第32話「かのうせい」
午前中だけの始業式を終え、アタシは月乃と一緒にバイクを走らせる。
夏休み明け早々に月乃へ依頼が舞い込んできた。それがアタシでも手伝えることだと言うので学校終わりに月乃の後を追い、何処かに向かっている。
アタシに手伝えること……なら内容を言って欲しい。相手が月乃じゃなかったら内容知らずに手伝いに行くなんて絶対にしないからな?
ふと道路の周りに目を向けると注連縄ではないけど祭りの時に使われそうな細い縄が飾られていた。普段はこっちに来ないし、気にしてもなかったからそれが日常の景色なのかどうかは分からない。
ただ妙に町に活気がある気がする。
そして、つい最近に会長と走ったような海沿いの道をエンジンの鼓動と共に駆けて辿り着いた目的地。大きな鳥居の隣には同じく大きな石に名前が刻まれている。
ヘルメットを外し、その名前を声に出す。
「鹿島神社……?」
月乃が何でも屋と化してるとは言え窓口は恋愛代行サービス。
まだ待ち合わせ場所が偶然ここだった可能性もある。けどそうじゃないなら常陸島最大規模の神社がそんな窓口から月乃に依頼したのか。なんで?
バイクを近くの駐車場に停め、鳥居を潜り、境内へ。
「待ち合わせ場所って訳じゃないのか?」
「うん。ちゃんと鹿島神社の一番偉い……神主さん? から依頼が来た」
「神社で一番偉いのは宮司」
「そっか。流石は神社の孫!」
「大した知識じゃねぇよ」
想像以上に褒めて持ち上げてくるのが恥ずかしくてそう返す。
「それにしても恋愛代行サービスを熟知してる宮司……大丈夫か?」
「それじゃまるで利用者が大丈夫じゃないみたいじゃん! ……大丈夫じゃない人も稀に、稀に居るけど皆んな良い人だよ」
「アタシが蹴り飛ばしたあいつは大丈夫じゃなさそうだったな。まあ、何処の界隈にも変な奴は居るわな」
「そうそう! 何々だから悪ってことはないんだよ」
月乃が腕を組んでこれでもかと頷いている。
おばちゃんの店で月乃が話していた相手は久々に話す娘との予行演習として使ってたっけ。デート体験をしてみたいと思う客も居れば、既に愛する誰かを喜ばせたい一心で月乃を頼る客も居る。
後者だと思えば宮司が月乃を頼っても変じゃないか。そもそも何でも屋になってる月乃がちょっと特殊だったな。
月乃は木々で日陰になった参道を歩きながらあたりを物珍しそうに見渡す。
参道の両脇には沢山の名前が書かれた木札。
「芳名って何?」
「神社への出資者の名前ってところか? アタシも詳しくは知らない」
「神社の孫しっかりー!」
「大した知識はねぇんだよ。引っ越してから一年しか経ってないからなー?」
そんなアタシたちの会話も周りの喧騒と雑踏に飲まれてしまう。
静かな雰囲気がある神社でこれだけ騒いでいると注目を浴びたりもする。でも鹿島ほどの大規模神社ならさほど珍しくはないらしい。帷神社と比べて参拝客の数が違い過ぎる。
赤く染まる楼門がアタシたちを跨ぎ、見知った神社の景色が広がる。
「授与所に拝殿……それで依頼主は何処に居るんだ?」
「こっちこっち、御守りが貰える場所の後ろにあるシャムショが集合場所になってるの」
「社務所か。境内で落ち着けるのはそこしかないよな」
二人で社務所に足を運び、近くに居た巫女さんに月乃が事情を説明すると社務所のとある一室に通された。畳張りであるのは押し入れだけの殺風景な部屋。
月乃が正座し、アタシは胡座で宮司を待つ。
「修学旅行の旅館みたいだね」
「寧ろ臨時の寝室にしか感じない。何の為にあるんだこの部屋」
雰囲気に呑まれてなのか何故か小さい声で話しかけてくる月乃に合わせてヒソヒソ話をしていると足音が近付いてきた。襖を開けて入ってきたのはキノコみたいな黒髪に丸い眼鏡を掛けた和服の男。歳は四十手前くらいに見える。
「初めまして。ワタシが鹿島神社の管理人——
「っ……!?」
優しく微笑んで自己紹介をしてきた宮司。
なのに頭から爪先まで全身を駆け抜ける嫌な感覚。身の毛がよだち、胡座から素早く片膝立ちに切り替える。
何だこいつ……只者じゃねぇぞ。
もしもを考慮し、何時でも反撃出来るように右手に力を入れる。
「えっ? ソヨ?」
「これは……まさか過ぎるお客様ですね。別に何もしませんので警戒しないで下さい。初対面の相手にされるにはかなり悲しい反応ですよそれは」
一瞬だけ面食らった宮司は開いた両手を顔の横に運ぶ。何もしない、と仕草でも表している。嘘ではないみたいだ。
アタシは姿勢を戻し、頭を下げる。
「すんません」
「怒ってないので顔を上げて下さい。ふむ……気取られてしまうとはワタシもまだまだですね」
「えっと……何の話を?」
取り残された月乃がアタシと宮司の顔を交互に見る。
宮司はその場に正座し、再び笑顔を作った。
「まずは自己紹介から始めますか。繰り返しますが、ワタシが鹿島神社の宮司をしている金本光です。この度は、そしてこれからも鹿島神社を宜しくお願い致します」
「
そう言えば名乗りを聞くのは初めてだ。本名では出来ないらしく苗字を変えている。この島の広さでは芸名を名乗ったところで特定するのは容易だろうけど。
「そしてこちらが手伝いを頼んだ——」
アタシの番。正座した状態で背筋を伸ばす。
「梵心優です」
「為我井君も梵君も来てくれて助かります。そんなに畏まらなくて大丈夫なのでフランクに行きましょう」
「あの、じゃあソヨが臨戦態勢になったのって? 気取られたって言ってましたけど」
「この瓶底宮司マジツヨだぞ」
「ちょっ!? 失礼過ぎない!?」
「瓶底程は厚くないか」
「そこじゃない! 呼び方呼び方!」
だって瓶底宮司がフランクで良いと言うんだから良いだろう。
呼ばれた張本人も嬉しそうだ。噛み締めるように何度も頷いている姿が纏うオーラと真逆過ぎて気持ち悪い。
「それくらいが良いですよ。どうしても神社と言うと厳かな印象ですから。宮司に気安い愛称があれば子供たちには良い影響があると思ってます」
「そうなんですか……」
ある程度のラインはあると思うけど、子供に格式ばっかり求めても嫌がられるだけだ。なるべく神社と言う場所の裾野を広げ、礼儀作法は後からでも良い、と瓶底宮司は思ってるのだろう。
神社の規模が違うとは言え、過去の功績に対して帷神社はあんなだし。
「それで梵君が警戒した理由ですが、ワタシは剣を主軸に修行を積んでいるのでその雰囲気を悟られてしまったのですよ。怖がられても嫌なので隠すようにしてます」
「へぇ……全然分からなかった。凄いねソヨ」
「凄いも何も……正直怖さすら感じる。この神社の神職が束になっても余裕だけど、瓶底宮司はアタシが本気出してもどうなるか分からねぇ」
「はっはっは! 流石に夜刀神の巫女相手に勝てるほど強くありませんよ!」
嘘吐き野郎め。少なくともアタシが見てきた中で一番の実力者だ。
一般人に悟らせてないのも含めて相当な研鑽を積んでいるに違いなかった。
「さてさて、自己紹介はこの辺りで。頼みたい依頼と言うのはそこまで難しい話じゃありません。要するに店番です」
「店番? 神社から人が居なくなるのか?」
「はい。今日から御船祭が始まります。明日と明後日含めて三日間開催です」
御船祭は初めて聞く祭りの名前だ。察した瓶底宮司が解説してくれる。
一日目の午後に町を歩き、翌日には船を使って決められた水路を通り、最後は神輿が鹿島神社に帰ってくる。そんな超大規模祭りらしい。
夏休み明けの今日が金曜で明日明後日が土日で休みだったから月乃は快く引き受けたと言う。時間帯的にはぴったりでしかない。
「神社総出でやらないといけない祭りとは豪華な祭りだな」
「いいえ。別に全員じゃなくても大丈夫ですよ。今まではワタシが不在でも巫女たちに任せていましたから」
「はぁ? じゃあなんで今年は総出なんだよ」
「巫女たちから苦情がありまして……神に仕える身として斎行に同行出来ないのは嫌だと言うんです。と言う訳で今年は全員参加でやることにしました」
「それで神社を空けている間は見張りが必要ってことか」
「神社には凄い宝物が一杯あるらしいからちゃんとやらなきゃね!」
月乃が明るく元気に意気込むのを見た瓶底宮司は「頼もしい」と頷いている。
手伝いをすると言ったからには中途半端では済まされない。アタシも気合を入れるとしよう。
「盗人が来ようが化物が来ようが全員追い返してやるよ」
それにしても依頼内容がこれなら何故月乃は教えてくれなかったんだ?
特に隠すようなことでもないと思うけど……嫌な予感がする。
瓶底宮司が押し入れを開け、ごそごそと漁り、それなりの大きさの箱を引っ張り出した。その中から出てきたのは白と赤の布。アタシも良く知ってるあの服。
「では、こちらに着替えて貰います。今日から三日間、宜しくお願いしますね。お二方」
月乃はそれはもう期待に満ち溢れた目でアタシを見てくる。そこまでして見たいかアタシの巫女服姿を。
確かにアタシは好き好んで帷神社の巫女服なんて着ない。でも止むを得ない事情や月乃が着てくれと言うのなら普通に着るくらいには抵抗がない。
まさか自分の家とは違う神社で初めて袖を通すことになるとは思わなんだ。
これ怒られねぇ?
次に会った時、あのご先祖様絶対面倒臭い絡み方してくるぞ?
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