第36話「ひみつきち」
時間を守る。それは人としてかなり重要なことだと思う。
「あーあー! 遅れちゃったよー!」
「主催者が遅刻になったじゃんかよ!」
でも、私とソヨは既に遅刻確定。バイクを置き、おばちゃんのお店まで走る。
西山さんの依頼があった今日は夕方から皆んなでお食事会をなんとソヨが主催した。時間的に余裕で間に合うようにしていたはずなのに。
「月乃が困ってそうな奴見かける度にバイク止めるからさぁ!」
「妖怪絡みの時はソヨもノリノリだったし、お礼の団子一番食べてたじゃん!」
「妖怪絡みなら尚更アタシが居ないと駄目だろーが! 団子は……だって和菓子好きなんだから食べなきゃ勿体無いし」
「今から夕飯皆んなで食べるのにー!」
「団子なんて幾ら食っても変わらねーよ」
「変わるよ!?」
私からしたらお餅とかお団子は凄くお腹に溜まる。
と言うか私はソヨの食べた量を絶対食べられない。あれだけ食べて今からまだ食べようとするの凄過ぎる。
特異体質だとお腹の許容量も特殊なのかと思ったけど、前に唐揚げ弁当食べ切れてなかったからそうでもないんだよね。好きな物なら私でも……いや無理!
そうこうしてる間にお店の前。ソヨがドアを開けて中に入る。
「悪ぃ、遅れたー!」
「ごめーん!」
「やっと来たー! どうせ月乃のお人好しでしょー!」
真っ先に飛び込んできたのはナナウミの元気な声。
もう皆んな集まってる。ナナウミとアヤとホノちゃん、『ぶんぶんカレー』のおじさんも居るし、ソヨのお爺ちゃんも居る。後はフウちゃんと宮司さん。
……フウちゃんと宮司さん!?
「タメちゃん久しぶりぃ」
「う、うん、久しぶり! 会えて嬉しいけどどうしてここに?」
「ギンちゃんに誘われてねぇ。前に組み手して負けちゃったから従わないといけないよねぇ。もうギンちゃんの手下ってところかしらぁ?」
「待って! 二人そんなことしてたの!?」
「どうしてもって言うから。それより瓶底宮司、お前は呼んでないんだけど?」
ソヨが冷たい目で宮司さんを見る。
そんな冷気を宮司さんは大きく笑い飛ばす。
「こんな物騒な時期に預かっている中学生を一人、放り出すと思いますか?」
「衣笠が負けるかよ。それにお前より強いアタシが居るんだから平気だろ」
「抜かしますね。夜刀神の巫女に負けるような鍛え方はしてませんよ。ははは!」
「この前と言ってることが違うな? でも事情は理解した」
うん? どう言うことだろう?
ソヨは何かに納得したように引き下がった。宮司さんとは楽しそうな言い合いが長く続くことが多いのに。珍しい。
「はいはい! 皆んな集まったね! なら始めるよ! ほら緒方! あんたも手伝いな!」
「分かってるよ! ったく昔から人使いが荒いんだよなー」
おじさんが文句を言いながら胡座からすくっと立ち上がる。
「ソヨも何ちゃっかり座ってんの! 主催者なんだから配膳手伝うよ!」
「バレたか……」
会話の流れでフウちゃんの横に腰を落ち着かせていたソヨを引っ張る。
するとホノちゃんが立ち上がった。
「では私も」
「お前は座ってろ。衣笠、手伝え」
「はぁい」
ソヨがホノちゃんの協力を断り、代わりにフウちゃんを手伝いに呼んだ。
嫌がりそうな頼みっぽく思えるのにフウちゃんは嬉々として立ち上がり、ソヨと一緒に料理の配膳を始める。
手下って言ってたけど……本当に子分になってる。何が起きたらあの関係性に落ち着くんだろう。
配膳を手伝いながら二人を見る。
「梵さんが気を遣うなんて珍しいですね?」
「無駄に良い子演じるなよ。今だけ元ヤンで良いぞ?」
「ギンちゃん、次はぁ?」
「そっち、瓶底宮司の方に置いてくれ」
長い間、このお店に居たソヨがおばさんたちとチームワークを取れているのは不思議じゃない。けど、まだ出会って間もないはずのフウちゃんは手慣れたソヨの動きに遅れることなく付き添っている。
ソヨが私の友達と仲良くなったり、新しい友達を作ってくれるのは凄く嬉しい。
でも、ちょっとだけ複雑な気持ちが芽生えて頬が膨らんだ。
「月乃ちゃん、どうかしたか?」
「あっ、いや! 別に何も! 後は飲み物ですよね!」
「お、おう? アルコールはオレがやるからそれ以外を頼む」
「私がビールとか運びますよ! ちょっとやってみたかったんです!」
「そうか、じゃあ頼んだ」
そうして料理を運び終え、子供組がソフトドリンクを、大人組がお酒の入ったグラスやジョッキを手に持つ。皆んなが小さな子供になったように目を煌めかせている。
その中で、お爺ちゃんだけが瞳に濃度を保っていた。
「はて? 心優に呼ばれて来たは良いが……今日は何かあったかの?」
主催者で、隣に座る孫のソヨにお爺ちゃんが問い掛ける。
「別に何もない。梵家に関連する記念日でもなければ、ここに居る皆んなの記念日でもない」
「……では何故こんな催し物を?」
「満点の疑問助かるぜ爺さん」
嬉しそうに笑うソヨ。
「世の中には仕事が終わっただけで飲み会やってるぐらいなんだから全く何もない日に人集めてはしゃいだって良いよなぁ!」
その煽りでナナウミを中心に店内が一気に沸き立つ。
沸騰石を用意しておいた方が良かったかもしれない。
「なんてことない今日の日にかんぱぁい!」
「「「乾杯!」」」
始まった食事パーティ。ホノちゃんがおじさんやおばちゃんと何やら大人びたようなことを話し始め、宮司さんはお爺ちゃんと神社トークで盛り上がってるのかな?
フウちゃんは……おぉ、凄い。会話もなしで一心不乱に料理を食べてる。
ソヨはナナウミとアヤの席に移動していたので私もそっちへ。
「ねぇねぇ見てこのレイヤーさん! マジで顔が良い! 顔面が天才! 既存のキャラに眼鏡属性を付ける発想も凄く好き!」
ナナウミに見せられた画面に映るレイヤーさんは。
「んっ!???!?!?」
「だよな……これ絶対そうだよな?」
間違いなく西山さんだった。
投稿時間は今日の午後。私たちと別れて帰って直ぐにSNSへ投稿したらしい。
「突然出てきて凄い話題になってるんだよね。衣装の作り込みやビジュの良さが天上から地獄に舞い降りた天使のような素晴らしさなんだよね」
「舞い下ろし過ぎじゃない? せめて地上で留めてあげようよ」
「最早ルシファーと化してるじゃねぇか。堕天させるなよ」
「さっきの反応、二人の知り合いなの?」
唐揚げを箸で掴みながらアヤが言う。
レイヤーさんの個人情報を言うのもなんだか気が引ける。アヤとナナウミに言っても本人に突撃することはないと思うけど。
そもそも本名以外の情報持ってない。
「知り合いと言うか何と言うか……」
「アヤは何気にしてんの。月乃のことだから偶然助けた人がこのレイヤーさんだったりしたんでしょ。どうでも良いの、プライベートのことなんて。わたしはこの神コスプレが見られる事実だけで十分過ぎるっ!」
「それもそうか! 他のコスプレは上がってないの?」
そんな風にいつもの顔触れで盛り上がったり、巫女服で来てたフウちゃんにナナウミが食い付いたり、楽しそうな時間が流れる。太陽も連れて来たかった。
ふとお爺ちゃんと目が合った。手元のグラスは空っぽ。
私はささっと傍に寄る。
「何か飲みます?」
「これは助かるのう。お言葉に甘えて日本酒を貰おうかね」
なんか凄そうな瓶からお酒を注ぎ、そのお酒を飲みながらお爺ちゃんが春の日差しのような目である一点を見つめる。ソヨだ。
おじさんや宮司さんと言い合ったり、ナナウミたちと笑ったりしてる。
「心優は学校でもあんな感じなのかい?」
「私たちと居る時はあんな感じです。教室に居る時だとホノちゃんと絡む時以外は前とそんなに変わらないみたいですけど」
私の家の近所でもかなり人気者になった。その噂も学校で広まってるみたいだけど、学校での印象は変わってない。なんか怖い不良として扱われている。
「そうかそうか……それは嬉しいよ。この前も誰かに喜んで貰えることが嬉しいと言っていたんだよ。こうして沢山の人と関係を持ってくれるのも嬉しいのう。本当にありがとう」
「ええ!? いやいや! 私は何も!?」
「しているよ。あなたのおかげで心優は笑うようになってくれたんじゃ。心優の過去を考えれば一生その闇を抱え続けてもおかしくなった。本当にありがとう」
酔っているのかお爺ちゃんは何度も何度も頭を深く下げる。
ソヨは愛宕山で私をヒーローと言ってくれた。いざ本人に言われると実感が湧きにくくても、お爺ちゃんにまで言われるとその評価に深みが出る気がした。
フウちゃんみたいな戦闘能力がなくても私はソヨの力になれているみたいでホッとする。
「あー、皆さん、少し良いでしょうか?」
宮司さんが立ち上がり、全員に聞こえるように声を張った。
ざわめきが収まり、フウちゃんを除いた皆んなが宮司さんを見る。明らかに楽しそうじゃない雰囲気にアヤが息を呑んでいる。
「最近、妖怪の動きが活発になっています。本土から特殊部隊の人も派遣されるようなので必ず避難を優先して下さい。絶対に立ち向かおうなんて——」
そんな宮司さんの声を遮るように周りのスマホから鳴り響く警報。
特殊災害を知らせる音に真っ先に反応したのはフウちゃん。それと同時にお店の外から悲鳴が聞こえてきた。
と言うことは?
「あらら、この妖怪ちゃんも運が悪いわねぇ」
「あ! 待ちなさい!」
宮司さんの声も聞かずにフウちゃんはお店を飛び出した。
「月乃、アタシたちも行くぞ!」
「うん! 宮司さんとお爺ちゃんはここで皆んなをお願いします!」
「あぁもう! ちゃんと話聞いてたんですかあの方々は!」
宮司さんごめんなさい。
私は走らずにはいられない。悲鳴が聞こえて黙って待っているなんて出来ない。
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