第19話「なにがわるい」
会長と一緒に飲み物を買って向かうミーティング室。
あくまでただの待合室。昼休憩時間なこともあって、もしかしたら月乃も居ないかもと思っていた。が、部屋の中から聞き慣れたギターの音色が聞こえる。
ちゃんと鳴らしてないのもあると思う。それでも震える音に不安が混じっている。
このタイミングで月乃と話して大丈夫か?
隣を見る。会長は「どうぞ」と言わんばかりに微笑み、頭を動かし、扉を開けるよう促す。
アタシよりよっぽど長い付き合いの会長が言うのなら。
扉を開けて中に入る。冷房の効いたミーティング室で一人、月乃がギターを弾きながら小さな声で歌っていた。心の余裕なんて感じられない。
食い入るように楽譜を見つめ、アタシたちにも気付かない。
アタシは瓶ラムネを月乃の頬に当ててやる。
「ひやぁっ!?」
「一杯やろうぜ」
アタシと顔を合わせ、張り詰めていた月乃の表情が緩んだ。
「ありがと。でも私これ開けるの下手だから開けてくれない?」
「ほれ」
吹きこぼさずに開けたラムネ瓶を月乃に手渡す。
受け取る月乃の手は小刻みに震えている。
「緊張、してるのな」
「するよ! する……緊張で心臓がどうにかなっちゃいそう。だって有名ゲストを差し置いてトリだよ!? なんで!?」
「それはアタシの隣のこいつに言ってくれ」
「音楽祭のラストは学園の人気者が飾るのが良いと思いました」
ラムネ瓶を片手にどんと胸を張る会長。
あくまで音楽祭は青木学園主催のイベント。始まりと終わりは学園の生徒で終わらせたい。その上で最高の一日を作り上げる。そんなコンセプトだと言っていた。
学園でも目立たないギタリストが狼煙を上げ、誰もが知ってる人気者がラストを飾る。構成と演出は完璧。後はそれを実現出来るかどうか。
月乃はぐいっとラムネを傾けるが、ガラス玉が突っかかって一気飲み出来ない。
「くぅ……緊張しないナナウミの気楽さが羨ましい!」
「會澤は練習期間の途中から余裕そうだったな。そんなにピアノの腕凄いのか?」
「昔、イタリアのジュニアコンクールで最高位取ってる」
「そりゃ緊張しねぇな」
最初は不安みたいなこと言っていたが、練習するうちに自信を取り戻したか。
綾人のライブではしゃげる訳だ。
「午後の部ももう始まるし、見に行かね?」
「無理無理無理無理! 不安過ぎてギターから離れたくない! 盛り上がれば盛り上がるほどプレッシャー上がるし、ギリギリまで最後のチェックしてたい」
月乃は首を何度も横に振り、ギターのネックを左手で握る。
実に不思議だ。妖怪相手には飛び込んでいく癖に。壇上に立つ方が怖いようだ。
「そうか。ならアタシもそのチェック付き合う」
「えっ!?」
「會澤が居ないのはギター教えられないからだろ? だったら始まるまでアタシが見てるよ。確認したいところで分からなければ聞いてくれ」
「ソヨは音楽祭楽しんでてよ!」
「ギター教えるって言ったのはアタシだ。こんな状態の月乃放っておけねぇよ」
それにトリの月乃と會澤が大成功するのが一番楽しいと思える。
「では出番が近くなったら呼びに来ます」
「頼んだ。良し、じゃあ月乃、やるぞ」
「うん」
月乃の声から緊張から来る震えが薄れたような気がした。
——そして、月乃たちの出番が近付いてくる。
二時間ほどあった出番までの時間はあっと言う間に溶け、体育館の舞台袖で待機。
終盤は軽音部や卒業生やゲストアーティストで固めてる為、パフォーマンスのクオリティは高く、熱が最大限まで高まってるのが伝わってくる。
舞台袖では余計盛り上がりを感じる。
「この大歓声の中……ふぅー……」
今にも吐きそうな月乃が大きく深呼吸。
「會澤、遅くね?」
「今、連絡してみたんだけど返ってこなくて」
島外からネットで仲良くなった腐女子友達が来るらしく、會澤はその友達とやらを迎えに行ってからまあまあ時間が経った。
あの時、生徒会室で描いてた同人誌はその友達と交換する為だったらしい。
このままだと出番が回ってくるぞ?
トリの一個前まで来てしまった。探しに行こうとしたその時、會澤が見知らぬ女友達を連れて到着。
「ナナウミ、良かったぁ……間に合って」
「それが……ごめん! わたし弾けない……」
しわくちゃにした表情で頭を下げる會澤。
月乃や会長、アタシも含めた一同が驚き、理由を聞き出す前に會澤の友達が口を開く。
「ご、ごめんなさい。私の所為なんです……私の本を七海は守ってくれて。その所為で……!」
「
話を聞くに綾人の出番の時に大騒ぎしていたのが気に入らなかった奴らの仕業だ。
普段から仲の良い會澤はやっかみの標的にされ、絡まれた。その時に落とした友達の同人誌を踏まれそうになり、右手で守ったことで痛めてしまったと言う。
そんな本を守るだなんて気持ち悪い、とも言われたらしい。
ふざけやがって……嫌いなのは勝手にすれば良い。だけど、それで攻撃してくるんだったら覚悟は出来てんだろうなクソアマ共。
右手の拳を左の掌にぶつける。
「會澤、そいつらのとこまで案内しろ。ぶっ飛ばす」
「暴力沙汰は退学ですよ梵さん」
「知るか。だったらアタシもそいつらも全員退学にしろ。友達の為なら学園だろうと世界だろうと敵に回してやる」
「それに、今はもっと重要なことがあるはずですよ」
会長にそう言われ、月乃を見る。目は不安で溢れていた。
もう月乃たちの前の奴らがパフォーマンスを始めている。今更、そっちをトリに変えることは出来ない。
今年こそ出る。そう月乃は意気込んでいた。
必死に練習して、不安と緊張を抱えながらもここまで来た。
「月乃、曲順は?」
「最初に『枝折』で次がHIASOBIの『冒険』だけど……」
「……良し。『枝折』は一人でやれ。あの曲ならギターだけで十分映える。その後の伴奏はアタシがやる」
スマホでその曲を検索しながら月乃に言う。
あのしっとりとした曲をギターだけで弾き語ることで客を一旦落ち着かせ、その後にピアノの伴奏付きでもう一曲をやれば盛り上がるはずだ。
ただ、アタシはそっちの曲を知らないから頭に入れる時間が欲しい。
片耳にイヤホンをして再生する。
「待って待って! 私一人で『枝折』を——」
そんなの無理だと伸ばしてくる月乃の手を握る。
「一人じゃない」
更に會澤が左手で月乃の手を握り、続く会長。
弦を弾く月乃の右手に三人の手が重なる。震える手を三人で支える。
「影山さんなら大丈夫です。私がトリに起用したんですから」
「一緒に出来なくてごめん。でも、月乃はずっと頑張ってきた。きっと憧れた特別になれるはず。だから歌おう」
「小説の中のヒーローなら逆境だって乗り越える」
「皆んな……うん、分かった。私、歌う」
月乃がアタシたちに背を向け、ステージを見据える。
「ソヨ、巻き込むからね。絶対最高の音楽祭で終えよう」
「あぁ、ぶちかましてやろうぜ」
スポットライトの輝くステージへと背中が遠ざかっていく。
学園で知らない人など居ない金髪の登場に会場から歓声が上がる。ゲスト軍団より上がってるんじゃないだろうか。
……待てよ?
気になることがあり、會澤を見る。
「二人がやろうとしてたのって二曲だけか?」
「うん、そうだけど?」
「会長、一応これ預けとく」
アタシは準備しておいたとある物を会長に渡す。
「任されました。レンタルした物なのでステージ上のは自由に使って下さい」
その時こそ、ぶちかましてやろうじゃないか。
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