融和都市ホロハニエ
◆
和平は困難を極めた。
しかし、不可能ではなかった。
厭戦の気運は銀鉄帝国のみならず、慾帯種族においても広がっていたからだ。
ただし。それらはまだ『睨み合っている双方が、腹の底では、同じ方向を向きたがっているかも』という段階に過ぎない。
幾度接触し、幾度席を設け、此方と彼方の認識を擦り合わせ、感情を擦り合わせ、損得を擦り合わせ、落とし所を擦り合わせ、後始末を擦り合わせ、納得を擦り合わせ……それはもう火花が散るほど、別の戦争が勃発したかというくらい、銃から言葉に撃ち抜くものを持ち替えて、百年分の交々を擦り合わせ擦り合わせ擦り合わせまくり——。
ついに帝国の暫定政権は、欲帯側の“神”に等しき相手、【太守】との会談を成立。
先ず停戦、次に終戦、何と和平が相成ったのだった。
◆
『どちらが優位でもない。五分と五分、対等で平等、命と命、心と心、人と人。要求せず、賠償させずの講和成立。議事録の一部は歴史的図書となっているし交渉自体がキネマになったよ。歴史に残る大ヒットだ。レンタルもあるしリバイバル上映もやってる、君も見てみるといい。泣けるぜ。こんなしち面倒臭いやりとり、よくぞ投げ出さずに乗り越えたものだとね』
銀巨人は実感と尊敬を込めて語ったが、シャフトにとってはそれこそ夢物語にしか聞こえない。
だが、彼はふと「そうか」と、合点が言ったように頷く。
「そういう経緯だったんですね。さっきの彼女は」
『ふぅん?』
「慾帯種族が歴然と、銀鉄帝国の技術の産物に乗っていた。ああした、軍用でなく前線で鹵獲できない代物を手に入れるなら、内通者の横流し、あるいは竜殻を抜けて、帝国本土に侵攻するしかない。……とりあえずは、ほっとしました。最悪の想像は外れたようで」
『なるほど。君にずっと剣呑な緊迫感があったのはその為か。……ともあれ、慾帯種族という呼び方は、もう使われていない。今となっては過去の蔑称であり、失礼に当たる』
「……今。彼らのことは、何と?」
『【
「羽衣人……」
新しい世界の常識、自分の知らない言葉を、シャフトは噛み締めるように口に出す。
そして、覚悟を決めたように、核心とも言える確認をつぶやいた。
「そういう呼び方とか。僕の知らない、キネマ、というものとか。大きな変化が、馴染んで、受け入れられるくらい……あの時代から、時間が経ったんですね」
◆
和平成立の後、此方と彼方の最も大きな議題は、領土問題であった。
元はと言えばその為に、銀鉄と羽衣は争った。
……世界の果ての竜の殻。
その内部に広がる、特異な環境にして、計りようもなき価値を秘めた土地。
古来より、あちらとこちら双方とも、【土地】は“記録”により所有者を定めるものだった。
しかし、そこは違う。どれほど過去へ遡ろうと、どのような国・人・種の手にあったこともない、あらゆる地図に未記載な完全中立白紙地帯。講和成りし後ともなれば、どちらの軍が占領していた陣地であった、なども当然まっさらとなる。
恵みの地。危うき地。そして同時に……銀鉄と羽衣によって、疲弊してしまった地。取り扱いを間違えれば、未来の火種になりかねぬ課題。
結果。
両者は慎重な協議の末に、ある結論へと辿り着く。
◆
『どちらの異国でもあり、どちらの所有でもない。竜殻の土地に、異なるものが文化を混ぜ合わせ、新たな可能性を模索する、和平の象徴たらん場所を創り上げる——』
語りながら、銀巨人は歩む。先へ。先へ。先へ。
無数の分かれ道を選んで通り、勾配の坂を登り、長い地下道が、遂に終わりへ辿り着く。
大きな出口があり、眩い光が差し込んでいる。
『そうして。築かれた
外に出た。
地下道の出口は山の中腹へ繋がっており、シャフトはその高い場所から、巨大な甲冑の肩に乗って、広く、遠く、目の前の世界を一望した。
此処が間違いなく竜殻内部であることを示す、わずかに緑がかった青空。
無数に立ち並ぶ、想像もしたことのない背の高い建築物。
シャフト・エーギリーが知る限り、銀鉄帝国最大の都市、帝王の住まう中央帝都をも遥かに凌駕する……まるで比べものにならない文化が、今日の栄華を誇っている。
『文化交流実験共同統治領……またの名を、融和都市ホロハニエ。銀鉄の文化と羽衣の術理で発展したあの場所は——今年で、創立百年さ』
シャフトは、その言葉に衝撃を受けない。
薄々感じていたものは、実物を目にした瞬間、否応無い理解として突き付けられた。
隔てられている、という実感を。
(……ああ、そうか)
見下ろす都市に、戦火はない。焦げ付いておらず、欠けておらず、修復の途中でもない。
甲冑に聞いた情報に嘘は無かった。横合いから崩されぬ、平和な場所でしか有り得ない発展の有様が見て取れた——全体を遠くから一望できたからこそ、よりはっきりと感じられた。
(僕は——違うところに、来たんだな)
生き残れただの、戦争から解放されただの、そんな安堵が、まるで湧かない。
あるのはただ、茫然とした寂寞。
置いていかれた、という喪失の感覚。
自らは、あの輪の外側にいるということだけが、まざまざと胸を支配していた。
「————あなたは、知っていますか」
その感覚に取り憑かれたまま。
シャフトは、自らの首へ刃を当てるように、尋ねる。
「【栄光の王冠】部隊長、レキーナ皇女が、どうなったのか」
甲冑は、しばし黙した後に答えた。
『歴史に記録されているよ。かの皇女が、どのような最期を遂げたのか』
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