第18話「みゅーじっくごーずらうんど」


 夏休み前、青木学園最大級のイベントが始まった。

 島外からも卒業生や特別ゲストが来て、クラスでは目立たない奴がド派手な演奏して盛り上げたり、ある時はマイナー過ぎる曲やって熱を一瞬で冷ましたり。

 とにかく体育館の中は大勢の学生と島民たちが感情を爆発させている。

 アタシは体育館のギャラリーでミックスジュースを片手に壇上の演奏と歓声を浴びて楽しんでいた。


 「フェスとかライブはこうでなくっちゃな」

 「楽しめているようで嬉しいです」

 

 そこへ主催者でもある会長が横に立つ。柵にもたれ掛かっているアタシの隣でピンと背筋を伸ばしている。元ヤンの癖に礼儀正しくしやがって。

 こんな時くらい羽を伸ばせば良いのに。


 「セトリも会長が?」

 「えぇ、私主導の生徒会メンバーで決めました」

 「トップバッターに据えるのがぼっちのギタリストなんて……鬼か?」

 「学校主催イベントのオープニングアクトとしては完璧だと思いましたよ。私は」

 「とんだ慧眼だよ本当に」


 フェスはたった一人のギタリストから始まった。

 そいつが学校でも目立たない内向的な性格だったのは会場のざわめきで把握した。

 しかし、ギターの弦に指が触れた途端にイベントの開始の狼煙を上げたのは圧巻だった。歌唱もなしでアコースティックギター一本のみ。

 ドラムの音みたいなのを出してた時はかなり会場が沸いていた。

 

 「そんでその後にゲストのアーティストで一気に会場の雰囲気を上限まで引っ張り上げて……よくやるよ」

 「音楽祭ですから。皆さんには楽しんで貰わないといけません」

 「「「きゃああああああ!」」」

 

 階下から悲鳴にも似た黄色い声援がステージどころか館内に響き渡る。

 

 「……あいつらか」

 「午前パートのトリにはふさわしいでしょう?」

 

 午前の部のトリは所謂学園の王子様たちが組んだユニット。

 超有名アイドル事務所の曲を踊って歌って、それはもう女子の軍勢は勝ち鬨かというくらいに声を張り上げている。

 悲鳴が飛び交う常軌を逸した状況には普段なら何も思わない。

 だが、今日は違う。


 「アタシにとっては最高におもしれートリだ」

 

 アタシが見つめるステージの上で歌って踊ってるのは綾人。あの綾人だ。

 ユニットメンバーの一人が数日前に怪我したからその代役。少なくとも即興でダンスが踊れるくらいにはアイドルオタクだったらしい。

 人前に出るのが恥ずかしいのか、キレキレながらも顔を赤らめながら歌い踊る。

 

 「面白過ぎるだろあいつ! ちょっとは堂々としろよー!」

 「見事なまでの最適解。あれは破壊力が高過ぎます」

 

 最前列を陣取っている綾人のファンたちが悶絶している。

 普段はクールな綾人が恥じらいながら壇上に立つ姿で乙女の視線は釘付けだ。死人が出るぞ死人が。

 中にはそんな綾人を見ても良いのかと狼狽える男たちも見かける。

 おいおい生唾飲み込んでる奴も居るぞ……そっちの道を切り拓いていくのか。

 

 「ひゃああああ! アヤ格好良いよおおおお! ファンサ頂戴ファンサ!」

 

 誰よりも一番騒がしいのは會澤。バングルライトをぶん回して大騒ぎしている。


 「あれ、つまみ出した方が良くないか?」

 「まあ、お祭りですので」

 「楽しめたら勝ちか。ロックだな」

 「マナーもルールも決めていません。それにあれだけやってくれる人が居れば他の人も盛り上がり易くなりますよ」

 

 飲み終わってしまった紙パックをゴミ箱に投げ入れる。

 

 「そんなもんかー?」


 ポケットから取り出した箱から白い棒を掴み、口に挟む。


 「梵さん?」

 「残念これラムネシガレットー。祭りなんだし煙草も吸えて、ロックナンバーが多かったらもっと最高に楽しめたな」


 悪戯でからかってやったのに会長は微笑みを崩さない。つまんねー反応。


 「煙草に関しては国に言って貰う他ないですよ」

 「いや、まずは世間だろ」

 「ですね」


 ——『これにて午前の部を終了します。一時間後に午後の部を始めます』


 盛大な拍手と共に体育館に集まっていた人々がぞろぞろと外に出て行く。

 夏の音楽祭で盛り上がれば汗をかく。外には島の人たちが屋台を出していて、優しい学生価格で飲み物や食べ物を買える。それらで一休みをするんだろう。

 この暑さで水分補給しなかったらぶっ倒れる。


 「午後組の皆さんの様子でも見に行きます?」

 「様子が気になるのは月乃と會澤たちだけだよ。有志生徒組はミーティング室だったか? あの高校見学の時以外使ってるの見たことないとこ」

 

 ラムネを噛み砕きながら体育館の階段を降りる。


 「科学部の研究発表などにも使われてますよ?」

 「ほぼ使われてないってことじゃねぇか」

 「だからこそこんな日に役立つのです。あ、ラムネ一個貰って良いですか?」

 「アタシと並んでこんなの咥えてたら勘違いされんぞ」

 「お祭りですから。多少の戯れは付き物ですよ」

 「祭り免罪符過ぎねぇ? ルターに怒られても知らないかんな」


 箱から飛び出した煙草みたいなラムネを会長がウキウキで摘む。

 それに続いてアタシもラムネをわざわざ煙草のように指で挟み、会長と共にミーティング室へと歩いた。

 さてと、何人釣れるかな?

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