第34話「しゃったーちゃんす」


 「そうですか……三人が無事で何よりです」


 祭りを終え、アタシたち三人は社務所の一室で経緯を瓶底宮司に話した。

 瓶底宮司は予想通りといったような反応でアタシたちの心配をしてくれる。

 

 「あいつからは全然妖怪っぽい気配を感じなかった。何なんだ?」

 「奴は天津甕星アマツミカボシです」

 「「……?」」

 「あれっ!? ご存知ないですか!?」


 アタシはともかくそれ系の話に詳しそうな月乃も知らないらしい。

 

 「あはぁ。不思議よねぇ。ギリシャや北欧の神様には詳しいのに国内の神話知識が少なすぎるんじゃなぁい?」 

 「その辺は夜刀神の現状が全てを物語ってるだろ?」

 「言えてるわねぇ」

 「はいはいそこ。ソヨもフウちゃんもブラックなジョークを飛ばさない。宮司さん、天津甕星の話、聞かせて下さい」


 アタシにしか言えない最高のジョークを流されてしまった。

 意外と知らない癖に知識欲が凄い月乃は一度スイッチが入ると何がなんでもその知識を頭に入れようとする傾向がある。一週間くらい経ったら日本神話博士になっていそうだ。

 そうして頼まれた瓶底宮司は頷き、話し始めた。


 「天津甕星とは悪神です。それこそ我らが武甕槌命でも打ち倒せなかった強大な存在。遥か大昔に建葉槌命タケハヅチノミコトと協力し、討伐しました」

 「前は別の神社に封じてたんだけどさぁ、もしもを考えたら武甕槌の方が対応出来るってことでこっちに移したんだよねぇ」

 「その封印があの要石か」


 確か長い石がぶっ刺さってるって話だったけど祭壇のようなものがあったのは封印の効果を高める役割でもあるのだろうか。

 

 「武甕槌様じゃ倒せなかったのに鹿島神社に移したんですか?」

 「そこの事情は今の夜刀神様と同じですよ。建葉槌命の武神としての側面が薄れてしまい、機織りの神の方が広く知られることになりました」

 「封印の力は据え置きでも戦う力が薄れた神様じゃあねぇ。ってことで今は鹿島神社が請け負ってるのよぉ。御船祭の時は御神体が離れるからさぁ、どうしてもあの手この手で復活しようとしてくるのよねぇ」

 「建葉槌命の祭壇があっても駄目でしたか」

 

 瓶底宮司が困った顔をしているのに対して衣笠は嬉しそうに口を躍らせる。

 今回の一件で衣笠がバトルジャンキーで殺しのブレーキがないことが分かった。あの残り香みたいな天津甕星が弱過ぎて溜息を吐いてたくらいだ。

 要石で封じられ、建葉槌の加護があっても御神体が離れたら雑魚でも分霊を動かせる悪神か……厄介だな。

 ただ、この口振りだと御船祭の時以外は基本大丈夫なんだろう。

 

 「そもそも月乃一人唆したところで何が出来るんだ? 要石を引っこ抜くなんてアタシにだって無理だぞ」

 「祭壇を壊す……まではいかなくても何かを取り除くだけで効果は弱まります」

 「あの弱っちい分霊じゃあ祭壇に触れることも出来なかっはずよねぇ」

 「それなら何で私? あんなの人一杯居たのに……」


 月乃の疑問にはアタシも同意だ。月乃じゃなかったら絶対気付けなかった。

 同じ疑問を抱えてると思ってた瓶底宮司はまたもアタシたちに対して脳内に疑問符が浮かんでいる顔。衣笠もにやーっと笑っている。


 「タメちゃん、妖怪とかに好かれる体質なの自覚ないんだねぇ」

 「稀に居るんですよ。妖怪や神秘的な存在に好かれる体質の人。為我井君はそれですね。経験ありませんか?」

 「あれじゃないか? 愛宕山で蛇人間に襲われた時に数が減ったやつ」

 「あー! あれって天狗様が助けてくれたんだ!」

 

 天津甕星も馬鹿な奴だな。他を選んでいれば気付かれなかったかもしれないのに。

 

 「夜刀神様のこともあります。天津甕星の動きはこちらでしっかりと気を配っているので心配は無用です。今回は二人共本当にありがとうございました。ところで梵君の報酬はどうすれば良いでしょう?」

 「アタシは手伝いだし、別に給料も要らないんだけど」

 

 金には困ってない。あったらあったで貰うけど面倒そうなら要らない。

 そんな適当なアタシとは裏腹に瓶底宮司は力強く首を横に振る。


 「それは駄目です。労働には相応の対価が必要です」

 「……そんじゃ、月乃の方にアタシ分も突っ込むとか出来ないのか?」

 「一応、出来ますが」

 「じゃあ決まり。月乃、給料日来たら寿司か肉でもご馳走してくれ」

 「良いね良いね! 食べよう!」

 「良いんじゃなぁい? 本人たちがこう言ってるんだしぃ」

 「そうですね。では御二方はこれからどうされますか?」


 どうすると言われても業務が終わりなら帰るだけだ。

 月乃と顔を合わせればそれだけで声に出さなくても「どうする?」が伝わる。


 「初めて来たんだもん。鹿島神社一緒に回ろう。折角巫女服着てるし、良い感じのところで写真撮りたい!」

 「んじゃ、そうするか」

 「フウちゃんも一緒に行こ!」

 「殺し合い以外も偶には良いかもしれないわねぇ」


 アタシたちが立ち上がり、衣笠も物騒なことを口にしながら立つ。

 三人揃って部屋を出ようとすると、後ろから瓶底宮司に声を掛けられた。

 アタシは足を止め、月乃たちを先に行かせる。

 言うことあるならもうちょっと早く言えよ、と思いながら振り返る。けどそんな苛立ちは瓶底宮司の哀愁に満ちた目を見て引っ込んだ。


 「きっと辛いこともあるでしょう。どうか、強く生きて下さい」

 

 なんだよ。折角楽しい気分で終われると思ったのにしんみりさせてくるなよ。


 「余裕。アタシ、強いんだ」


 だからアタシは笑顔で返す。

 瓶底宮司のことだから特異体質のアタシを心配して言ってくれてるのは分かってる。だけど今はもう大丈夫だ。前までの卑屈で暗いアタシじゃない。

 あの日の日威心優はもう居ない。

 ここに居るのは梵心優。アタシの邪魔をするのなら、大事な人を傷付けようとするのなら、天津甕星だってぶっ潰す。

 

 「困ったことがあれば何時でもお気軽に」

 「そん時は宜しく頼むぜ瓶底宮司」


 それだけ言い残して外に出る。


 「あ、来た来た! まず三人で一枚撮ろ!」


 辛いことがあっても楽しい何かがあればアタシは生きていける自信がある。

 これから積み重ねていく楽しい思い出に少しでも多く月乃との思い出があれば良いな、と思える。

 そんな楽しい思い出の一幕を切り取る音がした。

 

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