君の知らない/君を知らない
■■■
「う…………」
気がついた時、シャフトはそこにいた。
竜殻の神秘展特設ステージ。【白紙の場所】に送られるより前にいた、元通りの場所——
「……あ、れ?」
違和感。
強烈な、違和感。
ステージ上に、自分しかいない。そこにいたはずのザンドラシヤも、それを連れてきたカゴーもペンタも、MCに扮してシャフトを狙った秘書もそこを取り押さえてくれたレイチェルも、誰の姿もない。
いるのはシャフトひとりだけ。
円柱頭の一本だけ。
そして。
そんな彼を、観客たちは——誰ひとり例外のない、恐怖に引き攣った顔で——
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!」
悲鳴が静寂をつんざいた。
瞬くうちにパニックが起こった。様々な音が乱雑に無秩序に折り重なり洪水となる。本来なら到底聞き分けられないそれらの音だが、円柱頭の魔法……常時自動発動型、周辺情報認識感知を行う【記憶】が、本人の優れた記憶力が、そこから千々の意味を……一色の忌みを拾い上げる。
『出た』『こんな時に』『円柱だ』『奪われる』『取りに来た』『折角のイベントにまで』『終わりだ』『こいつのせいで』『ホロハニエは』『一年前から』『めちゃくちゃで』
『怪物』『怪物』『怪物』『怪物』『怪物』『怪物』『怪物』『怪物』『怪物』『怪物』。
生々しい/嘘偽りの無い/負の感情の奔流の過剰な摂取は金槌に殴られる衝撃に似た。熟成させた汚水を樽一杯飲むにも似た吐き気だった。
その上魔法使用の反動にまで襲われているにもかかわらず、シャフトにはそこで倒れ込む自由もない。
パニックを起こした観客たちの流れに逆らうようにして現れた警備員たちが、ステージ上に殺到してきたからだ。
警告の文言すらも発せられなかったのは、相手がこちらを意思疎通できる相手だとみなしていないためなのは態度から明白であり、体調不良からうまく声が出せないシャフトは転げまろびつ逃げ出すしかなかった。
元は、このドームで【万が一】のあることを想定していた。避難経路は複数パターン事前に想定し、カゴーたちとも打ち合わせていた。
けれど。
こんな状況は、まるで、考えてもいない。
イベント中には封鎖される道、資材搬入用の通路などを通り、警備員は何とか振り切り、ドームの外に出た。
忙しのないサイレンが鳴っている。
避難警報が轟いている。
危険を訴える拡声器の声からするに、どうやらこれは、【円柱警報】と呼ぶらしい。
『ホロハニエの皆様。竜殻の神秘展に、円柱が出現しました。これは訓練ではありません。落ち着いて避難してください。【円柱】を見かけても決して近寄らず、速やかに警備局へご連絡ください。繰り返します。竜殻の神秘展に、円柱が出現しました————』
(————なんだよ、これ)
まるで戦時中のような状況。伝播する恐怖、失われる安心。
その原因となっている、シャフト・エーギリー。
(どうなって、るん、だよ…………)
それを聴きたくても、誰もいない。
精神と肉体、両方の消耗のあまり身も隠せず、本来大勢で賑わっているはずの、無人となって静まり返った公園のベンチに座り込む。
(——ああ、そうだ)
自分に何が起こっているのか。
シャフトがその正体に気づきかけたとき、それが起こった。
公園の広場、シャフトの前方の空間が、ふいに、歪む。
彼にとって、既知なる反応……魔法による転移、【門】が開いて、その向こうからやってくる現象だ。
現れたのは、銀巨人。
真昼の市街地に、その凄まじい重量で公園の石畳を粉砕させながら降り立ち……そして、腕を伸ばして、円柱頭の胴を握り込んだ。
……その感触だけで、シャフトには、わかってしまった。
『ついに、捉えた』
声には、フィルターが掛かっている。本人の特徴をうまく特定出来ない。
それでも、言葉が。喋り方が伝えてくる。
どんな衣にも包み隠さぬ、本音本心本物の感情を。
『殺す』
「がっ……あぁっ……!」
確保から拘束へ、拘束から圧殺へ。
シャフトを握りこむ拳は徐々に締まり、生命を圧迫し、生存を脅かす。
『頭がないのが残念だ。貴様の苦悶が記録できない。……いや。感情を表す顔を持てないのが、貴様という存在の邪悪さの、その根幹なのだろうな。都市伝説、【
(レイ……チェ、ルッ…………!)
痛覚のせいで声も出せない。されるがままになっているしかない。
殺される。
殺される。
円柱頭は殺される。
彼女の言葉と、喋り方から伝わってくる————巨大な愛を理由とする、果てなき怒りに潰される。
「冥府で詫びろ。その手で侮辱した、私の仲間に、創立の母に……身体を奪った、本物の記録兵に。貴様など、この世界の、誰にも必要とされていない」
(…………っ)
『——一年も、掛かってごめんね。今、仇を取るからね……オジサン』
そうして。
銀の少女の纏いし銀の
「————言質ッ! いっただいちゃいましてよーーーーっ!」
それは、まさしく破城槌であった。
状況をぶち破る、という意味と……放たれた勢い、という意味で。
「この世の誰にもいらないのなら! 私が貰って、構いませんわねーーーーーっ!」
警備局により人払いされし公園広場に突如ぶっ込んできたのは、頑丈が取り柄の違法超絶改造車。
運転席の屋根で堂々の仁王立ちをする少女の手際といえば、あれも鮮やかこれも鮮やか。
銀巨人に迫りながら先行で帯を伸ばし……接触すると同時に、機能をハッキング&オーダー。すれ違いざまに、緩んだ手の中から落ちた円柱頭を、これまた帯でキャッチング&エスケープ。
一言で言うならば。
この上なく、優雅で傲慢で、テクニカルでビューティフルなひったくり、ここに成立。
『き——貴様ッ! 神秘盗賊! ベルスーチャ・ワーデンポートッ!』
「にゃはははははははははっ! おサラバ・サヨナラ・ミッセ様! あとから価値に気づいても、お返しなんてしませんからねーーーーっ!」
駆けつけてきた他の警備局員が車に向かって射撃するも、飛来する弾丸のことごとくを、ベルスーチャの羽衣が残らず包み込んでしまう。
状況は決した。車は鮮やかに公園を出て、避難が行われ広々と空いた道路を駆け抜けていく。そのドライビングテクは見事の一語、トラックでドリフトかます。
……そして。
ぐるぐる巻きに捕まえたシャフトの円柱に、まんまと彼を盗んだ少女が頬擦りをする。
「この日が来るのを、どんなに待ち望んだことか。ようやくゲットしましたわよ、ホロハニエを揺らがす災禍の怪物——いいえ、わたくしのおタカラさん」
甘く囁かれる言葉を受けながら、シャフトは見る。
そして、気づく。
(……これだ)
巨大ビルの広告、そこに描かれている、【第八十八回 竜殻の神秘展】の広告。
そこにある、違和感に。
(……僕が、いない)
目玉の一つとして語られていた、竜殻奇譚記者シャフト・エーギリーの作品。
それが、まったく別の画像に置き換わっていた。
◇◇◇
銀帯戦争戦時中。
平和な融和都市。
シャフト・エーギリーの世界は、かくして三度変幻する。
ようこそ、記録兵。
【円柱】の脅威に揺らぐ渦中の街、君が異物たる、君の知らない、君を知らない融和都市へ。
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