第46話「きぼうのみち」


 集合場所になったのはおっさんの店。何故か外に白いバイクが置きっぱなしだ。

 待っていたのは店主であるおっさん、瓶底宮司と衣笠、会長に爺さん、どれもこれも見慣れた顔触れが揃っている。その中に知らない奴が二人居た。

 黒髪でそれなりにガッチリとした体の男と栗色のボブカットで片側だけを耳に掛けている容姿端麗スタイル抜群の美女。歳はアタシたちとそう変わらないように見える。少し上かそのくらいだろう。

 そうやって眺めていたら美女の方が気付いてお辞儀をした。


 「初めまして。あたしは白井夕菜シライユウナ。特殊部隊『Rouge』の隊員で常陸島を助けに来たの」

 「同じく三好祐一ミヨシユウイチ

 「ユーナにユーイチな。おっけー」

 「おいコラ。何呼び捨てにしてんだ」

 「あぁ? これから常陸島の未来に関わる戦いが始まんだぞ? 連携取る可能性あるのに長ったらしく敬称なんか付けてられるか」

 

 ユーナの方は瓶底宮司と似た雰囲気を感じる。だが、ユーイチには何も感じられない。夜刀神の力を使わなくても勝てそうだ。本当に大丈夫なのかこいつで。


 「ユウイチ、呼び方なんでどうでも良いでしょ。今はそれどころじゃないし」

 「いや! 絶対こいつ俺のこと馬鹿にしてるぞ!? 弱そうとか思ってる! あの目は間違いねぇ!」

 「うーん……あの子見た感じあたしと同じくらいの力持ってるよ。デバイス使ってないユウイチが弱く見えてもしょうがないんじゃない?」

 「まぁ、しょうがねぇか」

 「全くソヨは……」

 「なんだよその顔は」


 喧嘩を売ったつもりはないぞ。

 特殊部隊に属しているのに余りにも普通過ぎて頼りなく感じたのは事実だけど。

 ユーナが言ったデバイスとやらを使えばマシになるんだろう。今の状態だと衣笠より弱く見える。


 「さて、揃いましたね。手短に話を済ませましょうか」

 

 自己紹介とも言えない会話が終わり、瓶底宮司が仕切り始めた。

 これだけのメンバーが揃ってるからアタシたちがどんな奴かはユーイチたちも聞いてるんだろうな。

 おっさんが用意してくれた人数分の珈琲を飲みつつ話を聞く。


 「皆さんも知っての通り夜刀神が暴れています。天津甕星の足取りは未だ不明ですが悪神が二柱解き放たれている状況です。そこで主戦力になる我々の役割決めをしたいのですが……梵君は何か言いたそうですね?」

 「瓶底宮司、天津甕星は強いのか? お前一人じゃどうしようもないくらいに」

 「かなり厳しいと思います」


 見栄を張らず、真実を口にする瓶底宮司。

 珍しい。けど、この状況とメンバーで見栄を張っても意味がないもんな。

 アタシはユーイチとユーナを見る。特殊災害の専門家であり、神様を相手にする為に派遣された二人。ユーイチは弱そうに見えるが、弱いはずがない。


 「なら瓶底宮司はユーイチとユーナと天津甕星を相手すれば良い」

 「祐一さんと夕菜さんをこちらに集中させるのですか!?」

 「まだ足りなければ爺さんは瓶底宮司の方に行けそうか?」

 「相手が夜刀神様であろうと天津甕星であろうと戦う覚悟はもう出来ておる」


 正直爺さんは雑魚狩りに行って欲しいんだけど……本人がその気なら仕方ない。

 

 「仮に希徳さんまで天津甕星に回すとなると夜刀神はどうするつもりですか?」

 「アタシがやる。取り巻きの蛇人間も居るだろうし、衣笠はこっちに欲しい」

 「一人で夜刀神と戦うつもりですか?」

 

 アタシを見る瓶底宮司の目には怒気が込められている。

 最近ぶっ倒れたばっかりなのに無茶はさせられないってか?

 そんなこと抜かしてる場合かよ。


 「一人で戦うかどうかは月乃たち次第だよ」


 予想外の切り返しだったらしく、瓶底宮司から怒気が抜けた。

 その間抜け面を見ながら煙草を咥えたら一拍遅れて月乃たちが反応する。


 「私たち次第って?」

 「月乃、會澤、綾人、会長、お前らは戦う覚悟——あるか?」


 悪ふざけでも冗談でもない。アタシは本気だ。

 真意を確かめる為、睨んでいると思われるくらい真剣な目付きで四人を見ると反応は二分した。

 状況が飲み込めずに狼狽える會澤と綾人。

 狼狽えることなく珈琲を口にする会長、そして。


 「ある。私は絶対にやる」

 

 月乃はアタシが一度目の煙を吐き出すのと同時に答えを吐き出した。

 

 「良し。これで一人じゃなくなった」

 「おいおい! お前はユーナと似たような境遇だから心配はしてねぇ。でもカゲヤマは違うんだろ? 一般人が首突っ込んで良い相手じゃないぞ!?」

 「それ、ユウイチが言う?」

 「俺だから言えるんだろ……」

 「祐一さんに同意です。為我井君に戦う力はありません。他の方々にも」

 「まあ待てよ金本。ボンが何の考えも無しに月乃ちゃんたちを戦わせようとするはずない。天津甕星が復活してピリピリしてるのは分かっけど落ち着こうぜ?」


 おっさんは分かってるな。ほんとだよ……ユーイチも瓶底宮司も気が早いんだっての。まだ話終わってねぇのに捲し立てやがって。

 そんな瓶底宮司はおっさんに出されたお茶を啜り、気を落ち着かせている。

 

 「瓶底宮司は知ってるだろ? アタシの持つ力が一人の人間に対してデカ過ぎるって話は」

 「ザックさんが言っていましたね」

 「それだけだと特に何も意味がないように思える。ご先祖様も取り敢えず、えいってやったらアタシに力が宿ったとか言ってた」

 

 ここだけ聞けば本当にただのオーバースペックな力で話が終わる。

 けれど、思い返せばヤトノ祭りの日に話したご先祖様は違和感のある言葉を残して姿を消している。

 

 「もしもの時は心優たちを信じる——ご先祖様はそう言った」

 「それがどうかしたんですか?」

 「もしもの時が今の状況を指すならなんで複数形なんだよ。戦える力を持ってるのはアタシだけだぞ。たちって誰なんだ?」

 「それは祐一さんや夕菜さんたちでは?」

 「そんな訳あるか。ご先祖様と会ったのはヤトノ祭りの日だ」


 あの時点では瓶底宮司も衣笠もアタシは知り合ってない。それこそ誰が来るか分からない特殊部隊の奴を信じるなんて出来る訳がない。まだ分からない未来のメンバーをアタシと一括りにしないはずだ。

 じゃあ一括りにされたのは誰か。

 アタシは煙草を灰皿に押し潰し、話を続ける。


 「あの時点でアタシが心を開いてたのは月乃、会長、會澤、綾人の四人。後は爺さんとかおっさんたち一部の大人だけ」

 

 そこでアタシは一つの推察を立てた。


 「アタシの力は夜刀神のものだ。夜刀神から切り離された力がした状態」

 「まさか……?」


 アタシのワードチョイスに瓶底宮司が反応した。

 他にも爺さん、衣笠、会長辺りは気付いたようで各々それらしい反応が見える。


 「アタシはこの力を分譲出来るんじゃないかと思ってる」

 「マンションみたいねぇ」

 「ヤトノマンション。入居者募集中っと!」


 やれるのかどうか。

 やれるとしたらどうやってやるのか。

 分からないことだらけの突飛な発想。

 だから分からないなりにやってみる。取り敢えず月乃たち同級生組と衣笠、おっさんにターゲットを絞り、力を分け与えるイメージを頭に浮かべる。

 すると——アタシの体から光の球体が四つ飛び出て、月乃たちに吸い込まれた。

 そして光を取り込んだ月乃、会長、會澤、綾人の髪に白銀のメッシュが出現した。

 

 「わぁ……! 凄い! なんか力が湧いてくる!」

 「おっさんと衣笠は駄目か……人数制限でもあるのか」

 「私は精神性じゃないかしらぁ? こんなのに力持たせたら危険だって判断されたんだと思うわよぉ」

 「まあ、譲渡条件はともかく月乃ちゃんたちに分け与えられることが分かっただけでも収穫じゃないか。オレはボンたちを信じる。蛇人間くらいなら捻り潰してやっからこっちの心配なんかせずに暴れてこい!」

 

 衣笠は別に力を与えなくても戦える。

 おっさんはそもそも最前線に連れて行くつもりはない。


 「これらを踏まえて会長、會澤、綾人、どうする?」

 「私はやります。この世で最も厄介なのは力を持たぬ正義ですから」

 「古き友の言葉か」

 「しっかり履修済みですね。染め上げてしまいましょう」


 まずは会長。

 次に声を上げたのは綾人。


 「僕もやる。今度こそユカリさんみたいな事例を無くす為に!」

 「ごめん。わたしは怖くて出来ないや……ごめん」

 「別に謝る必要はねーよ」


 これでアタシと一緒に夜刀神に立ち向かえるメンバーが決まった。

 衣笠、月乃、綾人、もしかすると爺さんの四人。

 

 「夜刀神はアタシたちに任せてくれ。だから天津甕星を頼む」

 「……分かりました。その代わり希徳さんは夜刀神班に回って貰います。決して無理だけはしないで下さい」

 「良し! そうと決まれば準備だ準備! おっさん! 腹拵え!」

 「任せろ! 飛び切りをご馳走してやる!」

 「ちゃんと忠告理解してますよね!?」


 無理をしない為にちゃーんと腹一杯にしとくんだよ。分かってねーな。

 現状、夜刀神も天津甕星も直接は暴れておらず、山から降りてきている蛇人間はここに居ない鹿島神社のメンバーだけで対処出来ている。

 だから今の内に戦力配置の話を済ませておきたかった。

 それと、おっさんの美味しい飯を食べておきたかった。

 母さんが本体になった以上、夜の動きはそこまで活発じゃないのはリサーチ済みだ。本番は明日から……いや、最終決戦が明日になるかもしれない。

 カレーを食べながら考えているとおっさんがカウンター越しに声を掛けてくる。


 「ボン、お前バイク駄目にしただろ?」

 「筑波山で少年の母親探してる間にめちゃくちゃにされた。買ったばっかりだったのによ!」

 

 おかげであの日から月乃のお世話になりっぱなしだ。


 「ふっ、そんなボンにプレゼントがある。外に置いてあった単車見たか?」

 「あれだろ? ツーストのやつ……って、あれくれんのか!?」

 「あぁ! 思う存分乗ってくれ!」

 「全部片付いたらおっさんも月乃と会長と一緒にツーリングな」

 「おう、お誘い待ってるぜ」


 フラグだなんて野暮なことを言う輩は居ない。

 誰もが無事に騒動を終わらせることしか頭にない。

 母さんを殴り飛ばして、瓶底宮司たちが天津甕星を倒し損ねるようならそっちもぶん殴ってやる。

 月乃や大事な人たち皆んな守ってハッピーエンド。

 それ以外見えてない。

 生まれたんだから、果ての果てまで生きてやる。

 

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