頼れる上司は金色で
◇◇◇
待ち合わせに指定されたのは、映画館に併設されるカフェだった。
先に到着していた彼は、めざとく私を見つけ、馴れ馴れしく手を振ってくる。
「やあ。来たね、ミッセ特務官。ご足労をかけたお詫びだ、一杯奢るよ。どれがいい? 私のおすすめは、このクラウンキングスコラボドリンクで——」
「結構です。車は自動運転で、労力も使っていませんので」
「へえ。君が。機械でも魔法でも、とかく手動での微調整を好み、主導権を握るスタイルの、【
「その名を」
上司への抗議と、敵への警告。その境界、ぎりぎりの声。
「呼ばないで頂きたい。そう呼ばれる資格は、もう、私にはありません」
「承知した。じゃあ、その代わりにさ」
メニューが広めて示される。
「やっぱり一杯奢らせてくれ。同じ敵に挑む仲間、どれだけ傷つこうと現場に立つ君への、せめてもの労いとして。あと……誕生日の君への、借りにはならないくらいのお祝いかな?」
……この人は、いつもこうだ。
一年前、巨人の中に取り残された私をハッチをこじ開けて救助し、所属を越えた特務部隊の、上司と部下の関係になってから。
なんだかんだといつの間にか、私は、いいようにコントロールされてしまうばかり。
悔しいが。経験と歳月を積んだ相手を前に、私はまだまだ、小娘だった。
「……珈琲を、砂糖多めで。お気遣い、ありがとうございます……ザンドラシヤ長官」
変装用としてもベタすぎるサングラスを掛け、本人の経歴の如く汚れのない白スーツを着こなした共和国の外交長官は、得意げに笑った。
◇◇◇
「さて。それじゃあ本題だ」
私が珈琲を飲み終え、頭にカフェインと糖分を補給した頃合いで、長官は切り出した。
机の上に封筒が置かれ、全身が意図せず強張る。
「【円柱】を処分する算段がいよいよ整った。作戦の詳細はそこに——おっと」
厚手の手袋をした手が重ねられ、はっとする。
私は、機密事項の封筒を……誰に覗かれるかもわからない公の場で、開こうとしていた。
万が一にも流出、情報を盗まれないよう、直接の受け渡しがされているというのに。
「……すみません。気が逸りました」
「なに。頼もしいよ、君の熱意……【円柱】を討ち果たさんとする意欲は」
そう言ってもらえるのは、今の私には、唯一、少しだけ、嬉しい。
レイチェル・メノ・ミッセは、それだけで生きている。それ以外なく、此処に居る。
「これが成功すれば、この一年、融和都市を脅かし、市民を恐怖に陥れてきた怪物は除かれる。先日、竜殻の神秘展にて人々の日常を踏み躙ったような蛮行に、報いを受けさせられる」
……ああ。いい言葉だ。
報い。報い。報い。
たとえそれを果たしたところで、刻まれた傷跡は消えなかろうと。
してやらなければ気が済まないことは、どうしたって、この胸に。
「全霊をもって果たします。過去は変えられなかろうと。きっと、救われる未来がある」
空虚には聞こえないよう、本心が悟られないようには、努めた。
……でも。なのに。
ザンドラシヤ長官は、すべてを見透かしているみたいに。
「最悪の起こってしまった後の未来に、価値を見出せないかい」
「…………っ」
「汚泥の上で積み上げるなど馬鹿らしく。妥協に重ねる新しいものには、興味が無い?」
叱責、ではなかった。
何かを正そうとする意図は見えず、ただ、確認されていた。
私の思いを。意味を失って、それでも惰性で続いてしまっている、虚しいばかりの人生を。
「レイチェル。君は——こうなって欲しかった、もしもの
————私は、想像する。
あの時、私の手が届いていた、もうひとつの
そちらには、彼がいる。
祖母から託された、ずっと会いたかった、本物の記録兵。
そうしたら、うんと世話して、甘やかしてあげるのだ。
こちらは歳下だとか、そんなコト関係ない。現代を生きている経験では、私の方がずっと上だし。
頑張って、頑張って、戦って、戦って、傷ついて、傷ついて——最後の最後まで、格好良く務めを果たしきった彼を全力で癒して、新しい生き方への背中を押す。
そう、おばあちゃまも望んでた。
きっと、【栄光の王冠】の、他の仲間たちだって。
戦争の中で戦争に抗い続けて辿り着いた未来がどんなものかを、彼に知ってほしいって、思うはず。
——どんなふう、だったかな。
戦争なんかしなくていい時代。
好きな自分を決められる時代。
ここで、彼は、シャフトさんは……彼と一緒に暮らせている、私の人生は——。
『ありがとう、レイチェル。わからないことだらけだったけど、君がいてくれて、僕は——』
それが、あんまりに、輝かしくて。
あんまりに罪深くて、分不相応で、烏滸がましくて。私は、自分で自分を、殴りつけた。
「もしもはありません。そんな魔法は知りません。私はただ、後始末をするだけです」
資料を持って、背中を向けて、カフェを去る。
すれ違う人の話している、最新の映画の感想が耳に入る。
「うーん、クラウンキングスの解釈もよかったねえ! あーあ、でも実際はどんな人だったか——王冠の記録兵のこと、どうにかして知れないかなあ!」
心の中で、ごめんなさい、と謝って。それから、心の底から同意する。
私も。
本当の彼を、本当に、知りたかった。
◇◇◇
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