第28話「きぼうのかねがなるあさに」


 「會澤もバッチリ決めてるけど綾人のベストマッチ感すっげぇなー」

 「ふふふ、正直自分のコーデの五億倍は力入れた」

 「オタク、倍率ぶっ飛びがち。まあでも見れば分かる」


 つぶあんのたい焼きを齧りながら綾人を見る。

 帯以外は黒と白だけのモノトーンカラーで彩られた浴衣が綾人の中性的な顔立ちのクールさを際立たせている。その一方で、短い髪に上手い具合に可愛く見せるようなアレンジが施されているので格好良いだけで収まらないようにしてあるらしい。

 この為にずっと前から構成を考えていました。そんな出来栄えだ。

 綾人だと気付ける奴らは何人居るのやら。本人は気付かれたくないだろうけど。


 「なんか下半身スースーするんだけど!? これ変じゃない!?」

 「大丈夫大丈夫! へーきだって! ちゃんと似合ってんぞ!」

 「なんと下着まで女の子仕様になっておりますので」

 「そこは許してやれば良かったんじゃないのか……? アタシらと違ってぶら下がってるものもあるんだし」


 予想外過ぎる會澤の徹底振りに苦笑いが出る。

 初の浴衣とメイクに綾人も最初は恥ずかしがっていたけど、嫌がっているようには見えず、段々と周りの目を気にしなくなった。

 相当ぶっ飛んでなければ赤の他人の服装なんて気にしないからな。祭りの日に浴衣を着ている奴が居て誰が奇異の目を向けるんだ。今の綾人に向けられている目があるとすればそれはきっと良いもののはずだ。

 

 「あ、皆んな! 山車が来るよ!」

 「待って、じゃあ混むじゃん。わたし何か買ってくる」

 「僕も! お好み焼き食べたい!」

 「アタシはここで待ってるからでっかいりんご飴欲しい」

 「私は牛串!」

 「わたしが梵さんのも買うからアヤは月乃のよろしく!」

 「任された!」


 山車と一緒に大量の人が流れ込んでくる中で個別に買い物は面倒だ。

 二人が手早く屋台を周り、動かずに待っていたアタシたちのところへと戻ってくる。四人で山車の邪魔にならない路肩へ寄り、目を向け、耳を傾ける。

 ヤトノ祭りで使われる山車は二つ。

 角が生えた白い蛇が最上段に乗った山車と天狗が乗った山車。

 今はその二つの山車が一箇所に集中する時間で、自ずと人々も集中する。

 

 「小さい頃は山車なんか全く興味なかったな」

 「私も」

 「月乃は屋台に夢中だもんね。今も昔も」

 「最近は違うけど!? ちょっとくらいは山車も良いなって思うよ。音楽聞いてる感覚って言うのかな?」

 「それ分かる。アタシも今、そう思ってた」

 「ソヨも!? だよね! 分かるよね!」


 太鼓の音、笛の音、本土でも祭り囃子の音色は山車や地域で違っていた。その違いがありながら同じ場所で重なっても違和感を覚えない。

 これが祭りの雰囲気の賜物かそれとも計算された音色なのか。

 どっちでも良い。楽しめているからそれで良い。

 

 「音楽祭の時もボンちゃんが言ってたけどやっぱスマホ民は多いね」

 「折角目の前にのにな。別に良いけどよ」


 そんな必死にならなくてもどうせ誰かが撮っている。

 ならば今の現地の空気を楽しみたい。それがアタシのイベントの楽しみ方だ。

 

 「良し、じゃあ最高のスポットに再度しゅっぱーつ!」

 

 山車が通り過ぎた後、アタシと綾人は月乃と會澤の道案内の後を追う。

 すれ違う人たちは誰もが楽しそうで祭り囃子に人の喧騒が混ざれば豪華なロックバンドのライブを聞いているようだ。

 誰かの楽しそうな顔はこっちまで楽しくなってくる。

 その気持ちが最近分かるようになってきた。常日頃不平不満を並べ立てる奴らの傍にいるより馬鹿話や好きなことで笑い合う月乃たちと居る方が絶対に楽しい。

 前を歩く月乃の背中が頼もしく見える。

 この背中に導かれて今の日常に足を踏み入れた。

 そんな月乃の背中の先にある最高のスポットとは。

 

 「……ここか?」

 「そうここ! あ、ホノちゃんだ!」

 「どうも。楽しんでいますか?」

 「そりゃもう、ねぇ?」

 「やっぱりお祭りは最高だよー!」


 会長の問い掛けに月乃と會澤が息ぴったりの掛け合いで返した。

 アタシたちが辿り着いたのは祭りの通りから離れた人気のない高台。見晴らしの良い柵付近に立っていた法被姿の会長の横に並ぶ。

 

 「会長はこの場所知ってたのか?」

 「えぇ、ずっとここが花火の時間の定位置ですから」

 「まあ確かにここなら人気は少ないどころかないだろうけどさ……」


 アタシはそう言いながら柵に背中を預けて後ろに広がる景色を見る。

 

 「墓地じゃねぇかここ」


 棚田のように墓石が段々に立ち並んでいる。

 最高のスポット……ここが?


 「ふっふっふ、甘いねソヨ。周りを見てみてよ。ほら、私たちが居る場所だけ木が生えてないんだよ」

 「言われてみれば」

 「きっとお墓に眠る人たちにも花火が見やすいようにここだけ空けてるんじゃないかなって思うんだよね」

 「根拠は?」

 「ないよ。でもそう思った方が良い気がしない?」

 「祭りの日だけは死んじまった人たちとも同じ景色を見られる場所か。それは面白い解釈だな。良いと思う」


 アタシは何度月乃の微笑みに釣られれば気が済むのだろう。

 そうしてりんご飴を食べ進めながら話していれば間もなく祭りの終わりを飾る花火の時間だ。

 完全に柵に体を預け、花火を待つ月乃がかき氷を食べる手を止める。


 「もしかするとソヨに力が宿った理由ってソヨが優しいからなんじゃないかな?」

 「アタシが?」

 「うん。だってソヨの今の力って凄いじゃん。妖怪だって一撃で倒しちゃうような凄い大きな力。悪用しようと思えば幾らだって出来ちゃう。でもソヨは特異体質で悪いことしたことないでしょ?」

 「まあ、輩に絡まれた時に軽く使うくらいか?」


 本気出したら殺しちゃうし、だからと言って元の身体能力だけでやると無駄に時間が掛かるから対人戦は調節している。

 すると月乃はやっぱり、と言わんばかりに手を叩く。

 が、片手がかき氷で埋まっているから音は鳴らず、少量の氷が下に降り注ぐ。


 「だ、だからだよ。ソヨの名前は心が優しいって書いてミユ。言霊じゃないけどそうやって育ったからこそソヨを選んだんじゃないかな? きっとそうだよ!」

 

 今日、初めて月乃の浴衣を見た時、心の奥底に灯った炎。

 その炎が大きくなり、チリチリと導火線を焦がしていくようにアタシの中の何かを焼き焦がしている。屈託のない月乃の笑顔で勢いが増す。

 次の瞬間、低い炸裂音と共に花火が打ち上げられた。


 「わぁ! 始まったよ! 花火!」

 

 色取り取りの花火は一体どんな形で空に浮かんでいるのか。分からない。

 そんな色鮮やかな花火に照らされた月乃の横顔。直視出来る太陽のような暖か過ぎる輝きに目が離せない。

 今、無数に上がっている花火の音。

 これはアタシの体の外か、内か。いや、どっちもだ。

 ミックスジュースのが弾け飛んだ瞬間だった。

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