第14話「ふゅーちゃーいずゆあーず」


 「あいつマジで何処行ったんだよ!?」

 「梵さんを探しに学校を飛び出したよ……悪い流れは重なっちゃうもんだね」


 湯呑みを両手で持った會澤が目を細めてしみじみと溢す。

 学校を堂々とサボり、ケーキを買って放課後過ぎに生徒会室に来た。中に居たのは同人誌を描く會澤だけだった。誰も来ないから作業場に丁度良いらしい。

 それにしても入れ違いとは間が悪い。月乃の間抜けめ。


 「あ、ここの心情どう思う? 変じゃない?」

 「……変じゃない。ただその単語を使うにはキャラの年齢が若過ぎないか? 中学生は『快楽』とは言わないだろ」

 「普通に『気持ち良い』でいっか」

 「……って、會澤も綾人もいつも通りなんだな」


 二人の友達である月乃にあんな怒り方したのに綾人の返信も普通で、會澤もまるで何もなかったかのように接してくれる。

 會澤は自分の漫画を置き、「まあね」と軽やかな前置きをする。


 「前みたいな状況も珍しくないから。月乃は明るいでしょ? だから照らされる人も居れば目が眩んじゃう人も居るんだよね。長所短所は表裏一体ってやつ?」

 「あの明るさと前向きな姿勢は鬱陶しいと思う人も居るだろうな……」


 最初はそうだったアタシが言うのだから間違いない。


 「でも、目が眩んだ後にまた向かっていくのは梵さんが初めてかな」

 「じゃあ、月乃が行きそうな場所、教えてくれるか?」

 「良いけどさ。なんで二人共連絡取ろうとしないの? いや、月乃は分かるけど」

 

 會澤の口振りだと月乃はアタシに連絡しても返ってこないと思ってるらしい。

 逆にアタシは謝りたいのだから連絡すれば話す機会は作れる。メッセージを送れば月乃は絶対拒否しない。

 なのにアタシはこうして周りの力を借りながら月乃を探そうとしている。

 そこに深い意味はない。


 「ただの馬鹿げたプライドと意地だ」

 「良いね、そう言うの大好物だよぉ」

 「興奮してないで教えてくれ」

 「ごめんごめん。月乃なら家には絶対居ないから落ち着ける場所に居るかも。あの定食屋かぶんぶんカレーか……本屋か……その辺かな?」

 「分かった。回ってみる」

 

 再び学校を飛び出し、愛車に跨る。

 アタシには自由に乗り回せるバイクがある。後から学校を出ても交通機関くらいしか使えない月乃には十分追い付ける。

 アクセルを回して回して回す。

 まずはおっさんの店行って……おばちゃんのとこ行って。

 来てなかったら待てば良い。来た後なら本屋巡りをすれば良い。

 完璧な計画——だと思っていたのだが。


 「月乃ちゃんならさっき出ちまったぞ?」

 「ボンちゃん! え? ツキちゃん? ツキちゃんならさっき絵本で落ち着きたいって言いながら出て行ったけど?」


 読みは当たってるのに悉く空振り三振。

 月乃……間が悪過ぎんぞ……!

 その苛立ちをポイ捨てされていた缶にぶつける。蹴っ飛ばした空き缶は綺麗にゴミ箱へホールインワン。

 こんなところでの運は要らないんだよ。

 


 日も暮れかけ始め、アタシはコンビニの駐車場で會澤に電話を掛ける。

 呼び出し音を聞きながら温かいほうじ茶を片手に空を見る。まばらではあるけど黒い雲が多い。空気感も含めて雨が降りそうだ。

 早く出て欲しい。悪いことが重なっていると全てのことに苛々してくる。

 

 『もしもし? 月乃見つかった?』

 『見つからねぇから電話した。バイクもない癖に移動範囲どうなってんだよ』

 『お互いに探し合ってるのに会えないとはこれ如何に……もう陽も落ちる頃だし流石に家帰ったかなぁ? あっ……いや、うーん』

 『何か思い当たる節でもあるのか?』

 『月乃って悩んだり落ち込んだりするとわたしに相談したりもするんだけど……愛宕山に行くの』

 『愛宕山?』 

 『理由は分からないけど落ち着くんだって。悲しそうな顔を色んな人に見せたくないから偶に。それで大体わたしが迎えに行く……』

 

 ここに来て運が回ってきた。

 アタシが今居るコンビニは愛宕山の麓から五分も掛からない位置にある。

 電話を終え、ペットボトルをゴミ箱に捨ててクラッチを切る。

 あれだけ明るい月乃だ。落ち込んでいたりすれば周りの奴らは何事かと心配するだろう。助けられたことがある奴なら尚更。

 自分の所為で周りに心配を掛けるのが嫌で愛宕山に行く……想像が付く。

 一人で抱え込みがちなのは見て分かるが、會澤や綾人に頼れるのなら心配することはなさそうだ。

 峠をバイクで駆け上がろうと麓の道まで来ると複数の車と人集りが見えた。

 全員が慌てた様子で息を切らしている。嫌な予感がして、一旦バイクから降りる。

 無害そうな小学生くらいの少女に膝を折って声を掛ける。


 「何かあったのか?」

 「あの! あのね! あぶないの! へびのおばけがさんにんもでてね!」

 

 蛇のお化け……また妖怪か。

 

 「きいろのおねえちゃんがたすけてくれたの。しろいおねえちゃんとおなじ」

 「はっ?」

 「もしかして青木学園の生徒さんかい? 上で同じ制服の子が妖怪を引き付けて山の中に飛び込んでったんだが……」

 

 少女の父親らしき人物の言葉に唇を噛む。

 月乃はどうしてそこまで知らない人の為に体を張れるんだ……妖怪三人なんて一般人が相手に出来る数じゃないんだぞ!?

 いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。

 助けないと話をすることすら出来なくなる。

 

 「上って何処だ? 山頂か?」

 「駐車場で妖怪に襲われて……森の方に」

 「間に合ってくれよ……!」


 アタシはフルスロットルで愛宕山の峠を走る。

 そして駐車場にバイクを停め、森の中へと飛び込む。


 「月乃! 何処だ! 返事してくれ!」

 

 金髪を目印に探そうとしても薄暗く、視界が悪い。

 闇雲に走り回っても見つけられない。

 どうする……どうする……考えろ!

 

 「電話は——駄目だ」


 もしも月乃が隠れている最中なら着信音が仇になる。

 歯を食いしばっていたその時、風が吹き抜けた。

 全身を包み込むように右から左へと吹くその風下に自然と視線が吸い寄せられる。

 なんとなくその風が行くべき方向を示しているような気がして地を蹴り出す。

 言葉では説明出来ない確信があった。風がアタシに教えてくれたんだ。

 妖怪の気配を感じる。近い。

 そして——木の影になっていた視線の先に蛇人間と金髪が見えた。


 「蛇人間は一人? まあ良い……」

 

 小さく息を吐き、スイッチを切り替える。

 ひとっ飛びで蛇人間との距離を詰め——レッグラリアット。蛇人間を吹っ飛ばして月乃を守るように着地。

 ……耐えやがった。いつもなら一撃なのに。


 「ソヨ……あのさ——」

 「他の二人は? 蛇人間は三人居たんじゃないのか?」

 「分かんない。気付いたら一人だけになってて」

 

 気付いたらあいつだけになってたんじゃ月乃を逃がすのも危ないな。

 アタシはリュックを下ろし、月乃に渡す。


 「傍から離れんな」

 「……うん。分かった」


 起き上がった蛇人間がこちらの様子を伺っている。

 アタシの殺気が伝わっているのか怯えているように見える。

 何ビビってんだよ妖怪野郎が。


 「アタシの友達襲ったんだ。覚悟は出来てんだろ」

 「何故だ……」

 「「!?」」


 蛇人間が喋った。人語を話す妖怪を見るのは初めてだ。


 「何故あなたが我々を攻撃するのだ!」

 「アタシはお前らのことなんか知らねぇ。仮に知ってたとしても月乃襲う奴ならぶっ飛ばさない訳にはいかねぇ」

 「くっ、悪いがあなたにはここで——」

 

 話し終える前に地面を蹴り出し、前宙。速攻で蛇人間の頭上に踵落とし。

 蛇人間の頭を地面に叩き付け、そのまま首を踏み付ける。


 「話が長いんだよ。長いのは首だけにしとけ」

 「ぐがっ——!?」


 右足に力を入れて、首らしき箇所をへし折った。

 しまった……残りの二人のことを聞くのを忘れてた。

 しかし、この状況で出てこないのならもう居ないと考えて良いだろう。居たとしてもぶっ倒せば良いだけだ。

 振り返ればペタリと地面に座り込み、アタシのリュックを抱える月乃。

 ちゃんと無事でホッとしたら手に雫が落ちてきた。

 雫の数は段々と増え、葉っぱと演奏を始める。雨だ。


 「ソヨ、あっちにあの……屋根のあるあれがあるから」

 「東屋あずまやな。行くぞ」

 

 月乃は東屋に辿り着くまでずっと隣を走った。アタシに引っ付くように。

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