PHASE(Another)1/兵の記録にあこがれて

大好きな人が大好きだった人を大好きになった女の子のはなし


 私、レイチェル・メノ・ミッセは、おばあちゃんっ子であった。

 物心つく前から、どんなヒーローよりヒロインより夢中になっていた。


 何しろ私の祖母と来たら、お上品で、姿勢が良くて、溌剌で、おちゃめで、きりりとしてると格好良く、笑うとふんわりかわいくて、御歳九十を越えてますますに精力的で。

 こんなふうになりたいと、憧れずにいれないくらい、魅力的な人だった。


『おばあちゃまおばあちゃまおばあちゃま! 今日も、おはなし聞かせて!』


 いつもいつも、そういうことをせがんだのは、お恥ずかしいけど下心だ。

 憧れのひとに近づくには、どういうことをしてきたのかを知ればいい、と、小賢しく考えていたのである。


『記録兵とのおもいで、聞かせて! おばあちゃま!』


 インタビューでも深く語らず。自伝にも詳しく書かず。祖母が、創立の母と言われるようになる前に一緒にいた、大切な仲間たち——その中でただひとり、ぼんやりとしたままの誰か。

 私は毎度、無理を言って、その話をせがむ。……あえて明かしていない、よそで話せない事情があるなど、幼い当時は配慮も至らず。ただ、己の欲にだけ忠実だった。


『レイチェルは好きなのね、彼のことが』

『うん!』


 私は、読み返して読み返してくたびれた本を胸に抱いて、強く頷く。

 世界一尊敬する祖母の、おおあばれな少女時代。【栄光の王冠】という伝説の部隊を率いていた時の図画を纏めた画集は、私の宝物でお守りで、道しるべで——。


『すっごくね、感謝してるの! おばあちゃまのむかしのこと、素敵なところ、私が知れるようにしてくれていてありがとう、って!』

『——そう。じゃあ少しだけ、彼の話をしてあげましょう。みんなには、ナイショね?』


 その顔が好きだった。その声が好きだった。

 記録兵との思い出を語る祖母は、私とほとんど変わらない、子供のように無邪気になる。


『あの人はねえ。一言で言うと——不器用。そう、不器用だわ。生きるのがへたっぴ!

 仕事に真摯、といえば聞こえはいいのだけど。実際は力の抜きかたを知らないだけ。

 ……まあ。その集中力と責任感があればこそ、あれだけの記録を残せたのよね』 


 私は祖母が大好きで、憧れていて。祖母のようになりたくて。

 だから、かもしれない。


『この話はしたかしら? 朝起きたら、いきなり、見知らぬ森の中にいた時のこと。

 竜殻の中では、色々な不思議が起こるから。あの時も、部隊みんなでもう驚いて。

 迷って出られない森から、脱出するヒントが……そう! あの人の絵にあったわけ!』


 色々な話を聞かせてもらううち。私にも、祖母の言葉に含まれていた感情が写っていた。

 いつの間にか話の理由は、祖母が楽しそうだからではなく。

 自分が純粋に、その人を、もっともっと知りたくってせがんでいる。


『記憶するのが得意だったの。一度見たもの、聞いたことが、心に、焼き付くみたい。

 それで、なのでしょうねえ。失われるものばかり、その無念ばかり、見続けたから。

 不器用で、真面目で——優しかったばっかりに。いつでも、自分の義務と役を探してた』


 どう言うのが、正しいだろう。勝手な親近感と、奇妙な愛着と、もどかしさ。

 そんなふうにして、また一人。経緯やディテールへの理解はともあれ、今日びの融和都市では何も珍しくない【栄光の王冠、幻の記録兵】ファンの出来上がり。


 対象はとうにいなくとも、感情は時代を超えて湧いて溢れる。

 他の同志と同じく、私もまた、行きて返らぬ愛情表現ファンコールに、敬意をもって身を投じる——

 ——はずだった。


『ねえ、レイチェル。あの人に会いたい?』


 日暮れの夕方。朱色に染まる庭。

 お気に入りの揺り椅子の上で、祖母は、とおい、とおい、はるか。

 己の創り上げた都市の外、草原の方角へ視線を向けて。


『彼のことを、頼んでもいい?』


 それが、私の4歳のころ。

 レキーナ・シェス・クォス・ミッセ・ガロバウゾがこの世を去る一週間前、とても大切なものを託された。


 ——どうして、私だったのか。

 祖母が運営している財団の重役でも、他の情熱を抱く王冠愛好家でもなく、まだ幼くて、何の力もないレイチェルに【百年目】を委ねたのか。

 その人は、微笑んでこう答えた。


『人を見る目はあるから、わたし。それに、すごく、ぴんと来ちゃったんだもの。あなたなら——あなたこそがきっと、彼を。シャフトを、しあわせにしてくれるって』


 結局、答えなんて決まっている。

 だって、あたりまえ。大好きな人から、大好きな人を任されて、喜ぶ以外何がある?


 まるで自分が、物語の登場人物になったみたい。あの【栄光の王冠】の第十三皇女の命で、幻の記録兵を救助に行くなんて。

 過去が力に変わる。夢を道標にする。訪れる時の為に、必要なものを蓄える。

 己を鍛え素質を示し、使える全てを活用して就いた、融和特務遂行の権限を持つホロハニエ警備局第十三課長の座。


『——さて。なんだかここまで、長かったような、早かったような』


 第十三皇女最後の名を受けた、夕焼けの日より早幾年。

 準備は整い、時は満ち、念願の任務を果たすべく、とっておきの鎧装ドレスを着込む。

 ああ、でも、たぶん、きっと無理。

 どれだけ厚く鎧おうと、この胸のときめく鼓動は、抑えきれない隠せない。


『行こう、おばあちゃま。私たちの、あの人に会いに』


 魔法の【門】を抜けた先、手の中に、ずっと待ち望んでいた憧れを掴んだ。

 それから自分が何をどうしたのかは……ふへへ、恥ずかしながら、あたま真っ白であんまり記憶になかったりして。 


 だってしょうがないじゃん。

 記録兵だよ。

 いつかちゃんと話したいって……何度も何度も、寝顔を眺めてきた相手だよ。

 冷静にできてたか、ちゃんと説明できてたかどうかは、正直、自信ない。めっちゃどもってたりしたら小っ恥ずかしすぎて死んじゃいそ。死なんけど。彼を置いては一人では!


 ——そう。

 私の人生は、ここからまた、新しく始まる。

 私は、この人を、絶対、ぜったい、しあわせにしてみせる。


 ……モチロン。

 レキーナおばあちゃまの心残りと、レイチェルわたしの思いも、かんっぺきに満足させてやらんとね!

 “欲しい夢は欲張って全部叶える”が、おばあちゃまの最高尊敬ポイントなもんで!


「おカクゴしとけよー、十年培ってきた女子のトキメキなめんな? も、その円柱がふやけるくらい、トロットロにぬるま湯に浸からせてやっからなー? にゃっははははっ!」


 満を辞して、事前に決めてた最強の演出通りに正体を明かした私の宣言に、円柱頭のその人は、戸惑ったふうに、でも、ぺこりと頭を下げて、「お手柔らかにお願いします……」とか言った。


 ……は?

 何それ。素でやってんの、三十二歳オジサン

 いやさすがに可愛すぎる。話に聞いたの超えてくんなし。

 想像の5000000倍たまんねーわ、お持ち帰ろ。


[PHASE/Another1 Inherit Crown — End.]

[To be Continued.]

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