かくして帰還兵はヒモとなる
『運がいいんだか、悪いんだか。君の死因というやつが、そもそも普通じゃ無かったんだよ』
「死因……」
思い出したくもないが、覚えている。
豪雨の中。シャフトは砲撃を受け、頭を吹っ飛ばされて——
『君が受けたのは、ただの兵器じゃない。銀鉄も羽衣もこぞって研究中だった、竜殻の持つ特殊なエネルギーに指向性を持たせて現象を操作する……ご存知、魔法実験の代物でね。どういう反応か、君は頭を吹っ飛ばされながらも、魂、心、思考——そういうものが肉体に残っており、【死んではいないが、停まっている】状態だったんだ』
それが、時代を超えた理由だった。
竜殻の干渉地でのみ起こり得る、不可思議の産物。昏睡したまま、身体は朽ちもせず百年……そんなことも、魔法に関わる事象ならば、十分に有り得る。
『停滞している君は、羽衣人の間でも扱いに困っていた。何しろ、言うなれば戦時中の非人道兵器の動かぬ証拠で、かといって処分するにも示している反応が貴重すぎる。それがホロハニエを作るどさくさで、こっそり隠されていたのを他ならぬレキーナに発見されてねえ。これはもう、この寝坊助は絶対に、どうにかして起こさねばならんということになった』
『で、コレ』と。
銀巨人はそのぶっとい指で、シャフトの頭……円柱を指す。
『頭を失っているから動かない。だから、新しい頭をくっつけた。魂と縁が深い銀鉄の製品を、受けたのと相性がいい、羽衣の魔法でね』
「えぇぇぇぇぇぇぇ!? それで復活したの!? そんなのでいいの、僕!?」
『いいんだよ。外ではいざ知らず、ここは竜殻だから。そういう幻想も空想も罷り通る。めでたく君に復活の兆しが見えたんだが、再起動は非常に緩やかで、大層時間がかかる目算が出た。……その時にはとても、彼女が生きていないであろうという時間が』
「…………そっか。そこまで都合は、よくないか」
——戦場では常に、事実を受け入れ則して動くことを、レキーナは部隊の旨として定めた。
時を隔てても。隊長が去っても。頭を失くして、変わり果てても。
その教訓は未だ、シャフト・エーギリーの、軸である。
『何もかもイレギュラー、とても公にできない要素だらけで、街には置いておけない。なので、かつての軍事研究施設跡に君は隠され、目覚めを待つことになった。……のはいいものの、起動直前で妙な賊に盗まれた、というのが、君が起き抜けに出くわしたトラブルの経緯だな。いや、肝が冷えたよ。セキュリティの魔法札が異常を検知して大慌てで対処したんだが、開門転移は魔法の中でも複雑かつ不安定だ。無事に発動してくれて本当によかった』
それが、シャフトの眠る箱が盗まれてから、銀巨人が保護しに現れるまでのタイムラグの理由らしい。機構越しの声は本人の詳細を曖昧にするが、本当に焦った、という感情だけは伝わってくる。
「……和平が成立し、平和な時代になった、といっても。そういうことは起こるんですね」
『そりゃあもう。戦争がなかろうが犯罪は起こるさ。ホロハニエも中は毎日お祭り騒ぎだよ。急激な発展は、引き起こす問題の規模や質も伸ばしてしまった面もある。だから私の所属する治安維持組織……警備局なんてものがあるし、私たちに託されたんだ』
「……託された、って。もしかして」
『うん。君だ』
銀巨人の首が動き、無骨な頭部がシャフトに向く。
『目覚めた帰還兵に、寄り添うこと。成立百年の融和都市ホロハニエで、新しい生を、戦争のない時代を謳歌する手助けをすること。それが私の務めさ、英雄殿』
「え、英雄って、そんな……僕はただの、死んだはずの一兵卒で……」
『そこを否定してくれるなよ。あちらとこちらの調停と融和に戦後を捧げ、ホロハニエを創ったあの人は、晩年までそう思っていたんだぜ』
言葉は、近い。
向ける相手への、距離が近い。
そこにシャフトが違和感を覚えた時、銀巨人の背中が、内側から開いた。
「名乗るのが遅れたね」
そして、シャフトは見る。
ハッチから外へ出て、目の前に現れた——過去であり、未来を。
「私はレイチェル。レイチェル・メノ・ミッセ、十六歳。レキーナおばあちゃんの孫娘だ。会えて嬉しいよ、昔話の伝説を聞いて育った、栄光の記録兵さん」
その銀色を知っている。美しい髪も、笑顔の眩しさも。
面影があった。
思い出があった。
それは、幼いレキーナの、未来の姿そのものだった。
もっとも、その成長は予想外だ。
背の伸びは目覚ましく、手足は長く、胸は大きくスタイル良く。
まさしく。
生きて戻れぬ戦地にて、あの少女が、『自分は将来絶対こうなるぞ』と語った理想のままの——。
「色々戸惑いもあるだろうが、その全部に安心を。これからは私が一緒に生活する。君が現代に馴染むのも手伝う。一緒にやりたいこと、見つけていこう」
「——いや。その必要はないよ」
円柱頭が手を伸ばす。胸に沸いた確信を、行動で示す。
百年後の時代に目覚めた、かつての兵士——現代に残った王冠の最後の欠片が、変わらぬ敬礼と共に言い放つ。
「レイチェルさん。レキーナの子孫の君が、そういう仕事をしているなら、手伝うのが任務だ。彼女の作った場所を守るのが、僕の為すべきことだ。シャフト・エーギリーを、警備局に入れてほしい」
止まっていたものが動き出し、失ったものを新たに得る。
かくして。
蘇った兵士、シャフト・エーギリーの新たなる任務が、今ここに——。
「だめ」
「……………………うん?」
「ぜったい、だめー。あーあ、知ってソッコーそれとか、おばあちゃまの心配したとーりになってんじゃん! あのさー、ちょっとそういうのどうかと思うよ、ワーホリオジサン!」
「え、ええ……あれ、君、なんか雰囲気……?」
「細かいことは気にしなーい! まいっか、大丈夫っしょ! オジサンが新しいジブンの生きかた見っけるまで、私がきっちり養ったげりゃいーだけだもんねー。おカクゴしとけよー、十年培ってきた女子のトキメキなめんな? も、その円柱がふやけるくらい、トロットロにぬるま湯に浸からせてやっからなー? にゃっははははっ!」
突如砕けた口調、心の底からの呆れ顔で、一回りは年下の少女に叱られる古参アラサー帰還兵。
彼女の振る舞いは、シャフトの知るレキーナの、想像可能な延長上には全くなく。
——かくして。
【記録兵の新たなる戦い】なんかは、今ここに始めさせてもらえず。
シャフトは、ともすればより困難な——平和な時代で新しい生き方を見つける、という未知の自由へ放り込まれるのであった。
[PHASE/1 Reload Shaft — End.]
[To be Continued.]
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【ロストヘッドの再生】をお読みくださり、ありがとうございます!
第一章は終わり、これから彼の平和だったりそうでなかったりする、戦争でない日常が……幕を開ける!
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