第13話「しょうねんのうた」
昼休みの屋上で一人、煙草を噴かす。
生徒会室が開放されてからはめっきり来なくなった屋上。ここ一週間は逆に生徒会室に行かなくなった。
空を眺めていると階段を上がる足音が聞こえる。
そうして屋上の扉を開けてやってきたのは会長。アタシが呼んだ。
「悪いな会長。呼び出しちまって。落ち着いて話せそうな場所がここしかなかったもんでな」
「別に呼び出されるのは構いませんが。ここに呼び出し、目の前で煙草を吸う意味が分かってるのですか?」
「分かってる。だから呼んだ」
会長はこの光景を見たところで報告はしないだろうし、しても構わない。
大体のことは自分で解決してきた。稀におっさんが口出してくるくらいで誰かに頼ったのなんてこれが初めてだ。
一歩でも前に進む為に素を曝け出して話したかった。信頼出来る友達として。
会長は小さく息を吐き、微笑んだ。
「なら会長と呼ぶのは辞めて下さい。今、梵さんの目の前に居るのは一人の友人としての新井ほのかです」
「助かる。話は聞いてるんだろ?」
「えぇ、色々とゴタゴタがあったようですね。影山さん、相当落ち込んでました」
「本当はあんな言い方するつもりじゃなかったんだ……なのに感情が先走っちまってさ……顔も合わせにくくて……どうすりゃ良い?」
月乃が特別に憧れていることは分かり切っていた。
それにあの時の「良い」は特異体質を持っているアタシに向けられたものじゃなく、特異体質そのものに向けられたものだ。
前者であれば「良かったね」と言うのが妥当なところだろう。
過去の奴らはあっちから縁を切ってきた。アタシがどれだけ向かっても取り付く島がない状態だった。
しかし、今回はアタシが原因で月乃を傷付けた。
仲直りの仕方なんて……分からない。
「自分が悪いと自覚してるのならやはり謝罪が一番です。勿論、許されるかどうかは相手次第ですが、許されないのなら謝らなくて良いとは思いません」
「でも月乃ならノータイムで許すだろ」
「人を許せるのは影山さんの良いところであり、悪いところです。理由を聞こうとしませんから。だからこそ話しましょう」
凛とした真っ直ぐ過ぎる新井の声にふんわりとした優しさが混じる。
「仲直りがしたいのでしょう? 仲良くなりたいのでしょう?」
「まあ……そうだな」
「なら少しでも素直に対話をしましょう。梵さんのこれまでのことや影山さんが何故あそこまで特別を重要視するのか、何が好きで何が嫌いなのか。お互いに分からないことは一杯のはずです」
言われてみれば……月乃が特別を特別視し過ぎている節はあったかもしれない。
自分に足りない何かを持っている人を羨むのは良くある話。でも月乃は些か度が過ぎているように見える。
同年代との関わりを絶っていたアタシにとって月乃はコンパスだった。
あの笑顔がアタシを引き寄せ、行きたい方向を示してくれる。あの明るさと笑顔の裏には何があるのか、それとも何もないのか。
新井は考え込むアタシの前で言葉を紡ぎ続ける。
「言葉は争いの火種となります。ですが勝ち負けを決める道具ではありません。全人類の我儘が罷り通れば人間社会は成立しませんから。言葉とは対話の道具です。そうすればより優れた結論を導き出せたりします」
「ソクラテスか何かか?」
「かもしれません。でもきっともっと単純なものですよ」
弁証法なんて堅苦しいものじゃない。新井はそう言った。
「対話をしようとしない人も居ますが、影山さんと梵さんは違うはずです。あなた方は話し合えるでしょう。ならやるべきは一つですよ」
新井がこれだけ言えば十分だろうと言わんばかりに笑顔を作る。
話し合い。それを聞いてアタシが思い浮かべるのは話す隙すら与えてくれなかった両親や本土で仲の良かった奴ら。
そして好きの反転を恐れて人との対話を避けてきた自分自身。
「ずっとアタシは人を遠ざけようとしてきた。そんなのが誰かの手を掴もうとするなんて出来るもんか?」
「相談してる時点で既に掴もうとしてるではないですか」
「……そっか」
「人は案外小さなきっかけで変われます。斯く言う私もかなり変わりました」
「新井が変わった?」
ここは学年関係なしで人気トップの立候補者が生徒会長になれるシステムだ。
その会長の座を勝ち取ったり、学年トップの成績を叩き出す新井が昔はどんなだったと言うのか。想像が出来ない。
あるとしたら何だ? 人前で話すのが怖い性格だったとかか?
頭を悩ませるアタシを見た新井が軽快に答えを出す。
「実は中学の途中まで札付きの
「は……? 新井が? 不良?」
「勉強はつまらない出来ない喧嘩はする煙草も吸うで……本当ですよ? 家の近辺だと影山さんと會澤さん以外の同級生には大体ビビられますね。特に不良には」
同類に恐れられると言うことは相当幅を効かせていたようだ。
逆に月乃たちは想像通り。不良時代の新井とも関わりを持っていたのだろう。
勉強が出来ないから、煙草を吸っているからと言って避けるような性格じゃないのは身を以て知っている。
「因みにスケバン時代の私はこんなでした」
「こりゃすげぇ……今時珍し過ぎるぞ……」
見せて貰った昔の新井はカメラにガンを付け、赤髪を伸ばし、黒セーラーにロンタイで右手に木刀。隣には黒髪の月乃が笑顔で写っている。撮影者は會澤か。
写真の中の新井と隣の新井を往復する。
「何があったらコレがテスト学年一位の生徒会長になるんだ?」
「コレとは失礼ですね。ファッション
「一年もやり続けたらアタシだって板に付いただろうが。ってそこはどうでも良いんだよ」
聞きたいのは新井が変わったきっかけの話だ。
新井はそれを思い出したらしくスマホをポケットに戻す。
「私はですね。クイズです」
「クイズ?」
「超高学歴の人たちが運営するチャンネルがあるんですよ。知ってます?」
「ゲームチャンネルの方は見てる」
クイズも凄いけど異次元過ぎる。だからアタシは頭を使うゲームを素早く分かり易く解説しながらガンガン進んでいくのを見る方が好きだ。
「あれが楽しくて楽しくて。でも深いところまで理解出来ていないのが悔しくて勉強を始めることにしました。あれが中三の春……」
「たった一年でここに入る学力まで底上げしたのか?」
「そうですよ? ほぼビリだった順位を一位まで上げました。当然進行中の授業は理解出来ないのでずっと独学で。内職上等提出物無視で内申点は最悪でしたね」
「そこまでするか」
「しますよ。夢が出来ましたから」
落ち着いた一定のトーンで話すことが多い新井の声が弾んでいる。
スケバン写真の面影ほんとにないな……変われるの説得力が強い。
それにしても新井の夢は何だ? これだけ勉強するのだから学者にでもなりたいのか?
「私の夢は東大に入って、defクイズ大会で優勝することです」
「……ん?」
「あの人たちが活動を続けていればメンバー入りするのも目標ですね!」
「学者にはならないんだな」
「そうですね。夢のついでにこの国の教育に物申すのもアリかもしれません」
ちょっとだけあくどい笑みを作る新井にスケバンの面影。
あくまで自分の夢のついで、か。つい最近どっかで似たようなことを誰かに話したような気がする。
綾人のことを思い出していると指で挟んでいた煙草を新井に盗られた。
新井はその煙草をパクッと咥えて灰色に染める。その後、白い煙を吹き出しながら問い掛ける。
「梵さんはありますか? 夢」
「今は……月乃と仲直り、かな?」
「それはそれは。実現しないと困ってしまいますね」
新井が煙草を吸い終え、アタシが携帯灰皿を出す。
「そろそろ行きましょうか。午後の授業が始まってしまいます」
「そうだな」
アタシは会長と並んで教室へ向かう。
その道中でスマホを取り出し、トークアプリの中から一人の名前を探す。
『綾人、月乃の好きな食べ物とか知ってるか?』
あの日から初めて月乃たち一派に連絡を入れる。
連絡が返ってきたのは午後一発目の授業中。
『月乃は洋菓子好きだよ。特にカープケーキって店のショートケーキ』
机の下で教師にバレないように返信を打つ。
『分かった。教えてくれてありがとな』
『ちゃんと月乃と仲直りして、僕たちにも話してよ? でも放課後の時間帯だとお店閉まっちゃってるかも』
なら簡単だ。放課後まで待たなきゃ良いだけ。
アタシはスマホをポケットに戻し、教科書とノートをそのままにリュックを背負って席を立つ。
教室中の視線が集中する。驚愕と戸惑いを感じる。
会長だけは面白そうにアタシを見ていた。
「急用が出来たから帰る」
「え、え? 梵さん? 梵さーん!?」
教師の声を背にバイクへ向かう足取りは軽い。
感情的になって怒ったことで月乃と気まずくなった。あんなに罪悪感で埋め尽くされていたのに今は違う。
寧ろどうやって話をしようか、と少しだけワクワクしてる自分が居る。
全部を諦めていたら得られなかった感情。
逆境も偶には悪くない。
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