第37話「へきてんばんそう」


 何でもない日を象徴するはずだった食事会は終わり間際にまさかの特殊災害。

 宮司さんの言った通りあの日から妖怪の動きが活発になり始め、私とソヨは連日バイクをあちこちへ走らせ、蛇人間たちをやっつけては襲われていた人々を助ける。

 その一連の流れをずっとずーっと繰り返していた。

 私は運動神経を活かして妖怪に石を投げ、気を逸らし、人を担いで運んだりする。

 そしてソヨが蛇人間たちをバッタバッタと薙ぎ倒していく。


 「本当に助かりました!」

 「ありがとう! ありがとう!」


 誰かを助ける度に感謝を浴びるのが物凄く気持ち良い。

 まるで物語の主人公になったみたいだ。ヒーローってこう言う気持ちなんだ!

 バイクまで歩く足取りが軽い。スキップをしてしまいそうになる。


 「次も頑張ろうね! ソヨ……ってあれ?」

 

 隣を見ても歩いていたはずのソヨが居ない。

 後ろを振り返ると——道路に倒れているソヨが居た。


 「え!? ソヨ!? 大丈夫!? ねぇソヨ!?」


 急いで駆け寄り、名前を叫んでも反応は返ってこない。

 うつ伏せになっていた体を仰向けにする。怪我や出血は見られないから謎の狙撃手に撃たれたり、妖怪の遠距離攻撃にやられたりした訳でもないみたい。

 息もしてる。おでこは熱くない。さっきまでの様子からして風邪でもないと思う。

 一つの可能性が頭に浮かぶ。


 「特異体質の影響? そうだとしたら……」


 私は急いで宮司さんに電話を掛けた。

 


 ——。



 丁度、宮司さんのところに本土の特殊部隊所属のお医者さんが来ていた。

 私は鹿島神社の社務所内で宮司さんと一緒に報告を待っている。


 「忠告したはずですよ。立ち向かってはいけない、と」

 「……でも、困ってる人が居ると思うと居ても立っても居られないんです」

 「しかし、君たちがやってるのは人の命を預かることです。その重さを理解していますか? 目の前で起きたことだけならまだしもあちこちへ足を運ぶのは度が過ぎていると思います」


 宮司さんの纏う空気は重い。この空間だけ引力が強まっているような威圧感。

 初対面時にソヨが感じ取ったのはこの雰囲気だったのかな。


 「無償の希望と言うのは人々にとって輝いて見えるでしょう。そして為我井君たちの評価が上がれば上がるほど我々や特殊部隊のように正当な立場の人々の評価が下がることもあります」


 宮司さんは「しかし」と枕詞を付けてから話を続ける。


 「輝きを失うのも一瞬です。仮に我々より高くなった信頼がある状態で守れなかった命が生じた時、どうなるかは分かりますね?」

 「はい……」


 これは初めてソヨの家に行った時に言われた話だ。

 島全体の被害を私……と言うかソヨだけでどうにかするなんて絶対に無理。

 光の巨人でもなければ仮面もない。組織じゃないから失敗した時の批判は私たち個人に向かう。

 

 「承認欲求は程々にしておきなさい。為我井君たちにこの心配はないと思いますが、正義のヒーローとは厄介な概念です。決してウルトラでスーパーでデラックスになってはいけませんよ」

 「……?」

 

 理解出来ない英単語の羅列の詳細を聞こうとするも、とある声に遮られる。


 「終わったぞー」


 ソヨが居る部屋の襖が開き、お医者さんが顔を見せる。

 ザック・エイダーさんと言うらしく、黒髪黒目なのに何故か地球出身じゃないと一目で分かる。実際、異世界の扉を通じてやってきた正真正銘異世界人だ。

 細身でやる気がなさそうな感じはフウちゃんっぽい。

 それでも特殊部隊お抱えのお医者さんなので腕は確かだと宮司さんは言っていた。

 入って良いと言われ、宮司さんと一緒に部屋に入る。


 「悪ぃ、心配掛けちゃったな」


 そこには畳の上で胡座をかくソヨが居た。申し訳なさそうな苦笑いと一緒に。

 その顔を見ただけで緊張の糸がプツッと切れる。

 

 「おっと……大丈夫か?」

 「あ、ありがとうございます」


 足の力が抜け、倒れそうになる体をザックさんが受け止めてくれた。

 本当にソヨが生きてて良かった……!


 「それでソヨは大丈夫なんですか?」

 「ん、まぁ、現状は特に命に関わる心配はねーかな」

 「現状は……と言いますと?」


 更に詳しい説明を宮司さんが求める。


 「こいつの体に宿ってる力は知ってるんだよな?」

 「神の力ですね」

 「その規模が一人の人間に対してデカ過ぎる。乱用したり、出力を上げ過ぎると体が持たないぞ。正直、今の状態でもかなりギリギリのライン攻めてたから当分はゆっくり休ませろ。死ぬぞ?」


 そうだ……前までソヨは進んで人助けをするタイプじゃなかった。

 だから夜刀神様の力を使う機会は限られていたはず。

 じゃあ、それを頻繁に使わせるようにしたのは。

 心臓の鼓動のギアが勝手に上がった。 


 「そ、ソヨ……私」

 「絶対安静らしいから帰って寝るかー。心配掛けて悪かった」


 ソヨが右手で私の肩の横をポンと叩く。

 

 「瓶底宮司も……助かった」

 「構いませんよ。ただ、ワタシたちも居ればザックさんたちも来ていますので特殊災害への対応は任せて下さい」

 

 宮司さんはソヨに向けてそう言った後、無言で私の顔も見てくる。

 

 「そう言うことだ。行こうぜ月乃」

 「うん……」


 宮司さんとザックさんに頭を下げ、ソヨと一緒に社務所の外に出るとナナウミとアヤが待っていた。倒れたことを伝えているので不安が顔に張り付いている。

 ソヨは安心させる為なのか鼻で笑う。


 「なんて顔してんだよ。大丈夫。それよりお前らどうやってここまで来たんだ?」

 「えっと……ダッシュ?」

 「七海……普段は運動嫌いな癖に……こう言う時だけスタミナ尋常じゃないのなんなの……?」


 ナナウミもアヤも息が荒い。本当に走ってきたみたいだ。

 一応、私たちの近所から鹿島神社までなら走っても来れると思うけど……それでもまあまあな距離がある。ナナウミはスイッチ入ると凄いんだよね。前に常陸島のお店で声優のイベントやるってなった時はあの遠いお店まで自転車で行ってたっけ。

 

 「そっか。じゃあ帰りはゆったり歩いて帰るとしよう」

 「えっ? 歩きで大丈夫なの?」

 「歩きたい気分。月乃、バイクは置きっ放しかー?」

 「う、うん。宮司さんの車でこっちまで来たから」

 「後でおっさんに回収頼んどいてくれ。そしたら衣笠、いつでもカバー出来る距離で同行頼む」

 「露払いねぇ? 任されたわぁ」


 絶対安静を命じられたソヨはフウちゃんに護衛を頼み、歩き出す。

 境内を出て、帰路に就くとソヨはゆっくりと煙草を咥えて火を灯した。吸えば赤く染まる先端がまるで心臓のように見えてソヨの生を実感する。

 こう言う時、真っ先に口を開くのは私だ。でも今は何も出てこない。

 私の所為でソヨが死に掛けた……とにかく謝らなきゃ!

 

 「いやー! それにしても楽しかったなー!」


 煙草の煙と一緒にソヨが吐き出した喜びの声。


 「……え? 何が?」

 「はぁ? 月乃は楽しくなかったのかよ。アタシたちのなんちゃってヒーロー活動。アタシは楽しかった。偶には人にチヤホヤされるのも悪くない。悪い妖怪もボッコボコに出来たしな!」

 「でも! ソヨは死に掛けたんだよ!?」

 「そうだな。でもそれって月乃の所為じゃないかんな?」


 私の所為で、と言おうとしてたのに先手を打たれる。

 

 「アタシが自分で決めてやってたことだし、調子に乗って力使いまくってたのもある。この力が何なのかをちゃんと把握してなかった自己責任。それまで抱えようとするなんて欲張り過ぎだろ」

 「そうそう。月乃は昔から抱え込もうとし過ぎなの」

 「でも本当に死んじゃってたら……」

 「死んでねーから良くね?」 


 ……。

 ………。

 …………。


 「確かに!?」

 「なんか月乃って普段は楽観的なのに変に悩む時あるよね」

 「アヤ、それは昔から。多分愛宕山の天狗様たちが一番良く知ってる」

 「私だって人だもん! 悩むことくらいあるよ!」

 

 必死に言い返すと三人が笑った。

 心を覆い隠す霧のようなものが一気に晴れる。今まではずっと一人で考えることが多かったけど、悩んだ時は相談するのも良いかもしれない。

 ソヨやナナウミたちと一緒ならきっと良い方向に進めるような気がする。

 そんな流れで明るい空気に戻り、会話が広がる。


 「そう言えばボンちゃんの絶対安静って力以外も同じだったりする?」

 「疲労が溜まってるから出来る限りはそうしろってさ。だから行こうと思ってたあのキャンプイベはアタシ不参加にする」

 

 この時期、島の自治体が学生を集めてキャンプをするイベントがある。

 小中学生を呼び、私たち高校生も参加する。けれど、どちらかと言えば大人たちのお手伝いがメインになると思う。

 

 「ソヨが不参加となるとこの中だと私とアヤだけになっちゃうんだね」

 「梵さんこっちに居るなら冬コミ用の漫画手伝ってよー」

 「漫画なんか描いたことねーんだけど」

 「梵さん何でも出来るから大丈夫大丈夫! それにひとりぼっちで描くよりは誰か居てくれるだけでも変わる」

 「そんなもんか? 別に良いけど……っともう着いちゃったか」


 ほんとだ。気が付けば帷神社。話に夢中であっと言う間に到着した気がする。

 ソヨはフウちゃんを呼び出し、「これで何か美味い物でも食べて帰んな」とチップを渡しているので私たちは頭を下げる。

 

 「じゃあねぇー」


 迷惑なんかしてないと言った様子で気の抜けた声と共に去っていくフウちゃん。

 その背中を見送り、神社に入るとお爺ちゃんと二人の人が待っていた。ソヨに似た雰囲気の強気っぽい高身長な女性と逆にひ弱そうな雰囲気の男の人。

 ソヨの足が止まる。

 もしかして?


 「母さんと父さん……?」

 

 ソヨの呟きでナナウミとアヤが勢いよくソヨの顔を見る。

 やっぱりそうなんだ。あれがソヨを捨てた両親。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る