PHASE(Before)4/記録喪失都市
レイチェル・メノ・ミッセの記録
(■■■■■■)
私、レイチェル・メノ・ミッセは、おばあちゃんっ子であった。
(略)
『ねえ、レイチェル。あの人に会いたい?』
『彼のことを、頼んでもいい?』
(略)
『——さて。なんだかここまで、長かったような、早かったような』
第十三皇女最後の名を受けた、夕焼けの日より早幾年。
準備は整い、時は満ち、念願の任務を果たすべく、とっておきの
ああ、でも、たぶん、きっと無理。
どれだけ厚く鎧おうと、この胸のときめく鼓動は、抑えきれない隠せない。
『行こう、おばあちゃま。私たちの、あの人に会いに』
魔法の【門】を抜けた先、手の中に、ずっと待ち望んでいた憧れを掴んだ。
それから自分が何をどうしたのかは……ふへへ、恥ずかしながら、あたま真っ白であんまり記憶になかったりして。
なかったりして。
なかったりして。
なかったりして。
嘘だ。
私は、忘れない。
忘れることなんて、できない。
「…………え?」
廃棄された地下研究施設の奥、幾重のセキュリティロックで守られた【安置所】の中で、私は、見るべきものでないものを見る。
「…………オジサン?」
厳重に封印された箱の中にいるはずの、大切な人。
おばあちゃまを庇って……頭を失った、元記録兵。
彼は、引っ張り出されている。
頭のない人型のようなシルエットをした、無数の繊維が集まってできたみたいな怪物が……彼の。
死んでから取り戻したはずの。
この時代でもう一度生き直すための、
頭を。
「あ」
伸ばした腕は、届かなかった。
この手の中へ、掴めなかった。
頭のない怪物が、頭を得た。
繊維の絡まりに過ぎなかった身体が、人間と同じそれになった。
そして、そいつは笑った。
〔はじメマシて。ぼ ボボぼく ぼクハ シャ シャフト エー ギ リー で ス〕
覚えている。
覚えている。
覚えている。
覚えている。
全部、確かで、何一つ、忘れようがない。
交戦しながら敗北した無様。竜殻の危険な神秘、【都市伝説】を追う善意の協力者に救助された情けなさ。それからはじまる無念。執念。後悔。憤怒。絶望。死んでしまいたさ。一年間積み重なったゴミカスの日々。人生の全ての意味を失ったなお生きているくだらなさ。
死なんけど。
アレを残して、一人では。
だって今でも夢に見る。
破壊された巨人外装、脱出機能は不全を来たし、動くのは音声入力のマイクと映像入力のカメラだけで。
アレは、まるで、見せつけるように。
頭を奪われた、本物の彼の。その遺体を、徹底的に、屈辱的に、無事なところは一歳残さず。
〔ぼくは シャフ ト エー ギリ ー デス ぼく ぼく ぼく ガ シャフト エーギリー です ので これは ちがって もう いり ません いりません いりません いりません いりません いりません いりません いりません〕
大好きな人が大好きで、私も大好きになった人。
元のお顔も知らなかったけれど、こうして、からだのほうも、へんな絵の具になりました。
私はコックピットの中で何度も吐いて、叫んで、意識を失いました。
その日のことを。
あの色を。
それから、ずぅっと、夢に見ます。
ほら。
こうやってる、今みたいにね。
◇◇◇
「——————————っ!」
悪夢からの脱出、覚醒と同時に跳ね起きて、間一髪で間に合った。
駆け込んだトイレで、何度もえずく。
胃の中が空になっても、吐き気は止まない。鳴り響く目覚ましの、何故だか妙に軽快ないつもと違うアラームで背中を撫でられ、ふらふらと立ち上がり、洗面所で顔を洗う。
……酷い顔。
この一年、反復し続けた感情が、べったりと染み付いている。
哀惜。後悔。自責。訓戒。戻らない過去、取り返しのつかない過ちへの、苦悩。
「…………笑うわ」
何を、被害者ぶって。
間違うなよ、無様なレイチェル・メノ・ミッセ。
お前は加害者だ。傷つけた側だ。それも、決して傷付けてはいけなかったものを。
……眩暈と頭痛が激しい。機能追加したばかりの身体が、激情に呼応するように痛む。洗面台に常備している錠剤を口に放り込んで噛み砕き、手で掬った水で流し込む。
「…………………はぁ、あ、ぁ…………………」
あと、どのくらい保つか。そんなことに、さしたる興味は無い。
簡単な話だ。それを果たすまでは何があっても、脚本を破いてでも生き延びるし。
それを果たしたのなら、笑う暇も泣く暇も無く、瞬間で、命を終えても構わない。
私は今、そういうものだ。一年前からそうなった。
夢が現実になるはずだった地下研究所で、赤い雨を眺めた日に、こういう命に変化した。
「…………ん」
鳴り響く音は、仕事用端末の着信音。最近はこればかりしか聴いていない。私用の端末など、もう、要らなくなって捨てたから。
「お待たせいたしました。ミッセです」
掛けてきたのは、直属の上司だった。
あの事件から、私は警備局がとある外部組織と秘密裏に連携を行う、極めて特殊で対象の限定された特務部隊の所属となった。先方に勧誘を受け、こちらには断る理由がなかった。
部隊の名を、隠語で【首狩り】。
ある怪物を、殺すためだけの組織である。
「……重要な話、ですか。口頭で伝えねばならないと。承知いたしました。直ぐに行きます」
合流の手筈を話し、家を出る時、ふと玄関から振り返った。
ろくに掃除もされず、乱雑に、八つ当たりのように、荒れ果てたリビング。
……なんて、虚しく、滑稽な。
そうしたかった夢だけを詰め込んで、結局、ついぞ、誰とも一緒に住まずじまい——『行ってきます』も『ただいま』も、交わしあえなかった部屋。
「…………あ」
扉を閉めたあとに気付いて、苦笑する。
目覚ましのアラームが、何故だか違っていた理由。
今日、私の誕生日だったっけ。
はは、そっかそっか、おめでとう。どうでもいいや。一緒に祝いたい相手もいないし。
いっそ生まれてこなきゃよかったな。
なんで生まれてきたんだよ、おまえ。
◇◇◇
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