第12話「のろし」
ギターケースを背負って帰り道を歩く。いつも感じるギターの重さを感じない。
理由は分かってる。それ以上の重さのものを抱えているからだ。
生徒会室で叫んだソヨの表情がずっとずっと離れない。雷が落ちたみたいな大声には鬼の形相——かと思ったら曇り空。
雷が先であの後に土砂降りの雨が降ったのかと思うと唇が尖る。眉が山になる。
ソヨを……悲しませた。でもなんで?
罪悪感で心が満たされる一方でソヨが悲しんだ理由を詰める箱は空っぽのまま。
私は羨ましくても妬まない。だって妬んでも何も変わらない。
だから私は褒める。
その髪型可愛い。
そのメイク似合ってる。
こう言うと皆んな嬉しそうに笑ってくれる。
自分が頑張っていることを褒められたら嬉しい。
顔とかルックスをそのまま褒めると稀に微妙な反応を貰うけど、生まれ付き持った特別を褒められたら嬉しいと言う人には一杯会ってきた。
それに私も可愛いって言われたら嬉しい!
「でも……」
ソヨは悲しそうだった。初めて人を褒めて怒られた。
あ……もう家に着いちゃった。
色々考えてていつもより更に遅く歩いてたはずなのに。
頭を悩ませながら鍵を指紋で開け、ハンドルを引いて家に入る。中が暗く、家族の気配がない。
その寂しさにホッとした。
薄暗い廊下を抜け、台所の電気を付ける。カレンダーには『太陽遠征』と書かれていた。そっか、今日から
どうやら両親共に弟の遠征の付き添いに行ったみたいだ。
テーブルの上には何も書かれていない茶色い封筒。
中にはそれなりのお金。食事代ってことだ。
「今から買いに行くのも面倒臭い」
それに食べる気分でもない。
私は洗面所で手洗いうがいを済ませて階段を上がる。その道中で目に映るのはお父さんが勝ち取ってきたトロフィーやメダルの山とお母さんが授賞した賞の盾の数々。
太陽の部屋をチラッと覗けばここにもメダルや賞状が飾られている。家に居ることが少ないからそれ以外は特に面白味のない殺風景な部屋だ。
元プロスポーツ選手で日本代表経験もあるお父さん。
元アイドルで大人気だったお母さん。
太陽は卓球の才能を開花させ、海外遠征に行っている。
私は自分の部屋に入る。一番家で安心する場所で、一番普通な部屋。
本棚には大好きな小説や漫画。至るところにアニメや声優のグッズ。
もう使わなくなった物を入れる押入れの中には使い古した付箋だらけのバイエルや色んなスポーツシューズ。
「どれもこれも上手くいかなかったなぁ……」
結果は出ず、楽しかったけど駄目だと判断されると次の習い事に切り替わった。
そしてある日を境にお父さんもお母さんも習い事をさせなくなった。
その日からだっけ? 事務連絡くらいの会話しかしてくれなくなったの。
お小遣いは貰えたし、洗濯もしてくれる……でもずっと喋ってない。家族で私と喋るのは太陽だけだ。頻繁に私の部屋で漫画読んでたりする。
一冊の小説を取り出してパラパラと捲る。
生まれながら特別を持ってて、それを活かして大活躍。一杯の人に慕われてハッピーエンド。
生まれながらの特別は私にはないんだよね。
もう一冊、別の小説を取り出す。
こっちは普通の高校生がある日突然力を手に入れて——って話。
私も突然特殊な能力とか発現しないかなー。
そうなったらお父さんもお母さんも私を見て笑ってくれるかな。
小説を手に持ったままベッドにダイブ。仰向けになって知ってる天井を見つめる。
私にとって『特別』は憧れで、良いと思えるもの。
妖怪と戦える特異体質なんて私が一番欲している特別だ。
「特別なことって良いことじゃないのかな?」
今度ソヨに会ったらちゃんと謝ろう。仲直りしたい。
好きな人から嫌われたままなのは嫌だ。
「うわああああああ! ソヨに会えないいいいいいい!」
家で仲直りの決意をしてから数日が経過した。しちゃった。
まだソヨと喋るどころか顔すら見てない。ソヨのバイト先である定食屋のテーブルに突っ伏して嘆く私の頭をナナウミが撫でてくる。
「おーよしよし。生徒会室にも来てないもんね……完全に避けられてるよ」
「学校来てるはずなのに全く会えないのおかしい!」
「新井ちゃんの話だと学校には来てるらしいけどね……顔すら見られないのどんな回避能力なの……」
ソヨの徹底的回避にナナウミが苦々しく笑う。
こっちから会いに行っても教室に居ない。駐輪場で待ち構えようとしてもバイクがない。別の場所に停めてるらしい。そこまでする?
おばさんの話じゃバイトも休んでるらしい。
突っ伏した体を起こして正面に座る二人の顔を見る。
「私……謝りたいよ……」
「ボンちゃんってさ、不思議じゃない?」
「え?」
アヤが良く分からない話の切り出し方をする。
「頭が良くて、勉強が出来て、人に教える才能もあって、誰かの好きを肯定するし、嫌いを押し付けてこない。マウント取ってくるようなこともしなくて……話してみたら結構楽しかった」
「分かる。漫画の知識もある……梵さんはとにかく知識量が凄い」
「話してたら分かるし、不思議でもなんでもなくない?」
「不思議だよ。だってあれなら孤立しない。改めて考えてみるとまるで人が寄り付かない態度をわざとやってるように見えるんだ」
最近、アヤは変わったような気がする。
前までなら「あれじゃ人が寄り付かなくて当然」と言っていたと思う。行動が良い悪いじゃなく、不思議と言って決め付けなくなった。
でもわざわざ人が寄り付かないようにして良いことあるのかな。
頭を使うのは得意じゃないけど、二人と定食を食べながら考えてみる。
「もしかするとあの時怒った理由が関係してたり……? でも生まれ付いての特異体質なら讃えられる気がするんだけどなあ……」
「アルビノみたいな迷信もないもんね。そもそも梵さんを襲おうとしても余裕で返り討ちに遭うと思うけど」
「だよねぇ」
もぐもぐしながらナナウミに相槌を打つ。
すると次は水を一口飲んだアヤが意見を出す。
「……特異体質が生まれ付きじゃないのかもしれない」
「「えっ?」」
特異体質と言えば生まれ付き魔法や特殊な能力を持つ人のことだ。
最近だと島でも暴れている妖怪のような怪物を倒す力で、各地で求められているヒーローのような存在。けれど先天的な例以外は聞いたことない。
後天的な特異体質……まっさかー?
「そんな訳……あるのかな?」
特異体質も妖怪も居る世界。後天的な特異体質がないとは言い切れなかった。
「前にボンちゃんの考え方に驚いてさ。冗談で人生二周目って聞いたら変な間を開けてから、かもなって言われたんだ」
「えっと……人生周回プレイしてるってこと?」
「いや違うけど。ゲーム脳過ぎない?」
「ちょっとナナウミ。今は真面目な話」
話の腰を折るナナウミの口にカキフライを突っ込んでおく。
「アヤの推察、聞かせて」
「死にたくなるくらいの経験があったんじゃないかって。ほら、ボンちゃんって頑なに名前を嫌ってるし、両親のこと好きじゃないんじゃない?」
そう言えば前にソヨの家に行った時、夜も朝もお爺ちゃんしか居なかった。
両親の影が見えなかった。
「両親に捨てられたの……?」
考えたくもない推理が浮かんだ。
でもなんで? ソヨは特別を持っているのに。
「後天的な特異体質なら有り得る。今までずっと育ててきた娘が突然変異。恐れる可能性も……あると思う。親以外にも」
あくまで仮定の話。本人に聞いてみないことには分からない。
でも、もしもこのアヤの推理が当たっていたとしたら。
「……高校入学と同時に引っ越してきたから少なくとも中学生までにそれを経験してるかもしれない……それはキツい……」
ナナウミの言う通りだ。私はまだ太陽もナナウミも学校の皆んなも居た。
それすらなく、本当に一人ぼっちになってしまったのだとしたら、ソヨにとってあの特異体質は絶対に良いものじゃないはず。
それこそ恨みたくなるくらい嫌なものだ……なのに私……。
目頭が熱くなる。
「ソヨに酷いこと言っちゃったぁ……」
「月乃!? まだ決まった訳じゃないから! ただの僕の推測だから!」
「新井ちゃんの逆パターンかもしれない! 何かの影響でグレたくなったんだよきっと!」
「でも怒らせたのは事実だもん……」
「……その状態で箸が進むのはやっぱ月乃だわ」
早く食べないと冷めちゃう。冷めたらとても美味しいが美味しいになっちゃう。
涙を流しながらエビフライを齧る。サクサクの衣とプリプリの海老の二重奏を味わっているとおばちゃんが私たちの席に団子セットを持ってきてくれた。
「サービスだよ! 食べな! あの子が好きなやつなんだ!」
あの日、ソヨと一緒に食べた団子セット。
「ボンちゃんと喧嘩でもしたのかい?」
「私が酷いこと言っちゃったみたいで……怒らせちゃって……」
「そうかいそうかい!」
ソヨを怒らせたと言ったのにおばちゃんは嬉しそうに笑う。
「嬉しいねぇ。あのボンちゃんが友達連れてきて、怒らせたことに悩んでくれる人たちだなんて。初めて来た時は凄かったからねぇ」
「初めて来た時の梵さんってどんなだったんですか?」
「本当に暗かった。何にも期待しないような目で……緒方のところに通い始めてからは良くなった。最近は更に良くなった」
おばちゃんは私たちの顔を順番に見る。
私たちのおかげ……って思って良いのかな。
「きっと物凄く辛いことがあったんだと思うの。人と関われば傷付くこともあるわ。でもね、その傷付いた心を癒せるのもまた人なのよ」
「ソヨの心を癒す」
「また皆んなと一緒に来てくれることを願っているわ」
思い返してみれば私はソヨのことを何も知らない。
あれだけ友達になろうなろうと言っていた癖に特異体質や持っている特別ばっかりで知ろうともしなかった。
謝るだけじゃ駄目だ。
ちゃんと話そう。
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