第44話「ぼくらはそれをあいとよんだ」
天津甕星の復活、筑波山での惨劇。
そんな最悪の一日を乗り越え、アタシは大きな病院でザックの治療を受ける。
異世界の魔術が施された包帯で痛みがあっさり消えてしまう。流石に完治はもう暫く掛かると言われ、ふらりと病院内を歩く。
衣笠もここに居るらしい。でもあいつは命に関わるような状態じゃない。
問題は綾人。まだ目を覚ましてない。
綾人の病室を覗いてみる。會澤や会長、おっさん、爺さんたちが勢揃いしていた。
けれど、月乃が居なかった。
綾人がこの状態で傍に居ないとなると……あそこか?
まさか病院の敷地外には出てないだろうと思い、屋上へ向かってみる。
普段は憩いの場となっている屋上も曇り空で外が物騒な状況、となれば人の影は見当たらなくなっている。たった一人を除いて。
膝を抱えて座り込む月乃。ボーッと柵の向こうを見つめている。
煙草に火を付けるライターの音で気が付いたので、アタシはそのまま隣に座る。
「病院で煙草吸ってる……」
「懐かしい光景だろ? 最近学校の屋上も行ってないからな」
最近、昼休みは生徒会室。放課後は人助けだった。
バタバタしているのもあり、月乃の前で煙草を吸うのも久しぶりだ。それこそ屋上で吸うのはもっと久しい。
すると月乃は震える唇を閉じたと思ったら泣き出した。
「なんか……いつも通りの光景で安心しちゃった……ソヨが生きてて本当に良かった……!」
「後は綾人の目覚めを待つだけか」
「そう……だね」
月乃の歯切れが悪い。
「また落ち込んでんのか?」
「ソヨが無事だったからこそ、かも。もしも私にそんな力があればって思っちゃうんだ。気持ちだけじゃなく、命も助けられたんじゃないかって」
「一人が抱え込むなよ。筑波山での出来事は月乃の責任じゃない」
「それでも!」
「もし言えるとしたらアタシと月乃。二人の責任だ!」
声を張る月乃に声を張って黙らせる。
「アタシはあの日、巻き込めと言った。それなのに自分の力も把握せずにぶっ倒れた所為で付き添えなかった。阿呆過ぎる」
アタシが調子に乗らず、キャンプに参加していれば少年たちは絶対に守った。
被害だってもっと減っていたはずだ。
寧ろあれだけの大群に襲われたのに、月乃は天狗の力を借りつつも麓まで少年たちを送り届けた。綾人も新聞部の事件の時には出来なかったことをやり遂げた。
そして避難所の雰囲気を変えた。不埒な輩を止めるのにも尽力したらしい。
これだけやって落ち込む必要が何処にあるのか。
正直、アタシの所為だろ。
「それにな。他人に与える影響なんてたかが知れてるんだよ。自分が他人を変えられるなんて思ってんじゃねーよ。あの時、避難所でライブをした。でも、あれで立ち直れる奴らはやらなくてもきっと他のきっかけで立ち直ってたはずだ」
アタシたちだったからこそ不安を柔げられた——なんて思わない。
他の誰かがやっても、あの場で何もやらなかったとしても立ち直れる奴は立ち直り、前へ進んで行く。
その話を聞き、月乃が絶望に満ちた表情を見せる。
気付きたくない事実に気付いてしまった。そんな様子。大方、想像出来る。
「じゃ、じゃあ……ソヨもそうなの? 私じゃなくても立ち直ってた?」
どうせおっさんたちに「君のおかげ」とでも持ち上げられていたのだろう。
煙を吐き出し、言ってやる。
「早いか遅いかの違い。別に月乃じゃなくてもそのうち立ち直ってた」
「そっか……そ、そうだよね。ソヨ、強いもんね」
アタシのことはアタシが一番良く分かってる。
あの日、死ぬことを辞めた時、時間が掛かっても人間不信を治そうと決意した。おっさんと関わり始めたのも、バイトを始めたのもその第一歩だった。
本人が変わろうと思っていたんだ。高校でも、その後でも、それこそ万が一特殊部隊に入れば同じような境遇の奴は沢山居る。異世界の選択肢もある。
月乃のように怖がらず、普通に接してくれる奴なら誰でも可能性があった。
「誰でも良かったんだよ。でも、だからこそ——その役割が月乃で良かったと心から思うんだ」
「え……?」
「ずっと嫌いだったこの髪を褒めてくれた。会長や會澤、綾人たちともなんだかんだ仲良くなれた。月乃じゃなかったらこうはならなかった」
会長はもしかしたら仲良くなっていた可能性はある。だけど、會澤と綾人はない。
綾人は間違いなく仲良くなってなかった。
「この力も月乃たちを助ける為に使えるのなら持ってて良かったと思えた。音楽祭もその打ち上げも夏祭りも特撮鑑賞会も全部全部楽しかった」
こんな状況なのに、とは思ってる。
でも、今の月乃のメンタルを回復させる方法はこれしか思い付かない。
それか、アタシが言いたいだけなのかも知れない。
「そして、初めて恋をしたんだ」
煙草を地面に押し潰し、月乃と向き合う。
驚愕する月乃の瞳に映るアタシは一体どんな顔をしているのか。
「月乃、好きだ。誰かの為に必死に悩んで向き合う真摯な心遣いも、明るくて優しくて話してて楽しいし、笑顔はずっと見ていたいと思える」
こうやって言葉にしているけれど正直好きの理由なんか知らん。
良く分からないけど好きなんだ。
「ほんとに?」
「ほんとに」
「恋愛的な意味で?」
「ああ、大好きだ。信じられないなら何度だって言ってやる」
月乃の目からポロポロと流れ落ちる涙が曇り空でも煌めく。
「私も好き。ずっと言いたかった。でも、普通を望んでたソヨに言うのが不安で怖くて……今、凄く嬉しい! 私なんかを好きになってくれて」
「なんか? ふざけんな。月乃だから好きなんだ」
「ご、ごめん! 一杯話したいけど今はなんか前向きな発言出来そうになくて!」
「じゃあ塞ぐ」
向き合っている月乃の両肩をがっちり掴む。本気で。
それで全てを察したであろう月乃の涙が一瞬で引っ込んだ。
「待っ、待って!? ちょっ、つよっ!? 本気じゃん!? まだその準備は出来てな——んむっ!?」
アタシは月乃の制止をガン無視して唇を重ねた。
……。
………。
…………なんだこれ?
暫く堪能してから月乃を解放する。
「舌まで入れてくるのは……聞いてない……」
ちょっとだけ睨むような月乃の顔は真っ赤に染まっている。
「もう一回して良い?」
「今、アヤが安否不明なんだよ!?」
「分かってるけどさ……まずい、歯止め効かなくなりそう」
恥ずかしがる月乃をもっと見たい。
「やっぱもう一回」
「だから私の意見もっ——」
そうしてキスして自分を満足させ、月乃を困らせていた時だった。
人の気配を感じ、月乃と一緒に屋上入り口へ目を向ける。そこには歓喜に満ち溢れた目で密着するアタシたちを眺める會澤が居た。
「「あっ……」」
「アヤは起きたから大丈夫! だからどうぞどうぞ! 続けて!」
「続けられないよ!」
「続けられるか!」
途端に恥ずかしくなり、それを少しでも紛らわせる為に煙草を咥えた。
はぁ……なんか良かったな……キス。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます