第17話「うつくしきにんげんのひび」


 「うへぇ。それで煙草とか吸い始めたんだ。生き様までロック過ぎる」

 「生き様って……まだ二年目だかんな?」

 

 アタシのそこそこ壮絶な身の上話を聞いた感想がそれか。

 同情を求めてる訳じゃないが、會澤はやっぱり會澤だ。綾人が大まかな推理を的中させてたのも影響してか、さほど衝撃はないように見える。

 幼馴染の月乃も似たような境遇だったのが一番の理由か。

 と、その推理を的中させた名探偵さんはアタシと會澤から少し離れた場所でアホみたいな量の涙を流している。


 「まさか当たってたなんて、そんなの……悲し過ぎる……」

 

 綾人は感情が外に出やすいようだ。初めて会った時も怒り剥き出しだったな。

 

 「月乃の時もこんなだったのか?」

 「ここまでじゃないかな。ほら、月乃はあの明るさだから」

 

 使わなくなった蔵の中で小気味良く弦を弾く月乃。

 アタシたちが休憩中でも構わず練習に励んでいる。

 月乃はアタシと違って荒んでた訳じゃないからか。でも「ここまで」と言っている辺り泣きはしたのだろう。

 

 「アタシはもう吹っ切れてるからそんなに泣くなよー!」

 「だって……」

 「そんなに大泣きしてたら月乃の練習の邪魔になるだろ」

 「それはごめん」

 「冗談だよ。泣きたきゃ泣いてろ」


 マジ顔で涙を引っ込める綾人に笑顔で言ってやる。

 そうやって三人で笑いながら大好きな煎餅を齧る。歯応え抜群のシンプルな醤油煎餅を噛み砕く音が輪唱してるみたいだ。

 耳を意識すると辿々しかった『枝折』の弾き語りが形を持ち始めていることに気付く。相当練習を重ねてるんだろう。

 努力だけが評価されることはまずない。それでもアタシは何かに必死に取り組める人は嫌いじゃない。それが月乃や友達なら報われて欲しいと心から願う。

 

 「梵さん、表情豊かになったよね」

 「月乃のおかげで前みたいに笑えるようになっただけだよ。変か?」

 「全然。寧ろめっちゃ良い。月乃が言ってたんだけど誰かの楽しそうな顔はこっちまで楽しくなっちゃう。しかも顔が良い」

 「学校では仏頂面のまんまってほのかが言ってたけど。なんで?」

 

 泣き止んだ綾人が会話に参加。


 「月乃たちが居れば良い。それにアタシは顔が良いから下手に嫌いな奴に好かれても迷惑なだけだ」

 「うおー、言うねぇ」

 「好意を浴びるのも大変だから……」


 呟いた綾人は遠い目で蔵の窓をぼんやりと見つめる。

 中身はどうあれ外見は中性的な美男子の綾人。過去か現在かは分からないけど、あの憔悴した目を見れば何が起きたのかは明白だ。

 女心を理解出来るとなれば……理想の王子様に見えるよな。


 「それはそうとチケットくれた人とは運命の出会いじゃない? どんな人だったの?」

 「なんかすっげぇ優しそうな雰囲気の

 

 そこでやっとギターの演奏が止まり、月乃がアタシたちへ近寄ってきた。


 「ど、どんな人?」

 「練習辞めてまで気になるか? どんなって言われてもなぁ……」


 精神状態最悪の時の記憶で本当にちょっとしか会話もしてない。

 

 「爽やかな感じで……鼻が特徴的だった記憶。あの手の顔が好きな人は居るんじゃないかって印象」

 「その言い方だとソヨは好きじゃないみたい」

 「そりゃ何処の誰だかも分からねぇもん」

 

 でもチケットを譲ってくれなければライブにも参加出来なかった。ロックと並んで命の恩人だから感謝はしてる。もし会える機会があるのならお礼を言いたい。

 相手からしたら言われても困るだろうけど、言うだけならタダだ。

 それを聞いた月乃は「へぇ……」と含みのある呟きをして。


 「んぐ、ごほっ!」


 思いっきし咳き込んだ。

 

 「馬鹿! 歌い過ぎなんだよ!」

 「まだ一回も合わせてないのに喉壊すとかやめて!?」

 「月乃、水、水!」


 綾人が差し出したペットボトルの水を飲む月乃。喉も鳴らさず丁寧に飲む。

 なんか最近、月乃が変な気がする。

 前までの勢いがなくなったと言うか……いや、ずっとあの勢いで来られても疲れるからありがたい変化ではある。

 感覚的に何かが変わった。そんな気がしてならない。

 別に悪い方向じゃなさそうだから気にしなくて良いか。そのうち戻るだろう。


 「あ”り”がど」

 「声ガビガビじゃねぇか。これからまだ練習するんだろ?」

 「うん……ナナウミのピアノに合わせて歌ってみたい」

 「んじゃちゃんと休憩しとけよ? そしたら會澤ちょっと手伝ってくれるか?」

 「わたし? 良いよー?」

 

 アタシは立ち上がり、蔵のそれなりに重い扉に開ける。

 それを見た會澤も立ち上がり、ひょこひょこと軽い足取りで後を追ってくる。

 蔵の外、帷神社の境内は小さな子供たちがはしゃいだり、老人たちの散歩コースにもなっている。旅行者らしき若い人は御社殿の前で手を合わせていた。

 そう言えば地元の若い奴らが参拝に来てるのあんまり見たことないな。

 そんな神社の日常を眺めながら會澤と家の方へ歩く。


 「何するの?」

 「生姜湯を作る。確か材料は揃ってるはず」

 「わたし呼ぶ必要あった?」

 「一人で作るより話し相手が居た方が良いだろ」

 「そゆことね。オタク、同趣味の話は強いぞー!」

 

 月乃が喉ぶっ潰しそうなら會澤ほど話し相手に向いてるのも居ない。

 綾人だと難しい話になるから頭が疲れる。テセウスの船とかタイムパラドックスだとか答えの出ないことを考えるのが好きなんだよなあいつ。

 

 「ロックも好きでアニメも好きでライブ参加経験もあるんだっけ」

 「ライブはkoMpasだけな。他も行きたいとは思ってる」


 台所で生姜をすり下ろしながら答える。既に良い匂いだ。


 「生で見られる感動やばそう……ガチ恋とかしないの?」

 「しない」

 「うわ即答」

 「ファンはファンの距離を保つのが一番良いんだよ。アタシたちは衛星みたいなもんだから近付き過ぎるとロッシュ限界でぶっ壊れる」

 「ろ、ロッシュ限界?」

 「あんまり気にしなくて良い。ただの例え話」


 アタシにとって推しは推しだ。男が居ようが女が居ようが幸せならそれで良い。

 仮にガチ恋するにしてもである以上は叶わない。本気なら対等な立場で知り合えるようにならないといけないと思う。

 とは言え、あくまでアタシの意見だ。ネットで言ったら荒れそうだな。

 會澤は小さな笑い声を弾ませ、会話を続ける。


 「koMpasで好きなキャストとか居る?」

 「全員好きだけど、やっぱボーカルの声は唯一無二」

 「分かるぅ……あの声は他の作品でも破壊力カンストしてるんだよねぇ」

 「ドラムも超好き。生だと本当にドラム目立つし、サビ前のラッシュはバイブスぶち上げ。役柄もクールだから格好良い」

 「スティック回転もヤバい……ヤバい」

 「語彙力」

 「これはオタクのさがだから」

 

 致し方ない、と何度も頷く會澤。 

 

 「ははっ、そんな仰々しいもんでもないだろ」


 アタシは出来上がった柚子生姜湯をマグカップに注ぎ、會澤に差し出す。

 すると會澤はキョトンとした様子で固まる。


 「飲んで良いの?」

 「良い訳ねぇだろ月乃のだぞ」

 「じゃあ梵さんが持っていけば良いんじゃ」

 「アタシは席を外す。月乃が集中出来てなさそうに見えたから」


 月乃はハマったらとことん熱中するタイプだ。それこそ周りが騒がしくても気にならないくらいの集中力を持っている。

 しかし、さっきは弾き語りしてる途中で何が気になったのか会話に参加してきた。

 最近の違和感もどうやら覚えているのはアタシだけのようだ。それなら原因はアタシにあるかもしれない。


 「梵さんが月乃と仲良くなってくれて本当に良かった。ありがとね」

 「は? お礼されるようなことなんて」

 「するよ。きっとこれからすることにもなる。月乃は明るく見えるけど自信がなくて自己肯定感もそんなに高くないから。相談出来る人が増えて良かった」


 悲しさと嬉しさが混ざり合った表情と声。

 月乃の自信のなさ……それはどれだけやっても上手くならず、本人が楽しくても全部途中で辞めさせられた習い事や親に見放された影響か。

 それなのにあの性格を形成してるのは凄いと思うけど。

 アタシは音楽。

 月乃は創作物。

 娯楽の力の凄さをひしひしと感じる。


 「特に妖怪相手でも飛び込んでく月乃の手助けは怖くて出来ない。親友を失いたくないのは分かってるのに足が動かないの」

 「それが普通だ。そっちはアタシに任せてくれ。絶対守る」

 「そう言ってくれると心強い」

 「早く持ってってやれ。冷めても美味しくねぇから。アタシは部屋に居るから困ったことがあったら呼んでくれ」

 「任せろー!」


 力強い返事と共に會澤が早足で蔵へと向かった。零すなよ?

 

 「誰かの楽しそうな顔はこっちまで楽しくなる……か」


 あの日のライブの熱を思い出す。会場中のファンたちが何もかもを忘れて笑い、叫び、泣き、思い思いに楽しんでいた空間。

 やるかどうかはまだ未定だけど一応作るだけ作っとくか。

 とあることを思い付き、台所を出ると廊下に爺さんが居た。


 「今日は楽しそうだ。友達を連れてきてくれるなんて嬉しいね」

 「楽しいぜ。最高に」

 「……ところで愛宕山で物の怪と戦ったそうだね」

 「あー、なんか言葉喋ってたな。爺さんは聞いたことあるか? 喋る蛇人間」

 

 その瞬間、爺さんから微笑みが消え、大きく息を呑む音。

 

 「そ、それは本当か? 何か言われなかっ——」

 

 捲し立てる爺さんの体がぐらりと揺れる。

 アタシは素早く駆け出し、体を支えた。


 「おいおい、大丈夫か爺さん?」

 「あ、あぁ……すまないね」

 「なんかアタシに攻撃されるのが不思議でしょうがないみたいなこと言ってた」

 「……そうか。物の怪には気を付けるんだぞ」

 「爺さんも大丈夫か? 最近は疲れてるように見えんぞ?」


 歳の所為だけとは思えないくらい酷く疲れた様子で帰ってくる時もあった。

 

 「月乃たちも夕飯食ってくって言うから今日はアタシたちで作るよ」

 「それはそれは。楽しみに待っているよ」


 落ち着きを取り戻した爺さんは包み込むような声で期待を寄せてくれる。

 ある程度練習が良い感じになったら買い出しにでも行くとしよう。

 爺さんと別れたアタシは部屋に入り、ギターとアンプとヘッドホンを繋ぐ。準備運動がてら好きなギターソロを幾つか奏でる。

 指の動きは上々。それに続けてパソコンを開いてソフトを立ち上げる。

 左手の人差し指と中指の根元付近に挟んだ煙草を吸いながらパソコンと睨めっこ。

 

 「さて、何にしようかな」


 まだやるかどうかも決まってないのに。

 自分でも分かるくらい声が弾んでいた。

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