第30話「かぜをかんじて」


 連絡が来たのはつい先日。会長と海鮮丼を食べている時だった。

 夏休みラスト二日の三十日に朝早くからバイクを走らせ、一度は太陽を乗せてきた月乃の家までやってくる。

 見慣れている月乃のバイクの隣に停め、チャイムを鳴らす。

 すると騒がしくない素早い足音がドアの外まで聞こえてきて、あっという間に玄関のドアが開いた。

 

 「おはよっ!」

 「おはよーさん」


 家から出てきたのは金髪に戻った月乃。やっぱり金髪がしっくりくる。

 涼しげな色合いの服は可愛らしさを全開に押し出したような印象で、それが空回りすることなくピッタリと月乃にハマっている。

 顔を出した月乃は爪先で地面を叩き、靴を踵まですっぽりと履いた。

 家で遊ぶと言っていたのにまるで今から外に出るような様子だ。


 「今日は家で何かするんじゃなかったっけ?」

 「そうだよ? さあ! 買い出しに行くとしよう!」

 「買い出し? ちょっと待ってくれ、荷物だけ」


 大した物が入ってないリュックを玄関から中に放り投げた。

 ガレージとは逆方向に歩き出す月乃の隣に並んで歩く。膝まであるスカートが跳ねる足に合わせてふわりふわりと待っている。相当ご機嫌みたいだ。

 

 「楽しそうだな」

 「そりゃもう! そう言うソヨの頬も緩んでるぞー?」

 「当たり前だろ。だって月乃と一緒にお泊まり会なんて楽しいに決まってる」

 

 会長のアドバイス通り自分の好き勝手やってやる。

 それが悪口じゃなければ思ったことを素直に口にしてみよう。

 

 「そう、だよね! 楽しい時間にしよっ!」

 「きっと楽しい時間になる。難しいこと考えずに行こうぜ」

 「うん!」


 そうして歩いていれば直ぐにスーパーに着いた。バイクは買い物の運搬には向いていないけど、この距離なら歩きで十分だ。かなり良い立地に家を建てている。

 月乃の両親の経歴を考えれば不思議じゃないか。金はあるだろうし。

 それはともかく。


 「なんか新鮮」


 スーパーの方が安いのは分かってるのに基本コンビニで済ませてしまう。

 カゴを乗せたカートを押す月乃も幅広い年齢層の客が集まるこの景色も目新しく思える。前までなら周りの景色なんか目も向けずに買い物だけ終わらせておさらばしてたから当然と言えば当然だけど。

 楽しそうな親子も居れば、あれ欲しいこれ欲しいと愚図つく子供と困り果てる親も居る。海鮮売り場では謎の魚の歌。全体的に賑やかな雰囲気。


 「ソヨは何飲む?」

 「ジンジャーエールとミックスジュースがあれば良いかな。温ったかいお茶も飲みたいかも」

 「お茶っ葉は家にあるからもーまんたい!」


 月乃はそう言いながら大きいペットボトルのジンジャーエールと紙パックのミックスジュースをカゴに入れる。


 「飲み物はこれだけあれば十分かな。後はお菓子だけど……お昼ご飯とかどうしよっか? 出前にしちゃう?」

 「折角なら作っちゃうか? 昼は月乃、夜はアタシで」

 「アリ! それならさ、何作るか分かっちゃっても面白くないからソヨはソヨで買って来てよ!」

 「お菓子のチョイスは月乃に任せる。じゃあまた店の外で」

 「ふふふ、任された!」


 月乃と別れたアタシは道中でカゴを手にして真っ先に肉コーナーへ。

 こんな日だから贅沢して和牛でも良いか。なんて思いはしたけど、どの和牛も脂身部分が多い。脂が多過ぎると一口目は最高に美味しいのだけれど、後半へ行けば行くほど腹が厳しくなってくる。

 言ってもスーパーの品揃えだから仕方ないか。

 アタシはそもそも国産も海外産もそこまで気にしない。素人の目利きで良さそうなステーキ肉をカゴに入れ、お次は調味料のターン。

 超が付くほど万能でアタシが大好きな最強の調味料を探し出す。

 これさえあれば何も要らないくらいの調味料。だけど、肉となるとついつい手が伸びてしまう物がある。


 「これは……流石に辞めとくか」


 それは生ニンニクのチューブ。

 焼肉もラーメンもほぼ確実に使いたくなる。

 いや、でも折角月乃とのお泊まり会がニンニク臭で満たされるのは勘弁だな。

 箱をソッと戻してレジに向かう途中、スイーツコーナーで足が止まる。ショートケーキや色んな洋菓子が置いてある。

 カープケーキじゃなくても月乃は喜ぶだろう。

 前はショートケーキだったから今回は……これにしてみよう。

 ケーキを一つカゴに入れ、アタシは会計に向かった。



 買い物を済ませて戻ってきた影山家。両親の経歴の割にこれと言って豪邸と言う訳でもなく、内装も至って普通。普通じゃないのは家の至る所にトロフィーだったり賞状だったり盾が飾られていることだろうか。

 これだけ活躍してたのに周りにバレてないのが凄い。何処まで徹底してんだ。

 アタシたちはリビングのテーブルに買い物袋を雑に置き、冷蔵が必要な物をアタシと月乃が順番に冷蔵庫に入れる。

 

 「ふぅ……これで準備は完了。部屋もキンキンに冷えてる」

 「それで? 會澤も綾人も居ない二人きりで何をするんだ?」

 

 家に誘われはしたものの、目的は聞いてない。

 月乃は「ふっふっふ」と不気味で可愛い声を発しながらリビングのカーテンを勢い良く閉め——ようとして途中でレールが引っ掛かった。

 色んな意味で締まらないのが月乃っぽい。

 気を取り直し、カーテンを閉めて部屋の電気を暗くした月乃はテレビの電源を入れる。画面に表示されているのはとある特撮のサブスクサイト。

 

 「それはもう好きな作品鑑賞会に決まってるじゃん! 最高の休日じゃない!?」

 「それはもう最高でしかねぇな! 見ようぜ見ようぜ!」


 二人でソファに勢い良く飛び乗り、月乃がぽちぽちとリモコンで操作する。

 

 「ってか、なんで特撮?」

 

 てっきりアニメが来ると思っていた。

 光の巨人が出てくる特撮作品は小学生の時に一作品を見たっ切りだ。正直記憶もあやふやなところがある。


 「私が好きって言うのが一番の理由。後はほら、こう見てみるとソヨの境遇が似てると思わない? 防衛隊の人だったり一般人が突然凄い力を手に入れる流れ」

 「魔法とか特異体質とか今じゃそんな流れも珍しくないよな」

 

 最近はフィクションだったはずのものがフィクションじゃなくなってきている。

 

 「それでね。ホノちゃんに勧められてからずっと見てなかった昔のタイトルをやっと見て。もうこれがすっごく良くて! 布教した過ぎて三分でしか行動出来なくなるところだった!」

 「ははは! なんだそりゃ!」


 意味の分からないことを口走る月乃に笑ってしまう。

 こんなに絶賛されたらどんなものなのか気になる。


 「一話が二十五分だとして二十五話だと大体十時間くらいか? 一気に駆け抜けてやるとしようじゃないか!」

 「おっけい! じゃあレッツゴー!」


 氷の入ったタンブラーにジュースを注ぎ、鑑賞会が始まる。

 始まりはシリーズを見てなくても分かる定番の流れ。巨大な怪獣が出現し、主人公が偶然か必然か光の巨人になれるアイテムを手にして戦うと言うもの。

 意外だったのは変身出来る主人公が二人の兄弟であること。

 しかも防衛隊のような組織が存在していない。主人公たちも完全に一般人で、五話まで見て主人公たち以外の人間側勢力が出てきてない。この後もずっと出てこないのだろう。

 特別な力を手に入れた人間がヒーローになるべく奮闘する姿は心を打たれる。

 同じ力を持っているのが兄弟であるからこそ意見の食い違いがあったり、既に物語に引き込まれている。次が気になると思った矢先に部屋の電気が明るくなった。

 

 「一旦お昼休憩と言うことで!」

 「あーもうそんな時間か」


 スマホで時計を見たら正午を回っていた。

 カーテンで日差しが遮られ、電気も暗くなっていると時間感覚を忘れて没頭出来るのが良い。映画を見ているみたいな感覚だ。

 尤も、時間感覚が飛ぶのはそれほど夢中になれる作品ってことだ。

 座ったままジンジャーエールで喉を潤す。その隣で月乃は立ち上がり、ただでさえ短い髪の毛を後ろで適当に結んで台所へ。

 予定通りに月乃が昼食を作り始める。


 「五話まで見ての感想はー?」

 「面白いし、好きだ。コメディチックな描写が多い割に深くまで見てみるとシリアスって言うか……とにかく良い」

 「二話でソヨが言ってたのと似たような台詞が出てきた時は驚いちゃった」

 「正体を明かしたら負けられなくなるってやつか」

 「二周目でも楽しい。くっ、あれもこれも言いたいのに我慢しなきゃいけないのがちょっと辛い!」

 「ネタバレは勘弁してくれよー?」

 「それは絶対にしない!」


 台所とソファで五話までの感想を繰り広げ、やがて昼食を作り終えた月乃が二人分の皿を手にやってくる。皿の上に乗っているのは黄色と赤の二色で彩られた料理。

 

 「じゃじゃーん! 私特製オムライス! 召し上がれー!」

 「何かアタシのだけケチャップぐっちゃぐちゃなんだけど?」

 

 月乃の方は綺麗な三日月が描かれているのにアタシの方はジャムのようにケチャップが塗りたくられている。


 「あ、えっと、その、上手く描けなくて!」

 「失敗したからこうなったのか。別に良いけどさ」


 月乃の手料理が食べられるってだけで最高だ。

 スプーンで端っこを崩してご飯と一緒に食べるアタシを隣の月乃が見つめてくる。


 「ど、どう?」

 「ん、美味い。これ中のご飯チキンライスじゃないのか」

 「うん! バターライスにしてあるんだよねー!」

 「こっちの方がアタシは好きかも」

 「やったぁ! じゃあ続きを見るとしよっか!」


 左手で何度もガッツポーズをしながら電気を暗くし、再生ボタンを押す月乃。

 そんなに嬉しいか? ほんと見てて飽きない反応をしてくれる。

 それから二人で残りの話数を一気に駆け抜けた。

 後半パートからは新たなキャラが出てきた。古き友を枕詞に偉人の名言を引用するキャラで、そこで初めて会長の言葉の答え合わせ。

 会長のお勧め作品とは言ってたけど、あれはここからの引用だったのか。

 特撮とか見るんだな。意外過ぎる。

 ストーリーとしては悲しい別れがありつつも最後はハッピーエンド。苦い結末の話も嫌いじゃないけど、やっぱりハッピーな結末は心に優しい。

 

 「ふぅ……もう九時過ぎちゃったね」

 「止まらなくなっちったな。面白かった。アニメとは違った生の人が動いて演じる良さがあって……」

 

 好きな漫画がアニメ化された時もこうして特撮を見た時も画面の向こうに間違いなくキャラが存在してると感じられる。役者の人たちは本当に凄いと思う。

 ずっと続いて欲しい気持ちと綺麗に話が完結して嬉しい気持ちが鬩ぎ合う。

 本編の余韻に浸る横で食い散らかしたお菓子を月乃が片付けている。


 「残すは劇場版」

 「その前に遅めの夕食。ホットサンドメーカーあったりするか?」

 「あるよ? 他に必要な物ある?」

 「ガスコンロ」

 「分かったー」


 そうして台所ではなくソファ前のテーブルにそれらを揃えたら準備完了。

 冷蔵庫から取り出したステーキ肉に切り込みを入れ、調味料を振り掛ける。熱したホットサンドメーカーに油を敷き、そこへ肉をぶち込んで蓋をした。

 肉の焼ける音が楽しい円舞曲のように鳴り響く。


 「うわあああ! 何その焼き方! 初めて見た!」

 「美味そうだろー? 気分的にも最高だからなこれ!」

 

 アタシは焼いてる時間を使ってご飯を盛る。まずは月乃の分。

 

 「さぁ、先に食べてみ。どうせアタシのも直ぐ焼き上がる」

 「うん! いっただきまーす!」


 月乃が切り分けもせずステーキに齧り付き、目を大きく開く。


 「美味しいぃいい! こう言う料理も良いねぇ……!」

 「良いだろ? じゃあ食べながら映画も見るとするかー!」

 

 次はアタシが再生ボタンを押して劇場版が始まる。

 劇場版のテーマは所謂『夢』や『将来』への葛藤。本編でも掲げられていた家族の絆と絡ませたような話だった。

 思えば死のうと思って辞めたあの日から目標なんて持たずにただ好きなことだけして生きてきた。将来、アタシはどうなりたいんだろう。

 そう考える隣で月乃が嬉しそうに感想を求めてくる。


 「どうだった?」

 「すっげぇ面白かった」

 「でしょでしょ!」

 「特にヒロインが可愛くて好きだ」

 

 争いごとを好まず「ハッピー」が口癖で信条のあの明るさは印象に残る。


 「むぅ……そうなんだ」

 「月乃見てるみたいでさ。アタシが今こうしてハッピーな気持ちで居られるのも月乃のおかげだよ」


 欲望に忠実に。思ったことをそのまま口にする。

 

 「そ、そうなんだ? それは嬉しいな! なんか照れるなぁ!」

 「どうしたどうした? 何か変だぞ?」

 「そんなことないよ。これが普通っ!」

 

 そうだ。普通だ。無駄に月乃がアタシに対して特別な好意を持っているなんて勘違いしちゃいけない。古き友も言っていた。期待はあらゆる苦悩の元だって。

 でも月乃で感じた苦悩も辛さも全部月乃が笑うだけで解決するのだから不思議だ。

 そして最後のデザートと言うことでアタシは冷蔵庫の中から買ってきたチーズケーキを渡す。

 すると月乃も三色団子のパックを取り出していた。


 「「あ」」


 二人で声を重ねる。


 「考えること一緒かよ」

 「みたい、だね? えへへ」


 笑い合い、ソファに並んでお互いがお互いの為に買ってきたデザートを口へと運ぶ。三色団子だから特段これと言った味はしないけど、それが好きだ。

 隣で月乃もチーズケーキを美味しそうに食べている。

 嫌いじゃなかったようで良かった。


 「なんであの二人は戦おうと思えたんだろうな」

 「うーん、やっぱりあの町が好きだったからじゃないかな? 好きで守りたいものがあるからこそ、批判されたりしても戦えたんだと思う」

 「守りたいもの……か」


 アタシはずっと心を閉ざしていた。守りたいものと言えば月乃や友達、おっさんたちだけで、この島のことはほぼ何も知らない。

 将来も夢もまだ分からない。

 でも月乃の笑顔を守りたい。

 月乃が好きな常陸島のことをもっと知りたい。

 ヒーローが何なのか。アタシは分からない。

 けれど、この力で月乃が笑ってくれるなら。皆んながハッピーになってくれるならヒーローを目指してみても良いかもしれない。


 「アタシもヒーローになれるかな。全力を掛けてでも守りたいと思えるほど常陸島を好きになれるかな」

 

 そう言ったアタシの右肩にコトンと月乃の頭が乗っかった。


 「なれるよ。だってソヨは私にとってヒーローなんだもん。常陸島のことだって好きになろうって気持ちがあればきっと好きになれる箇所があるはず——」

 「月乃?」

 「——すぅ……すぅ……」


 月乃の頭はアタシの太ももまで滑り落ち、そのまま寝てしまった。

 今日一日ずっと画面に張り付きっぱなしだったもんな。アタシも眠くなってきちゃったよ。

 欠伸をしながら月乃の寝顔を見下ろす。

 今なら悪戯してもバレないだろうか。キスしてもバレないかな?


 「いや、駄目駄目!」


 ほんの気の迷いで今の関係が壊れるのは御免だ。

 それに家にはアタシと月乃の二人だけ。今、手を出したら歯止めが効かなくなりそうに思えた。

 アタシだけ欲望を満たしてハッピーじゃ意味がないんだ。

 だから今は求めていた普通の日常から溢れるハッピーを噛み締めて寝よう。

 また明日もハッピーな一日を送れることを願って。

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