第45話「らぶそんぐ」


 「アヤぁああああああ! 良かったぁああああ!」


 ベッドの上の綾人に月乃が喜びに満ちた涙を流しながら抱き着いた。

 綾人も綾人で心底安心したような目で月乃を見る。


 「月乃も無事で良かった」

 「綾人、ちゃんと守りたいものを守れたな」

 

 良くやった、と拳を突き出せば綾人も同じように返してくれる。


 「なんとか月乃は……ね」

 「そんな顔すんなよ。十分だろ」

 「そうじゃ。自分の身の安全を優先すべき状況だったはずだからのう」

 「そう言ってくれると救われます。それにきっと助かったのはこれのおかげです」

 

 綾人が取り出したのは帷神社のお守り。出発前に爺さんに用意して貰った物で、かなりボロボロになっていた。月乃の証言だと光を放って、蛇人間を掻き消したらしいから効果発揮の結果なんだろう。

 蛇人間を掻き消すって……相当気合い入ったお守り渡してたんだな爺さん。

 

 「そんで、綾人は何か気付いたことってあるか? 天津甕星っぽい奴を見たとかなんでも良いんだけどさ」

 「特にないかな。暴れてたのは蛇人間だけだったから。数が異常なほど多かったことくらいしか分からないや。逃げる道中で月乃とユカリさんが執拗に狙われてたような気がするけど」

 

 月乃が狙われてた?

 その言葉に違和感を覚える。生贄の家系だった少年の母親が狙われるのは分かるけど、もう一人が少年じゃなくて月乃なのは謎だ。

 そう言う存在に好かれ易い体質とは聞いている。

 でも、あの状況での優先順位は神代家の方が高いはずだぞ?

 そこでボロボロのお守りを眺めていた月乃が「もしかして」と口にする。


 「お守りがなかったから狙われたのかも」

 「お守りがなかった?」

 「うん。あの前日にマサアキくんが木陰に何か居るって言ったの。確認したら何も居なくて動物だろうって思ったんだ。それでその時、私のお守りを渡してたの」

 

 もしも何かが起きた時、少年を守れるようにか。月乃らしい。

 それなら謎に月乃が狙われていた理由にも説明が付く。


 「爺さんから見てどうなんだ? 夜刀神の暴れっぷりは」

 「正直に言えば、急過ぎる。引き金になった何らかの要素があると見て間違いないとは思うがのう……」

 「それこそ天津甕星じゃないんですか?」


 唸る爺さんに會澤がそう言った。

 タイミング的にもそう思うのが普通だ。でも、夜刀神に一番詳しい爺さんが天津甕星の所為じゃないと思っているのならそうなんだろう。

 それにアタシも爺さんと同意見だ。多分、天津甕星の所為じゃない。

 

 「恵理子様が鎮めてからは天狗様たちと協力をしていたが、そもそも夜刀神様は他の神と馴れ合うような神様ではないんじゃよ」

 「天津甕星も夜刀神の下で動くようには思えねぇしな。アタシは天津甕星が後だと思ってる」

 「心優もそう思うか」

 「天津甕星が後?」


 會澤の顔に疑問符が浮かび上がる。


 「月乃は見ただろ? 鹿島神社の要石」

 「うん、あの石、すっごい深くまで埋まってるんだよね?」

 

 そう、あの要石は天津甕星を封印する為の代物。過去に掘り返そうとしても全く底が見えなかった馬鹿みたいに長い石。最大級の悪神を封じているのだから簡単に掘り起こされても困るし、普通の人間が掘り返すのは無理だと思ってる。

 だからこそ順番が逆なのではないか、と思う。

 

 「アタシは夜刀神が何らかの影響で暴走し、天津甕星が唆して要石を引っこ抜いたんじゃないかって思う」 

 

 あの日も姿を変え、月乃を騙していた。

 悪神だもんな。夜刀神と協力はしなくても利用くらいはするだろ。

 

 「その答えも知ってる奴が居る。衣笠? どうせ盗み聞きしてんだろー?」

 「あらぁ、バレちゃったぁ?」


 白々しい態度でアタシたちの病室に入ってくる衣笠。

 アタシより多くの包帯が巻かれているのが病衣の上からでも分かる。怪我の割には元気そうでなによりだ。

 普通に病室に入れば良いのに。


 「そっか。フウちゃんは天津甕星を復活させた何かと戦ってるんだっけ」

 「どんな奴だった?」

 

 衣笠を倒し、要石を引っこ抜ける相手。これまでの蛇人間とは格が違うはずだ。

 どんな怪物が来たのか。

 まだ知らない襲撃者の情報に息を呑む。


 「そうね。まず一つ、人間だったわぁ」

 「はぁ!? 人間!? お前を倒すならともかく要石をどうにか出来る奴が居るのかよ!?」

 「要石は私が逃げ切った後だからどうしたのかは分からないけれどねぇ」


 恐らく爺さんも人の身ではないと思っていたらしく、顔に出ている。

 

 「それで、どんな人だったの?」

 「透き通るくらい綺麗な白髪、それとも銀髪と言った方が良いのかしらぁ?」


 衣笠がこれ見よがしにアタシを視線を送ると會澤たちが顔色を変えた。

 アタシの力は元々夜刀神のものだ。知らず知らずのうちに悪神としての側面に取り込まれ、自我を奪われ、そこを天津甕星に突かれた可能性を思い浮かべたのだろう。

 可能性だけならある。ご先祖様が夢枕だったり、普通に出てくるくらいだ。夜刀神が力を媒介にしてアタシの身体を乗っ取るなんて容易なはずだ。

 

 「フウちゃん、その冗談は好きじゃない。ソヨは夜刀神様に支配されるほど弱くないし、絶対ふざけてるでしょ?」

 

 アタシの母親に会った時ぶりに月乃が怒った。珍しい。

 とは言え、衣笠なので特に気圧されることなくヘラヘラしながら謝る。


 「冗談が過ぎたわぁ。確かにギンちゃんじゃないわよぉ。けれど銀髪なのは嘘じゃない」

 「えっ……?」

 

 まさかの切り返しに月乃が反応する。


 「力の根源は間違いなく夜刀神、顔はギンちゃんに似てる、違う箇所と言えば身長かしらぁ? スタイル良かったわねぇ」

 「力の根源が夜刀神様……じゃと?」

 「しかもソヨに顔が似てるってことは……」

 「そうか……そう言うことか」


 もう皆んなも犯人の存在に気付いただろう。

 交戦した衣笠だけが唯一正体を知らないのか。夜刀神の動きが活発化したタイミングを考えても間違いない。

 何やってんだよ……あの阿呆。


 「愛良が……まさか……」


 実の娘の凶行を知り、爺さんは悔しさや怒りやら感情が渋滞を起こしている。

 そして、アタシの父親である日威幸助こうすけが死体で見つかったと言うニュースを聞いたのはそれから間もない時だった。



 ——。



 「この度は本当にありがとうございました……」


 斎場の外で喪服に身を包んだ少年の父親が深く深く頭を下げる。

 これで何度目の感謝だったっけ。覚える気がないから覚えてないや。

 通夜が始まるより前の時間にアタシたちは少年の父親に呼び出された。


 「息子を何度も助けて下さったみたいで。妻と息子から話は聞いていました」

 「私もユカリさんに助けられました……本当に——」

 「影山さん、そんな顔をしないで下さい。妻が守った息子やあなた方はこれからも日常を生きて欲しい。贖罪なんて妻は望まない」

 「——分かりました」

 「僕と月乃を守ってくれてありがとうございました」


 月乃は申し訳なさで溢れていた顔を凛としたものに変え、綾人が頭を下げる。

 それを見て少年の父親は満足そうに微笑むと、次にアタシを見た。


 「梵さんも妻を取り戻してくれて……感謝してもし切れません。なんでも妻の先祖の時代からお世話になっていると」

 「そんな過去のことは知らねーよ。ただのアタシの意地だ」

 「そうでしたか。ではこれ以上の言葉は必要ありませんね。では私は準備がありますので」


 父親が斎場の中に戻り、残されたのは少年とアタシたち四人。

 アタシたちは呼ばれたから来ただけだ。感謝をしたいから、と。

 これからアタシには大仕事が待っている。もしも月乃たちが話に乗るのならば同様に同じことをやって貰うつもりだ。

 だからその準備をしたい。


 「少年、どうしても辛い時は支えになる何かを持っとけ。音楽でもなんでも良いんだ。絶望を遠ざけて、転んでも立ち上がれる何かを」


 少年の頭に手を乗せる。


 「生きていれば良いことあるなんて無責任なことは言えない。でも、折角生きてんだ。やれることやろうぜ。じゃあ、またな」

 「ツキちゃん」

 「うん? どうかしたの?」

 「まだあぶないんだよね? ツキちゃんたちはまた、ぼくを助けてくれる?」


 そりゃ怖いよな。蛇人間に襲われて母親まで失ったんだもんな。

 取り敢えず夜刀神はアタシなりになんとかするつもりだけど、必ず助けられるかと言われたらそんな約束は出来ない。

 出来るとしたら近くに居れば全力で守ることくらいだ。

 懇願するような泣きそうな目に月乃が目線を合わせる。


 「手の届くところに居てくれれば必ず。だからさ、私たちが困ってたらその時は助けてくれる?」

 「うん。絶対助ける! 頑張る!」

 「任せた! 小さい勇者!」


 やっぱりこう言う時は月乃が適任だ。

 少年とも笑顔で別れ、アタシたちは集合場所に向かった。

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