第35話「ひかれ」


 今日も今日とて休日に月乃とバイクを走らせる。

 鹿島神社の手伝いをしてから月乃への依頼がある度に手伝いをしている。手伝えない依頼や月乃が嫌と言えば行かない。けど、ずっと付き添いを頼まれているので月乃は敢えてアタシが手伝える依頼を選んでいるんだろう。

 アタシは月乃と一緒に居られるから良いけど選び方はそれで良いのか。

 そんなことを考えながら月乃を追い掛け、到着した場所は豪邸。常陸島の雰囲気にそぐわない洋風の家だった。

 近くの駐車場にバイクを停め、再度豪邸を見上げる。

 

 「こんなところあったんだな」

 「うん、私も初めて知った」

 「月乃の家の近所だろここ。知らなかったのかよ」

 「学校とは反対側だし、そもそも誰かの家でもないから。小中でこの家に住んでる人が居たら話題になってた、かも? と言うかソヨも近所のこと知らないでしょ」

 「う……それを言われるとキツイ」


 帷神社の周りとかコンビニ以外知らない。

 そうして豪邸を見上げながら話していると音が聞こえてくる。そちらに目を向ければ伸びに伸びたボッサボサの黒髪に眼鏡を掛け、野暮ったい服を着た女が猫背で歩いてくる。ガラガラとデカいスーツケースを引いて。

 今回は依頼内容を聞いている。あれが依頼人だろう。

 纏うオーラが暗い。冴えないって言葉が似合い過ぎる女だ。ただ胸はデカい。

 

 「あの……為我井月乃さんと梵心優さんでしょうか?」

 「はい! 初めまして! 今回はご依頼ありがとうございます!」

 「まーす」

 「あっ、初めまして。自分は西山舞ニシヤママイです。本日は宜しくお願いします……」


 目を合わせようとはしてくれるみたいだけど声がどんどん小さくなる。

 ……。

 ………。

 …………なんだこの無言タイム。


 「えっと? ここで合ってますよね?」

 「あ、合ってます! そ、そうですね……じゃ、じゃあ中に行きましょう」

 

 コミュ力強くて仕事にも慣れてるはずの月乃が困惑するって相当だぞ。

 アタシたちは豪邸の門を抜けて敷地内に。見た目の豪華さはハリボテではなく、しっかりと庭も綺麗に作られている。家の中も同様にどんな金持ちが住むんだと言うくらいには派手な家具や装飾で彩られている。

 

 「おおー……ドラマなんかに使われてるだけあって凄ぇな」

 

 無闇矢鱈にキラキラし過ぎてて落ち着かないけど。


 「こうやって知らない場所に来れるのも楽しいんだよねー」

 「そんな人の金で焼肉食うのが美味いみたいな感覚で言われても」

 「あ、あの……」

 「あっ、ごめんなさい! ご依頼は撮影会でしたね!」

 「はい……こちらをお願いします……」


 そう言って西山はスーツケースを差し出してくる。

 アタシは月乃と顔を見合わせ、着替える為に一旦別の部屋に入る。

 今回の依頼は所謂モデル。依頼人の西山は趣味でコスプレ用の衣装を作ってるらしく、それを着て、写真を撮らせて欲しいと頼まれた。

 スーツケースの中の衣装を手に取った瞬間、


 「「えっ」」


 声が漏れた。月乃も同じ感想らしい。


 「なんか手触り凄くない?」

 「それな。取り敢えず着てみようぜ!」


 心を弾ませ、衣装に袖を通す。手作りとは思えないくらいしっかりしていて、まるで普通の服かのように着やすい。着心地も良い。

 月乃が着たのは白いドレスのような魔法少女衣装。

 アタシは黒を基調とした魔法使いのようなローブ。

 素人目でも分かるクオリティの高さ。


 「すっげぇな。なんか別人になったみたいだ」

 「本当に魔法使いになってる! どうどう? 私も似合ってる!?」

 「似合ってる。うわ、これなら綾人の奴も連れてくるんだったな」

 「アヤはどうせ女装させられるーとか言って断られちゃったもんね。ナナウミは同人誌の締切がヤバいって血涙流しそうな勢いだった」

 「後で写真送ってやれば良いさ。とにかく西山さんのところへ戻るか」

 「だね!」


 部屋を出て、リビングへ戻ると高級そうなカメラを準備していた。

 こんなスタジオ借りたと聞いた時から真剣なのは想像はしてた。とは言え、衣装のクオリティもカメラも想像以上。かなりガチ勢じゃんこの人。

 

 「お待たせしましたー! ジャジャーン! 魔法少女ムーン参上! なんちゃって! えへへ」

 

 茶目っ気のある月乃——魔法少女ムーンの口上にくるりと振り返る西山。

 

 「ゔああああああああああああああああああ!」

 「「!?」」

 「可愛い可愛い可愛い! 本当に何この魔法美少女は……ビジュが! ビジュが良過ぎるでしょ……有り得ない! 有り得てる! 最早魔法使っても生み出せない!」


 さっきまでの暗さとコミュ障っぽい雰囲気は消え、大騒ぎしながらシャッターを切って切って切りまくる。カメラからサブマシンガンみたいな音鳴ってんだけど。

 勢いに戸惑っていた月乃も直ぐに慣れ、指示されたポーズをそれこそシャッターが切り替わる度にキメてキメてキメまくっている。適応力の高さかアイドルと野球選手の血筋か……どちらにせよ凄いな。

 

 「あなたも! 何ボーッとしてるの! ポーズ取って!」

 「……ちゃんと撮れよ? よっと!」


 アタシは一階のリビングから二階の柵まで一気に跳躍。そのまま柵に腰掛け、ラムネシガレットを口に咥える。


 「ほああああ! ちょい悪魔法使いの構図! 良い! 良い!」


 

 ——そんなこんなで撮影会が進んだ。



 アタシたちが私服に着替え直すとさっきまでのテンションは緩んでいた。


 「あ、あの……本当にありがとうございました。最高の写真が一杯撮れました」

 「最高は何個あっても良いですからね! 喜んで貰えて嬉しいです!」

 「着替えて貰ってる時はもしも嫌になって窓から逃げられていたらどうしようと不安で不安で仕方なかったですが……」

 「そんなこと思ってたのかよ!?」

 「ひぃ! ごめんなさい! 叩かないで!」

 

 あっ、反射で声を張ってしまった。それにしてもビビり過ぎだろ。叩かねぇよ。

 顔を両腕で覆い隠す西山。


 「ソヨは叩かないので大丈夫ですよ」

 「あ、ごめんなさい……取り乱しました」

 「こっちも声張ってすんません。と言うかあの衣装クオリティ凄いっすね。自分では着ないんすか?」


 衣装への力の入れ具合も撮影時の豹変ぶりも熱量は十分伝わった。

 だからこそ自分でコスプレをしないのが謎だ。アタシたちが着られたってことは恐らく西山自身に合わせて作らず、本来のキャラと同じ体型で作ったのだろう。

 アタシの問いに西山は苦々しく笑いながら語り始める。


 「え……だって自分みたいなブスがキャラを汚す訳にはいかないじゃないですか」

 「「……ん?」」

 「そりゃコスプレしたいですよ。で、でもきっとSNSに投稿なんかしたら目にドブ流し込むなとか言われるに決まってます……!」

 「まさかそこまでは……」


 おい庇うなら言葉を止めるな月乃。

 西山の様子から見るにキャラ愛と炎上が怖いと言う二つの理由から自分では衣装を来ていないようだ。

 キャラを汚したくない気持ちは分からなくもないけど……うーん。

 アタシは目を凝らして西山の顔を見つめる。


 「な、なんでしょう……か?」

 「ほい」

 「あぁ! 眼鏡! 前髪!」


 西山の眼鏡を無断で取り上げ、伸び切った前髪を掻き上げる。

 すると今までは隠れていた顔が剥き出しになる。

 

 「やっぱりそうだ」

 「わぁお」


 隣でも月乃が驚いたような反応を見せた。大体考えてることは一緒だったらしい。

 最初に会った時から思っていた。長い癖に手入れの行き届いてない髪、ダサい眼鏡、身に纏う負のオーラから暗い印象が目立つ西山。だけど顔自体は整っている。

 寧ろアタシの感覚だと美人だと思う。

 強いて言うなら長髪がこれっぽっちも似合わない顔立ち。


 「これでブスはないだろ……」

 「凄く綺麗な顔立ちだと思いますよ? ホノちゃんみたい」

 「え、でも中学の頃にブスって一杯言われて暴力振るわれて……」

 

 この自己肯定感の低さはいじめが原因か。


 「男に言われたことは?」

 「な、ないかも……ずっとクラスの女の子に言われてました」

 「そいつらの写真あったりします?」

 「フォローはしてませんけどSNSに自撮りなら」


 西山が見せてくれた元いじめっ子たちの自撮りを見る。


 「なんだよこいつらの方がよっぽどブスじゃんか。顔面で土砂崩れ起きてるわ」

 「ソヨ! 言い過ぎ!」

 「悪い悪い。まあでもこれで分かった。いじめられてた原因は嫉妬だ」

 「嫉妬……?」

 「ですね。西山さん凄く美人です。多分ですけど裏で男の子たちにモテてたんじゃないですか? きっとその中に所謂クラスの王子様枠も居て……それが気に入らなかったんだと思います」

 「そんなことで?」

 「「はい、そんなことで」」


 この辺の醜い嫉妬心は男女差があると勝手に思ってる。女の方が厄介だ。

 特に表立ってモテるような高嶺の花のお姫様じゃなく、裏でモテるタイプの西山みたいなのは格好の的だ。前者じゃ諦めが先に来るからな。

 あくまで憶測だけど……多分大体合ってる。あれだけ言い切れるってことは月乃も昔は苦労したんだろうな。アタシはやられたら即刻やり返してたから特に苦労はしていない。

 

 「でもそう言われても……」


 これだけアタシたちが言っても自分の顔の良さを自覚出来ないらしい。

 あんなに自分を卑下するような人だ。君は美人だと宣ったところであっさり解決するような問題じゃあない。


 「月乃、これは困ってるんじゃないか?」

 「うん? どゆこと?」

 「いじめが原因で自分に自信が持ててない。どうにかしてやりたくね?」

 「そう言うことか! うんうん! 分かった分かった!」


 置いてけぼりになった西山が交互にアタシたちの顔を見るのに首を動かす。

 

 「あの、今から私たちに付き合って貰っても良いですか?」

 「へ?」



 何も分からない西山を撮影スタジオから二人で連れ出した。バイクをそのままに歩けばあっという間に商店街。最近月乃と良く顔を出している通り。

 

 「おお! 月乃ちゃんとギンちゃんじゃないか!」

 「新しいお友達?」

 「新作出来てるよ! 食べてくかい!?」

 「この前は荷下ろし手伝ってくれて助かったぜギンちゃん!」


 見た目の影響もあるだろうけど直ぐに顔を覚えられ、この有様。ヤニの匂いを漂わせるどっからどう見ても怪しい輩のはずだったのに暖かく迎えてくれた。

 最初は何人かが警戒してる様子だった。でも今はもう警戒心は感じない。

 

 「新作はまた後でー! 西山さん! こっちこっち!」

 「はい到着っと!」

 「え……ここって……お洒落な美容院!? 怖い!」

 

 逃げようと後退りする西山の肩をガシッと掴む。


 「逃がしませんよ?」

 「怖い怖い!? 梵さん怖い!?」

 「こんにちはー! 今、空いてますー? 本当ですか! ソヨ! オッケーだって!」

 「一名様ごあんなーい!」


 西山を美容院に無理矢理押し込み、流れでスタイリングチェアに座らせる。

 ここまで来たらもう逃げられないだろう。西山みたいな性格は断らないんじゃなく断れない。

 

 「どうされます?」


 美容師の質問は西山ではなくアタシと月乃に飛んでくる。

 

 「もう全部ばっさり。前髪は軽めのシースルー、周りは肩にギリ掛かるか掛からないかくらいで」

 「畏まりました。では、眼鏡外しますね」

 「あっ、あっ!」


 美容師は西山の長いボサボサ髪を素早く切り、仕上げていく。シャンプーまで丁寧に済ませ、髪の毛の先端付近だけを外にハネさせる。

 おお、そこは注文してないのにやってくれた。流石はプロ。

 西山が美容師に返して貰った眼鏡を掛けると口をゆっくり大きく開いた。


 「これが……自分?」

 「ここから髪色ちょっと明るくするだけでも変わると思うっすよ。長髪はあんまり似合わないけど……まあメイク次第ってとこですかね。胸もデカいし、レイヤーとして投稿し始めたら人気出るんじゃないっすか?」

 「好きならやりましょう! 変なこと言ってくる人たちは即刻ブロックで! SNSなんてそんなものですよ!」


 そうだそうだ。西山のコスプレが嫌ならブロックすれば良い。逆に西山も嫌なこと言ってくる奴が居ればガン無視でブロックが定石。

 アタシのSNSの使い方はなるべく楽しくである。


 「でも、もう一つ問題がありまして……」

 「問題?」

 「コンタクトが駄目なんです。怖くて」

 「やるキャラに合わせて似合う眼鏡掛ければ良いんじゃないっすか?」

 「へ?」

 「この人はどのキャラをやっても確実に眼鏡属性が付く、を売りにしちゃえってこと」

 

 それを聞いた月乃が手を叩く。


 「あー! 良いね! 眼鏡好きなオタクは多いもんね!」

 「二人は凄いですね……そんな考え思い付かなかったです」

 「暗い方向に考え過ぎなんですよ! 偶には周りの目を気にしないで楽しむのもアリですよ!」

 「どうせ自分が思ってるほど周りは自分に興味ないしな。お洒落な美容院だって誰が来ようと客は客だろ?」


 アタシたちの会話を眺めていた美容師に聞いてみる。


 「そうですね。態度が相当悪いお客さんでなければ、誰であろうと必ず最高のカットをしようと言う気持ちです」

 「髪の毛切ったらなんかスッキリするし、モチベも上がるんだよね」

 「それな。誰かに会うからって言う理由もあるだろうけど、服も髪型もアタシがそうしたいからやってることの方が多い」

 

 西山はアタシたちの意見を聞き、目を大きく見開くと大きく息を吸った。

 暗かった表情と雰囲気に一筋の光が差し込んだように見える。


 「なんだか髪の毛を切っただけで自分が変わったみたいで嬉しい。コスプレ、もしかしたら挑戦してみるかもしれないです」

 「楽しみに待ってます!」

 「承認欲求は程々にしといた方が良いっすよ」

 「良ければまたお越し下さい。素敵な髪型にしますので」

 「本当にありがとうございました。とても良い時間を過ごせました」


 店先での見送りに深く深く頭を下げる西山がスーツケースを引いて帰っていく。

 最初に会った時は背中に猫を飼っていたのにもう飼う場所を変えたらしい。


 「うん、やっぱり人助けはこうでなくっちゃ! 手を差し伸べるだけじゃなく、背中を押す! それが私の人助け!」

 

 手を差し伸べてばかりじゃ意味がない、と月乃は言う。

 実際、手を差し伸べた後は一人で歩けるようになって貰いたいのは分かる。何でもかんでも頼りにされて甘えられても困るからな。

 困ってる人を助けたい。でも依存はして欲しくない。そんな感じだろう。

 

 「背中を押した後、良い方向に転んでくれたらハッピーだな」

 「良い方向には向かって欲しいかな。転んじゃったら痛いもん」

 

 表現にも気を配るなんて相変わらずの優しさだ。

 その思考は変わらないでいて欲しい。そう思った。

 

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