいの蛇人間の軍勢。

 月乃と綾人が息を呑む。

 その中心に居るのは変わり果てた姿をした母さん。髪は白銀に染まり、額には角が生え、背中からは二匹の蛇が顔を出している。真っ赤な目に鋭い牙、禍々しく変化した手足の指先。ギリギリ人間の体裁を保ってるだけの異形の怪物だった。

 

 「さぁ、準備は良いか?」


 アタシは力を月乃たちに分け与える。會澤は戦わないが、念の為だ。

 早速、会長と衣笠が飛び降り、綾人と爺さんが続く。


 「月乃」

 「何?」

 「制服、似合ってんぞ」

 「ソヨも、似合ってる」


 二人で顔を見合わせ、笑い合う。

 アタシは煙草を投げ捨て、月乃と一緒に屋上の柵を飛び越えた。

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