第33話「せんのばいおりん」
巫女服に着替えたアタシたちは瓶底宮司に説明を受けながら外へ。
この鹿島神社に祀られているのは武甕槌。ゲームなんかの登場機会も多くて有名な剣と雷の神様だ。その神話をざっくり教えられ、それから境内にある建物の場所や名称を地図と一緒に見せられ、ある程度の案内を出来るようにして貰った。
覚えるのは苦手じゃないから地図と場所を覚えるのは数秒あれば十分だった。
「言葉遣いは特に気にしなくて大丈夫なので挨拶や聞かれたことに明るく答えることに重点を置いて下さい」
「はい!」
「基本は掃除で良いんだっけか?」
「普段よりも多くの人が訪れるので。どうか宜しくお願いします」
そこだけは声色に輪郭を持たせてくる瓶底宮司。
水路を使って神輿に巡礼して貰う大規模な祭り。最後、御神体が帰って来た時に神社がゴミまみれの散らかり放題は見過ごせないか。
新鮮な下駄の感覚を楽しみながら歩く。
すると隣で草履を選んだ月乃が思い出したように口を開いた。
「そう言えば授与所の方はどうするんですか?」
「そっちは大丈夫です。総出とは言いましたが実は巫女が一人だけ残ります」
瓶底宮司がそう言うと前から小さく手を振る少女が歩いて来た。
「はぁい。どうもぉ鹿島神社の巫女——
生まれ付きであろう眠たそうな目に間伸びした喋り方。綺麗な黒髪を低い位置で適当に一本に縛っていてずぼらな印象が目立つ。顔付きが幼く、アタシよりも身長が小さい。中学生くらいだろうか。
それと嫌な雰囲気。実力を隠している瓶底宮司とはまた別の空気感。
何やら楽しそうにアタシを見る目には戦意を感じる。
「なんだ? やるかぁ?」
「ちょっと興味はあるけど怒られちゃうからやらなぁい」
「そっか。アタシは梵心優。名前は嫌いだから苗字基準か何かで呼んでくれ」
「それじゃ、よろしくねぇギンちゃん」
衣笠は髪色基準のあだ名を選んだ。
少年を思い出すけど少年はそもそもアタシの名前を知らないから仕方ない。
「私は為我井月乃。宜しくね、フウちゃん!」
「タメちゃんもよろしくねぇー」
月乃も月乃で相手の態度を気にしないタイプなので一瞬で打ち解けている。
「そんで衣笠は祭り参加しないのか?」
「だって神様とかあんまり興味ないしねぇ。だったらここでのんびりお守りだったり渡してる方が好きなんだぁ」
「なんで巫女やってんだ」
「成り行きと需要と供給ってやつかなぁ?」
成り行きか。アタシと一戦交えようとするくらいだから色々あるんだろう。
そんな会話をしていたら瓶底宮司が軽快に笑った。
「皆さん相性が良さそうで助かります。最後に一つ、忠告を。この祭りは御神体を外に運び出します。つまり武甕槌命の加護が薄れます。悪しき存在にはくれぐれも気を付けるように。何か異変があれば必ず風花さんに伝えて下さい」
忠告をしている間、瓶底宮司から剽軽さは消え去っている。
有数の神様を祀ってる神社。普段は最高レベルの加護で守られているはずだ。
今は夜刀神がほぼ悪神になっている状態だもんな。魔法も怪物も当たり前の世界だし、それ以外の問題が起きても変じゃない。
正直、アタシは大丈夫だけど心配なのは戦闘能力がない月乃。
「はい!」
「はいはい」
「はぁい」
「三者三様の返事。素晴らしいです。では頼みました」
何もないことを願うばかりだ。何かあるようなら瓶底宮司に従うとしよう。
瓶底宮司ほどの底知れなさはない。けれど衣笠は特殊な才能を持っているように思えたからだ。
初日は午後からで大したことは起きずに終わった。
祭りで一番時間を使うのが二日目の今日で、瓶底宮司の言っていた通り参拝客が一気に増える。神輿を見に行かずに神社にだけ来る奴も居るらしい。
「今日からが本番ってところか。やるとするかぁ……!」
社務所の前で竹箒を持ってグーっと全身を伸ばす。
「ふふっ、巫女服のソヨ似合ってる」
「アタシは何着ても大体似合うからな」
「後でフウちゃんと一緒に写真撮ろ。ナナウミに見せたら喜ぶと思う」
「最終日な最終日。そろそろ瓶底宮司たちが出発する時間だし、行こうぜ」
授与所などが立ち並ぶ通りに出ると瓶底宮司たちが神輿を用意し、それ以外にも祭りと呼ぶには十分過ぎる人の数が集まっている。これだけの人数が町を歩き、水路まで使うとなると本当に大規模な祭りだと思わされる。
ご先祖様の時代、武甕槌が居る島で夜刀神が大暴れしてたのは春日に行ってる最中だったと考えれば納得が行く。それか自分の信者以外はどうでも良かった説だな。
そうして神輿の出発を見届け、月乃と顔を見合わせ、無言で頷く。
お仕事開始だ。
「巫女さん巫女さん、お手洗いは……」
「授与所と仮伝の間の道入って直ぐに右にあるっすよ」
「ありがとうねぇ」
と、お仕事と言っても掃き掃除やゴミ拾いをしながらこうして爺さん婆さん含めた老若男女に聞かれたことを答えるだけ。大抵は場所を聞いてきたり参拝の方法を聞いてきたりする。
時折、中学生くらいにマセた男子がアタシに近付いてきたと思ったら。
「なぁなぁ! 巫女さんって下着付けないってほんとなのかぁ?」
こんなことを聞いてくる。
「嘘だよ。まあでも見えない場所だからその人次第——かもな?」
ちょっとだけ襟を引っ張って中を覗き込むフリをしてみる。
マセガキは顔を真っ赤にしながらも何処か興奮したような表情になり、後方で待っていた友達の方へ駆け出した。
ジャン負けで聞いてこいゲームでもしてたのか。聞ける勇気は褒めたい。
あやふやな状態が最も効果を発揮する時もあるからこれが最適解だろう。
それにしても良くアタシに聞いてきたな。
ほぼぺったんこのアタシよりも月乃の方が見栄えが良い気がするんだけどな。
「ちょいとそこの巫女さん」
「どうかしたんすか?」
マセガキのこれからの性癖に思いを馳せていたらおっさんが近寄ってきた。
清潔感のまるでないおっさんに適当な口調で返すと鼻息を荒くしながらニチャ付いた口を開く。
「下着付けてないってほんとなの?」
「…………」
うん、どうしようか。ゴミ掃除と言うならこいつを掃除しても良いのだろうか。
その歳でそのデマ信じてるのもそうだし、直接聞く馬鹿が何処に居るんだよ。マセガキ相手ならそれとなく遇らうけどお前はその範疇じゃないからな?
ライブなんかでもライン越えの線引きが出来てない奴は嫌いなんだよな。
これが帷神社ならぶん殴ってるところだけど今は鹿島神社だ。
「確かめて見るか?」
「へっ?」
アタシはおっさんを社務所の陰に引き連れ——竹箒の柄で叩いておいた。
「性根まで叩けてれば良いけど」
「あっ! ソヨ居た! 何処行ってたの?」
「ちょいとばかしゴミ掃除をしてた。どうかしたかー?」
「とにかくこっち!」
慌てた様子の月乃の後を追うと何やら人集りが出来上がっている。
皆んなが首を上に向けているのでアタシもそうやってみる。すると一本の木の上に小学生くらいの男の子が猫を抱えて震えていた。
猫なんて高所から落ちても大丈夫だから放っておけば良いのに。
「ま、起きちまったことは仕方ねぇか。月乃、これパス」
月乃に箒を渡して前に出る。
「ちょっと皆んな離れててくれ」
「離れて下さーい!」
アタシに続いて月乃が声を張り、巫女服である信頼感からか素直に従ってくれる。
木を真下から見上げればそれなりの高さ。猫を抱える前は両手が塞がってなかったとは言え良く登れたな。
アタシはゲームの壁キックをする要領で木の幹を蹴り、二段回の跳躍で猫を抱えた男の子をキャッチしてそのまま着地。
「「「おぉー!」」」
「猫は高いところから落ちても大丈夫だ。だから危ないことすんな」
「う、うん! ありがとうお姉ちゃん!」
「どういたしまして」
お礼を言ってくれた男の子に笑顔で返す。
「「「おおおおおお!」」」
「うお!? なんだ!?」
アタシの周りに小学生が男子女子関係なしに群がってくる。
「すげえ! 今のどうやったんだ!?」
「最近の巫女さんはあんなことも出来るのか!?」
「私にも出来ますか!?」
「待った待った! 落ち着け落ち着け! 後一つこれだけは言っとくけど普通は出来ないからやろうとするなよ!?」
「「「もっと見たい!」」」
もっと見たいと言われても……どうしろと?
助けを求めて月乃を見るも——笑顔でサムズアップを返された。
さっき助けた男の子の笑顔とありがとうが頭に浮かぶ。これも仕事の一部か。
「何をすれば良い?」
「バク宙出来るバク宙!!」
「出来るぞー? ほらよっと!」
「「「凄い! もっともっと!」」」
そんな風に謎の演舞ショーが始まり、ある程度で親に連れられていった。
「凄かったー! ありがとう巫女の姉ちゃん!」
「「ありがとー! 楽しかったー!」」
「祭りも楽しめよー」
手を振り、それから掃除をしながら度々訪れる困った参拝客に手を差し出す。
偶に助けてやったのに偉そうにする変な輩が居たりするけど大半の人は嬉しそうに感謝と一緒に頭を下げていく。
今までは誰かの笑顔を見るだけで嬉しかった。
でも、その笑顔がアタシの行動で生まれたものなら更に嬉しいと思える。
そっか、誰かに喜んで貰えるって嬉しいことだったんだな。今まで自分のことばっかりでそんなことを考えたことなかった。
良い気分になっていると中学生くらいの少年が走ってきた。
「巫女の姉ちゃん! タケミカヅチってどんな神様なんだ?」
「武甕槌の神話か。それならもう一人の金髪の巫女が詳しいから聞いてみなー?」
詳しいと言うか、話が上手いと言うか、絵本の読み聞かせじゃないけど月乃に聞いた方が楽しく神話を知ることが出来る。
しかし、月乃のことを言ったら少年は口を微かに開け、気まずそうな表情。
「もう一人の姉ちゃんなんか怖い」
「怖い? 月乃が?」
「だってなんか一人で喋ってんだもん」
月乃が一人で喋ってる?
アタシたちは基本授与所と拝殿がある通りに立っている。さっきまで居たであろう場所に目を向けるも月乃の姿が見えない。周辺には居ないらしい。
道案内で付き添っている可能性もある。
けれど、この話を聞かされて道案内かトイレだとも思えない。
「少年、武甕槌の話は後でな」
アタシは直ぐに授与所へ向かう。
「はぁい。おみくじでもやっていきますぅ?」
「やらねぇ。それより月乃が一人で喋ってたって情報が入った。しかも姿が見えない」
「独り言を言う癖があったりぃ?」
「しない」
速攻で言い切れば衣笠から戯けた空気が抜ける。素早く授与所の受付窓から飛び出し、窓を閉めて取込み中の看板を立て掛けた。
鹿園がある方向へと走り出す衣笠の隣に並ぶ。
「やっぱり仕掛けてきたかぁ」
「相手が人間じゃないのは理解した。それでも見えないってのはどう言うことなんだ?」
「アイツの存在が弱々しいのと子供だったからかなぁ? 子供は認識があやふやなのよねぇ。見えないものが見える子も多いんだけどさぁ」
「全く見えない奴も居る、か」
見えてきた奥宮を右に曲がる。この先には要石があったはずだ。
鯰の頭を抑えていると説明を受けたけど、衣笠の様子からそれだけじゃないんだろう。何かあるならちゃんと言えよ瓶底宮司。
視線の先に目立つ金髪と高身長の男が見えた。
「あいつか?」
「みたいねぇ」
不思議なことに違和感がない。そもそもアタシのセンサーが反応しなかった。
妖怪なんかが近くに居れば感覚で分かるのに。現にアタシはあの男を普通の人間としか認識出来ていない。
けれど——そんなことはどうでも良い。
全身に力を込め、加速。月乃の手を取り、要石の上に置かれた台座に触れさせようとしている男の手を右腕で打ち上げるようにして振り払う。
「触んな——!」
そのまま後ろ回し蹴りを浴びせようとするも——避けられる。
出力上げまくった今のを回避出来る時点でこいつは普通の人間じゃない。
アタシが月乃の前に立ち、少しだけ遅れてきた衣笠が要石を守るように立つ。何処から取り出したのか分からない薙刀を持って。
「小娘一人ならだし抜けると思ったんだけどなー。まさか夜刀神の巫女まで居るとは思わなかったよー」
「残念でしたぁ。そもそもタメちゃん一人唆したところで要石をどうにか出来ないんじゃなぁい?」
「さぁ、どうだろうねー?」
黒髪で無駄に顔が良い男は余裕の表情で首を傾げる。殴りたくなる顔だ。
「取り敢えずぶっ飛ばせば良いか?」
「威勢が良いようだけど、出来るかな?」
「は? 余裕に決まってんだ——」
次の瞬間、見知らぬ男の姿が変化していく。高い身長が低くなり、髪は金。
それは今もアタシの真後ろに居る月乃と同じ姿だった。
怒りで拳に力が入る。
「お前……っ!」
「勿論私は人じゃない。ここで殺されたところで死なない。だけどこの体は人の体を完璧に再現したもの。果たして君たちは人を殺せるのかな?」
殺人の許可が降りた時、即座に目の前を殺せる人間は何人居るだろう。
しかも見た目は月乃。
そんな動けないアタシの横で動く人影。
刹那——偽月乃の胴体が真っ二つに斬れた。
血が出ることなく、偽月乃は元の男に戻る。
「敵なら殺せるに決まってるじゃなぁい」
薙刀を振り抜いた衣笠が宙を舞う上半身を見て不敵な笑みを浮かべる。
そうか。衣笠は躊躇がないのか。この神社に身を置いてるのも恐らく単純な戦闘要員なんだ。例え相手が親だとしても仲の良い人間だとしても罪に問われない敵となればきっと一瞬で殺せる。
味方でこれほどまでに頼もしい存在は居ないかもしれない。
そして斬り裂かれた男は謎に大笑いしながら霧散していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます