第43話「からから」
神代家。それは嘗て夜刀神の生贄として捧げられていた家系。
ご先祖様がそれはもう凄いことを成し遂げたおかげで生贄文化は消えた……はずだったんだけどな。
体育館の外で煙草の煙を吐き出し、暗がりの空を見上げる。
少年の母親がバスから飛び出してかなりの時間が経っている。夜刀神が求める生贄の扱いが分からない以上生死の判断は出来ない。
けど、恐らく蛇人間の大群が襲ってきてたのなら身体は無事なはずだ。
今から向かったところで見つけられるかどうかも分からない。それでもアタシか爺さんがやらなきゃいけないことだと思う。
心の底から湧き上がる苛立ちの火をも消すように地面へ投げた煙草を踏み潰す。
「ソヨ! 待って!」
いざバイクへ歩き出そうとすると月乃に呼び止められる。
「いや、行く。まだ夜刀神のところまで連れてかれてない可能性が少しでもあるのなら助けられる」
今回ばかりは月乃にどれだけ言われようが止まる気はない。
振り返ることなく歩を進めたその時だ。
「お願い……行かないで……」
後ろから強く——優しく——抱き締められた。
「アヤが大怪我して、今まで私がやってきたことがどれだけ周りに不安を与える行動だったか分かったの。鹿島神社の人だって救助に向かってくれてる」
「……月乃」
「私、嫌だよ。アヤだってまだ分からないのにソヨまで危ない目に遭ったら……死んじゃったら……大好きな皆んなに死んで欲しくない!」
わざわざ危険な場所に突っ込んで欲しくない……か。
アタシを引き止める腕を解いて向かい合う。月乃も本気じゃないからすんなりと外れた。
「それでも、行く。これはアタシの意地だから」
「……っ!」
大事な人を思う気持ちは痛いほど理解出来る。
だって、アタシもそうだったから。月乃の手伝いを始めたのはそれが理由だ。
「不思議だよな。大切だと思えば思うほど、縛っちゃう気がするのは」
人よりも物の方が分かり易いかもしれない。
買ったは良いけど使えない——なんて事例は良く聞く話だ。
アタシの言葉に月乃はハッと口を開き、それ以上引き止めようとしてこない。
幾らアタシが強いからってちょっと前にぶっ倒れてるし、神様の本拠地に行こうとしてるんだから心配するのは当然だと思うけどな。
大切だと思う人の行動を止めるかどうか。
その判断を完璧に出来る奴が居るとしたら予知能力者か何かだろうか。
「でも、死んで欲しくないってのが月乃の願いなら大丈夫」
「そう……なの?」
「月乃はアタシをヒーローだと思ってるって言ってくれたよな?」
「それはうん。だって一杯助けて貰ったから」
「きっと少年もそう思ってる」
いや、思ってなくても良い。
「あの日、蛇人間から月乃と一緒だった少年を助けた。アタシは少なくとも月乃と少年のヒーローでなくちゃいけないんだ」
誰に求められてる訳じゃない。アタシの勝手なプライドと責任感。
「正体がバレてるんだよ。だからアタシは負けないし、死なない。任せとけ。レッドゾーンくらいは把握してる。それともアタシが信じられないのかー?」
「ううん! それはない! ない、よ」
「決まりだ。んじゃ、そこの盗み聞き二人組?」
アタシが呼び掛けると物陰からおっさんと会長がひょこっと出てきた。
おっさんは「バレてたのか」とでも言いたげに。
対する会長は「でしょうね」と顔がうるさく主張している。
「この場に私を呼んだのは今から話すことが理由でしょうか?」
「察しが良くて助かる。正直万が一妖怪が来ても正直心配はしてない。爺さんが居る。問題は人間の方だな」
「ボン、何言ってんだ?」
「そう言うことですか。任せて下さい」
「待ってくれ分からん」
会長は全部察してくれるのにおっさんはどうしてこう……はぁ。
「なに溜息吐いてんだぁ!?」
「人の不安なんてな、食欲と睡眠欲を満たせば大体はマシになるんだよ」
月乃たちのおかげでメンタルも多少は回復してることだろう。
ただし、この状況下で不安なことがある。
「食欲睡眠欲と来れば、残るは性欲ですね」
「この状況に紛れてやる奴が居ないとは限らない。実際、月乃と會澤を下卑た目で見てる奴らがちらほら居た」
「いやまさか……」
「アタシの感覚は正しいんだよ。特に夜中のトイレは気を付けろ。会長がしっかり見張ってろ。おっさんも荒事は得意だろ?」
仮に運営の奴らがまとめて襲ってきてもおっさんには勝てないだろうしな。
おっさんだけじゃなくて会長を呼んだのは男では見張り難い場所を任せる為だ。腕っ節の強さは海辺で見た。心配は要らない。
例に出したのは月乃と會澤だけど、それ以外が狙われる可能性だってある。
元ヤンなら夜更かし徹夜は余裕だろう。
「こっちは任せた」
「はい。任されました。ご武運を」
そう言って会長は拳を突き出してくる。
アタシもその拳に突き合わせるように右拳をグッと握れば、左右から月乃とおっさんも拳を伸ばす。
三人に送り出されたアタシはバイクのスロットルを回した。
そして——筑波山。
バイクを途中で放り出し、暗い闇に包まれた山の中を駆け抜ける。
山中は完全に蛇人間の巣窟。四方八方に蔓延る蛇人間は一人ぼっちのアタシを狙い、束になって襲い掛かってくる。
「邪魔だああああああああああああああああああ!」
そいつらを蹴散らして——蹴散らして———突き進む。
蛇人間共は本当に分かり易い。少年の母親が何処に居るのか教えてくれている。
アタシが向ける足の方向で空気が変わる。慌て出す。その方向にアタシを近付けまいと言う意識が見え見えだ。
そんな反応を道標に一歩、また一歩と踏み出す。
しかし、幾らアタシにとって雑魚でも無限に湧いて出てくる蛇人間を完璧に捌き切ることが難しくなってきた。
「……痛ってぇな!」
肩を噛んできた蛇人間の首を掴んで無理矢理引き剥がす。
大丈夫だ。致命傷を避けろ。攻撃を全部回避する必要はない。
「——見つけた」
視界の先の先で丁寧に人を抱える二人組の蛇人間が見えた。
挨拶代わりに殺気を飛ばせばビタッと足が一瞬止まる。
その一瞬で十分だ。
力のギアを足に集中させ——全員ブチ抜き、少年の母親を取り返す。
息をしていない。多分もう助からない。でも、雨で濡れていること以外は特に目立った損傷も見当たらない。そりゃそうか、大事な大事な生贄だもんな。
「さて……」
その生贄を奪われ、蛇人間たちが包囲網を組み、アタシを睨んでいる。
「何睨んでんだよドヘボ野郎共」
喧嘩を売ってきたのはそっちだ。睨まれる筋合いはない。
「夜刀神に伝えとけ。これ以上やるならアタシはお前を倒す。絶対に」
今は無事に帰ることを優先しないといけないから忠告だけで済ませてやる。
両手は塞がってるから足技だけで突破しないと。
こうやって考えている間にも蛇人間の数は増え続け、アタシの出方を伺っている。
これを両手塞がった状態で逃げようとする、と聞いたら誰もが無理だと笑うだろう。
だけど、アタシは出来る。アタシなら出来る。
何故ならアタシは最強だから。
無事に帰るって約束したから。
「何時までビビってんだよ。奪いたいんだろ? 来いよ? 全員まとめて地獄に叩き落としてやっからよ!」
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