第16話「すていやんぐ」
自分の部屋でギターを鳴らす。鼻歌と一緒に弾き語りの練習。
ソヨに怒られてから集中出来なかった練習も仲直りした後なら集中出来る。
そう思っていたのに爪弾く右手の動きが止まる。止めてしまう。その掌を見て思い出すのはついさっきの出来事。
愛宕山で背中合わせのソヨの左手を握った手。
凄く恥ずかしくなってきた。信頼の椅子も手を握るのもやったことがあるのはお父さんたちと太陽とナナウミだけ。
大丈夫かな? 途中から恥ずかしさで熱くなったのは伝わってないかな?
信頼の椅子があって本当に良かった。顔を合わせていたら紅潮するのを見られていたはず。
ギターを下ろし、ベッドに仰向けになる。
うわー! 私なんであんなことしたんだろう……分かんないや。
でも、あの時のソヨは凄い格好良かった。
「傍から離れんな……んーーーーー!」
戦闘スイッチの入ったキリッとした横顔が忘れられない。
「姉ちゃん? 大丈夫そ?」
「うあっ!? た、太陽!? 居たの!?」
太陽の声が聞こえて飛び跳ねるように体を起こす。
「風呂入ったから次、姉ちゃん入るかなと思って。そしたらドア開いてるし、なんか悶えてるし。何かあった?」
「聞いてよ太陽! 実はさー!」
私はここ最近のソヨとの一悶着を太陽に話す。
私がベッドに座ってるから太陽は部屋の椅子に座って話を聞いてくれた。
「最近はずっとソヨのことばっかり考えちゃってさぁ……今日でそれが更に加速したんだよねー」
「姉ちゃんにしては珍しい。あんまりそこまで深く関わることってなくね? 直近だとアヤちゃんくらい?」
言われてみれば色んな人と話はするけど深く関わることは少ないかもしれない。
本当にその場限りの人助けで終わったりしちゃって、結局昔馴染みのナナウミやホノちゃんとばっかり話してる。
高校で新しく仲良くなってグループ入りしたのはアヤくらいだ。
偶然にもアヤの事情を知っちゃった流れもあるんだけど。
「確かにソヨは偶然助けられた時からぐいぐい行ってる。それに『アタシを巻き込め』だよ? 格好良すぎるでしょほんとに!」
ただの人助けならともかく妖怪絡みだとナナウミにもアヤにも頼れない。
そこを……そこをソヨがあんな風に言い切ってくれたのが本当に頼もしくて嬉しくてどうにかなっちゃいそうだった。
背もたれを前に腕をだらんと垂らして座っている太陽。
私の話を聞いて一瞬だけ首を傾げ、口を開く。
「それって、姉ちゃんがソヨちゃんのこと好きなんじゃね?」
私がソヨのことを好き?
この場合の好きはライクじゃなくてラブの方を言ってるんだと思う。
あんなに冷たく遇らわれてたに何度も話し掛けた。
仏頂面のソヨが喜んで笑う顔は可愛くて。
何度も私を助けてくれた時は格好良くて。
勢いのままに手を繋いだのも、それで心臓の鼓動が跳ね上がったのも全部。
「……そうかも。私、ソヨのこと好きなんだ。だって手を握った時、右手も握りたいって思ったし、抱き締めたいって思ったし……何ならキス——」
「待った待った! 姉ちゃんのそんな話を聞かされる弟の身にもなって!」
「あ、ごめん」
小学生の弟相手に言うところまで言いそうになった。
すると太陽はキャスター付きの椅子を弾むような足で漕ぎ、私に近付く。
「でも良いじゃん良いじゃん! 告っちゃおうよ姉ちゃん!」
「いやでも流石に」
「姉ちゃんらしくない。いつもなら勢いで行くじゃん」
「さっき話したでしょ。ソヨは特別より普通な関係を望んでるはず」
「恋人同士だって普通じゃん」
「ソヨが望む普通の日常の範疇かは分かんないよ!」
それに恋愛を勢いで行けるか! 誰かを恋愛的に好きになるのは初めてなんだぞ!
折角ソヨと仲良くなれたのに勢いで告白して玉砕。
これまで積み上げてきた関係性のタワーが崩れたら目も当てられない。
好きを自覚してしまったからこそ安易な選択は出来ない。
「なら簡単じゃん。姉ちゃんが常に居るような恋人みたいな状況をソヨちゃんの日常にしちゃえば良いんだ」
「つまり? 私に告白と言う手段を使わずソヨを落とせと?」
「我ながら完璧な計画。そうすれば告白する前も後も大して変わらないから告れる」
「小学生特有の無理矢理理論め……!」
「若さは最強だって誰かが言ってた」
唯一勝ってる年齢でマウントを取られた。それには勝てない。
勝ち誇った笑みを浮かべる太陽をヘッドロックしてベッドに引き摺り込む。
「卓球漬けのガキンチョの癖に偉そうなこと言いやがってー!」
「わあああ! 姉ちゃんギブギブ!」
「そもそも名言っぽいこと言っといて発言者忘れんなー!」
「忘れるよ! だって多分この台詞姉ちゃんから借りた小説のどっかで出てきた台詞なんだよ! 絶対モブが言ってた!」
そうしてベッドの上で戯れていたらスマホの通知音が鳴った。
今の音は私のだ。
太陽にやっていたヘッドロックを外してスマホに手を伸ばす。なんとソヨからのメッセージだった。
「あ、その反応はソヨちゃんからだな? 見せろー!」
「ちょっ、太陽!」
スマホを背後から奪われ、太陽がメッセージを読み上げる。
「えっとなになに……今度の休み、音楽祭の練習するのに會澤たち連れてうちに来ないか? 家デートのお誘いじゃん!」
「いや、家には一回行ったことあるけど」
「そうなの?」
しかし、あの時とは状況が違う。
好きを自覚した状態で行く好きな人の家。初めてのコンクール並みに緊張する。
アヤは来るか分からないけど少なくともナナウミは居る。ソヨの家に行ったからと言って何が起きる訳でもないんだ。何を緊張してるんだ私は。
突然、性欲に溺れたソヨが襲ってきたりは……ないない!
何考えてるんだ! 消えろ煩悩!
「姉ちゃん、ほい!」
「うおっと!?」
太陽から投げ渡されたスマホのトーク画面には「了解」のスタンプ。
や、やったなぁ!?
首が折れそうな勢いで太陽を見る。手放したスマホの代わりに私の漫画を何冊か手に持っていた。
「音楽祭、楽しみにしてる。だから練習頑張れー!」
それだけ言い残して太陽は自室へ。
そうだ。太陽とソヨの話で盛り上がってたから頭の中から抜け落ちちゃってた。
ソヨの人生を変えたバンドの曲を歌うんだ。良い感じにはなってきたけど完成形にはまだ遠い。下手っぴじゃ音楽祭も盛り上がらない。
やると決めたからにはしっかり最後までやりたい。
「もうちょっとだけ自主練しよ」
ギターを抱え、次は歌詞をちゃんと歌いながら弾いてみる。
歌いながら頭に浮かぶソヨの姿。
私は明日からソヨを見て平常心で居られるのかな?
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