後編『まっさらな信頼』

第29話「まよいうた」


 夏の日差しの下、海岸沿いを新しいバイクで走る。

 Vツインは騒がしくなく、耳が落ち着く音を出してくれる。前を走る会長もV型じゃないけど同じ二気筒エンジンで似たような音が吹かせていた。

 ヤトノ祭りが終わり、夏休みにも終わりが迫っている。

 そんな中、アタシは会長をツーリングに連れ出した。暇していたのもある。でも一番の理由は相談したいことがあったからだ。

 夏の海。大量の車が停められている駐車場が目に入り、それと同時に会長がウインカーを出してその駐車場に。

 アタシも会長の後に続き、バイクを停め、降りる。

 

 「あっちぃ……」


 ヘルメットとライディングジャケットをバイクに引っ掛ける。

 隣で半袖の会長がチンガードを上に押し上げ、すんなりとヘルメットを脱いだ。長い髪を一本に縛り、小さく息を吐いている。

 良くもまあ半袖でバイクに乗れるもんだ。


 「システムヘルメットとはまた珍しいのを選んだな」

 「脱着が楽で全部を守れるタイプでしたので」

  

 それが理由ならジェットヘルや半キャップじゃないのは頷ける。


 「悪かったな会長。夏休み終わりに連れ出しちまって」

 「どうして謝るのですか」

 「はっ?」


 怒るような口調で言われ、煙草を取り出す手が止まった。


 「屋上の時は分かります。生徒会長である私を屋上に呼んだのですから。ですが今日は違うでしょう? 梵さんがツーリングに行かないか、と誘ったんです」

 「そう……だな」

 「私は別に同情の気持ちで来た訳ではありません。私が梵さんとツーリングしたいから来たのです。私の時間を奪ってしまったなんて思考を抱かれるのは不快ですね」

 「あぁ、悪い」

 「梵さんの過去の話を鑑みれば分からなくはないですが。直した方が良いですよ」


 どうやらアタシは知らず知らずの内に不安になっていたようだ。

 嫌われたくない気持ちが強くて謙り過ぎてたのか。月乃マインドを見習って裏切られても良いと意気込んだのにこれか……切り替えろアタシ。

 謙遜も必要以上になれば腹が立つのは知ってる。少なくとも月乃たちと接する時こそ気を付けよう。

 アタシが煙草を取り出せば会長も寄越せと言いたげな目を向けてきた。

 

 「こんなところでバレても知らねぇぞ」

 「その見た目の梵さんが言いますか。どうせ制服着てなきゃ年齢なんて分かりませんよ」

 

 なるべく周りの目には気を付けてるけどアタシもバレたことない。

 仕方がないので煙草を一本渡して火を付けてやる。


 「元ヤン生徒会長め」

 「ギャップ萌えと言うんですよ」

 「何がギャップ萌えだ。学校じゃそんな素振り見せない癖に」

 「これ偶にやると會澤さんが喜びます」

 「琴線が多いからな會澤は」


 自分の好きな奴らがする行動ならライン越えさえしなければ大体悶えるだろう。

 会長と煙草を吹かし、夏真っ只中の海で泳ぐパリピな奴らを遠目から見る。こんがりと焼けたマッチョマンや白い肌の女たちが子どものようにはしゃいでいる。

 泳いだり、サーフィンをしたり、夏休み終わりなのもあってか大人が多い。

 

 「この景色を馬鹿にするようにはなりたくないな」

 「そうですね。他人の悲劇は退屈になりますからせめて喜劇は喜べる人間でありたいです」

 「誰の台詞だ?」

 「古き友ですよ。そのうち分かります」

 「なんだそれ」


 煙草を灰皿に押し潰し、階段を降りて砂浜へ。

 サクサクと気持ちの良い感触が靴に伝わってくる。裸足で歩いてみたいけど、熱いし、砂まみれになったら帰る時に面倒臭くなる。また今度にしよう。

 

 「バイク楽しんでるかー?」

 「勿論です。特に不調もなく、元気ですよ」

 「そりゃ良かった。不調があったらおっさんに診て貰え」

 「梵さんもバイクが変わりましたね。見た目は前のと似てますが」

 「後付け外装だ。あのバイクの見た目が好きだからな。最近の車体の方が乗り易いのは間違いないから最高だぜー?」

 

 旧車に乗る優越感はない。アタシはただ好きなバイクを乗るだけだ。

 本当なら一番乗りたいバイクがあったけれど、足付きの関係で今のバイクに落ち着くことになった。身長だけは綾人が羨ましいと思う。

 乗り易くて、高性能、見た目は好きなものに近付けた。これ以上はない。

 得意げに鼻を鳴らすと会長はちっちっち、と指を振る。


 「敢えてあの古臭さが良いんですよ。それに私の推しキャラと一緒です」

 「漫画とか読むのか」

 「高校受験の息抜きに読んでましたよ。全部影山さんと會澤さんのお薦めでしたね。最近はヤンキー漫画ばっかりです」

 「アタシは湘南で大暴れする二人組のやつが好き」

 「分かる! やっと出会えた同じ作品を好きな人に! 本当にあの昭和ヤンキーの格好良さが全部詰まった上にギャグも展開も何もかもが好きで——!」

 「それはそう! まさか会長が読んでるとは思わなかった!」


 興奮のあまり敬語が抜け落ちた会長と漫画語りを繰り広げる。

 炎天下の砂上であることすら頭から抜け落ち、気が付いた時には汗だくになっていた。お互いに顔を見合わせ、同時に海の家に視線を移す。

 

 「話すならあっち行きましょうか」

 「もうちょっと早く気付くべきだったな……あっつ……」


 そうしてアタシがミックスジュースを、会長がレモンのかき氷を買い、パラソルの下のベンチに座って一休み。本当になんで今まで立ち話してたんだろ。

 

 「海を見ながらのんびりも悪くない」

 「自分のバイクで来たからこそかもしれませんね。影山さんは何か用事でも?」

 「誘った前提で話を進めるのな」


 まあ、誘ったけど。


 「今日は髪の毛を染めに行くんだとさ」

 「そうでしたか。お祭り仕様の黒髪があれで見納めなら寂しいですね」

 「写真は一緒に撮っただろ?」

 「実物の良さに勝るものはありませんよ」

 「分かる。でもアタシは金髪も好きだな。あれでこそ月乃って感じがする」


 期間限定だからこその良さもある。

 黒髪浴衣姿の月乃を思い出しながらミックスジュースを口に含み、


 「……惚れましたね?」

 「ぶっ——!」


 含んだ分全部吹き出した。


 「な、な、な!?」

 「凄く分かり易いですよ。だって花火の時、花火じゃなくてずっと影山さんの顔ガン見してたではないですか。めっちゃメスの顔してましたよ」

 「表現を少しは考えろよ元ヤン女」


 誠意のない声色で「ごめんなさい」を繰り返す会長。

 顔の熱さが全て吹き飛んだから一応会長なりにアタシを気遣っての言葉選びなんだろう。

 それでもすっげぇ笑ってんのが腹立たしいけど。


 「つまりは恋愛相談と言うことですね?」

 「まぁ……そんな感じ」

 「相談と言うことは好きだから告白! ってノリにはなれてないのですね?」

 「だって失敗したら関係性が壊れるじゃんか……そんなの嫌だ」


 一度はほぼ諦めかけていた人間関係の構築。

 それを復活させてくれたのが月乃で、會澤や綾人、会長ともこうして良い関係を築けている。

 誰かに告白、なんて経験はない。けど今まで見てきた奴らで告白失敗後もその相手と良い関係を続けている奴は本当に少ない。

 

 「そうですね……別に告白しなくても良いんじゃないですか? 今の関係のままでも問題はないでしょう」

 「だよなぁ」

 「まあでもそうなると将来影山さんが誰かと恋仲になる可能性があります」


 スプーンストローでしゃくしゃくかき氷を混ぜながら会長が言う。

 どん底で胡座をかいてたアタシを引っ張り上げてオトした月乃だ。あのルックスと性格は間違いなくモテる。優し過ぎるのが表裏一体の長所短所だろうか。

 相手がどんな奴かは分からないけど恋人が出来るのも時間の問題だと思える。


 「そして体の関係にまで進むこともあるでしょうね」

 「……」

 「その殺意が出るなら告白しては? 二の足踏んでBSSよりは諦めが付くと思いますけど?」

 「そう言われて、はいやりますとはならねぇんだよな……」


 ミックスジュースをストローで吸う。視線の先には楽しそうなカップル。

 仮に成立したとしてアタシは月乃の重荷にならないだろうか。


 「好きと言っても色々ありますから気持ちの決断を焦る必要はないと思います。やらない後悔よりやる後悔なんて言葉がありますが、後悔しない選択をするのが大切ですよ」

 「それも古き友が言ってたのか?」

 「いいえ、梵心優の今の友の言葉です」

 

 してやったり、と言わんばかりに黄色くなった舌を出す。

 引用してばっかりだと思うなってことか?


 「友の助言なら心に留めておかないとな」

 

 笑顔で返せば会長は「それと」と言葉を付け加える。


 「影山さんもその傾向がありますが、梵さんは相手の気持ちに立ち過ぎなんですよ。誰かの為に、じゃなくて自分の為に行動してみれば良いんじゃないですか?」

 「アタシの為に?」


 つまり月乃がどうしたら喜んでくれるのか——じゃなくてアタシが月乃と一緒に居て楽しめることをしろと?

 

 「何か思い付きませんか?」

 「うーん……ツーリングは外せねぇ。また音楽活動も悪くない。お互いに好きな作品勧めて鑑賞会もしてみたい」


 アタシの好きな作品を布教したい。

 逆に月乃の好きな作品がどんなものなのか気になりもする。

 どれもこれも楽しそうだと心を弾ませつつ頭をフル回転させていたら隣でクスクスと会長が笑い始めた。


 「恋は盲目と言った人は天才ですね」

 「何がだよ」

 「気付きませんか? どれをやっても影山さんは喜ぶじゃあないですか」

 「言われてみれば……あいつ分かりやすいからな……」


 アタシの為に行動する。ひとりぼっちの時にずっとやってきたことだ。

 そしてそれでも月乃は飛び込んできた。煙草も吸い続けてるのに月乃も會澤たちも別に離れたりはしない。

 なら、今だってアタシの欲望に忠実でも大丈夫なのかもしれない。


 「さて、そんなこんなで梵さんは今から何かしたいことは?」

 「腹減った。海鮮食べてぇ」

 「では近くに良いお店を知っていますよ。行きましょうか」

 「だな!」


 カップを捨てて、バイクに向かって歩き出そうとすると。

 

 「なぁなぁ姉ちゃん。俺らと遊ばね?」

 「えっ、あっと、その」

 「良いじゃんよ。きっと楽しいぜ」

 

 柄の悪い男連中に絡まれている女と目が合った。どうすれば良いのか分からない目で「助けて」と訴えているようにも見える。

 

 「どうします?」

 「放ったらかしで飯行っても不味くなりそうだ」

 「平和的な解決を目指しましょうか」

 「食事前の運動になったらラッキーかもな」


 アタシほどの美人と輩共も本望だろうよ。

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