記録兵の知らない戦争


     (2)


 人が歴史を、すなわち、「ものごとを記し録す」という知性を持った時、それは既にそこにあった。

 地も海も山もなく、世界をぐるりと一周して横たわる、雄大で、偉大で、絶大で、比類なき——生き物の殻。

【竜】と呼ばれる存在の抜け殻こそは、即ち、世界の端を規定する境界線だった。


 竜は殻となってなお不可思議な力を宿しており、近辺では時に理を超えた事象が発生するためどの時代・どの治世においても接近を禁じられていたが、ある時、何の前触れもなくその一部が崩れて穴が開いた。

 竜殻内部の探索と、その向こう側への突破が人類の新たな課題となるまで、時間はほとんどかからなかった。


 人々は熱に浮かされ、希望を持って未知への探索に望み……そして。

 同じ志を掲げた対極の存在と竜の中で鉢合わせ、戦乱はそこから始まる。


 竜のこちらがわ、鉄火で穿つは銀鉄帝国。

 資源を掘り利用する、工業の発展を遂げたもの。

 竜のあちらがわ、大地を震うは慾帯種族。

 写す器官で共有する、自然の拡大を成したもの。


 相容れぬ二者は、争い、争い、争い、争い。

 飽きることなく、戦い、戦い、戦い、戦い。


 実に百年。作り出した製品を消耗しながら、写し取れる本物を消失しながら。

 得るために進んだ目的の果て、その真逆の結果に、お互いを浸し続け。

 

 そうして————ついに。

 


    ◆


「———————————————、え」


 銀巨人の語りを受け、呆然とした声が円柱頭から発された。


「……終わっ、た? ……戦争が?」

『随分意外そうな声を出すものだ。君たちは、それを目指していたのじゃあなかったかな? 【栄光の王冠】部隊。華々しき全滅こそが作戦目的だと、銀鉄皇帝直々に命じられた礎よ』


 合っている。間違っていない。

 自分たちは、第十三皇女の下。

 終わりの見えない戦争の、その果てを探して。

 こんな馬鹿げたことで、持って生まれた未来を使い切ってなるものか、と。

 今はまだ見えない場所に、いつかきっと辿り着く。そんな誇りを胸に、祈りを手に——。


『ありきたりの絶望ではなく、自分たちだけの希望にくるまれて死ぬと思っていた、かい?』


 シャフトの無言こそ、雄弁な肯定だった。

 戦争が終わるまで、絶対に生き抜くと誓うことと。

 そんな日は来ないだろうと、数々の現実を前に思い知ってしまうのは、両立するのだった。


『話を続けよう。こんなのはまだ、序盤もいいところだよ』


 シャフトは、待ってくれ、と言おうとして、やめた。


 望もうと望むまいと、時間は既に進んでいる。

 立ち止まっていては、きっと、何にも追いつけない。


    ◆


 百年に及ぶ泥沼の戦争に、終止符を打ったもの。

 それは、銀鉄帝国に於けるクーデターがきっかけだった。

 国政と軍事、双方に絶大な決定権を持つ、独裁の頂点——銀鉄皇帝が討たれたのだ。


 革命の指導者は、広く密かに浸透していた仲間たちと共に、速やかに帝国中枢を掌握。新たな国を作り上げる改革の手始めとして、戦争の勃発から二度代を変え、戦の方針と継続を決め続けてきた歴代皇帝の誰にも出来なかった決断を下した。


 即ち。

 慾帯種族との停戦、和平である。


    ◆


『今、君が何を考えているか当ててみせよう。……それができたら苦労はない、だろ?』

「……すごいですね。こんな円柱から、そういうのを読み取れるなんて」


 慾帯種族。

 彼らは意思の通じない、知性を持たない相手ではない。

 しかし、竜のあちらとこちらでは、根幹とする常識が、倫理が——生態を由来とする価値観がズレていた。

 あまつさえ、百年の戦乱を続けてきたという、厳然たる事実までもが存在する。


「銀鉄も、慾帯も、互いに多すぎる犠牲を出した。それは積み立てられた現実で、簡単に水に流せるようなことじゃない」

『まさしく君の言う通り。思い浮かべるのも馬鹿馬鹿しい、絵空事ってやつだ』


 しかし、と。

 銀巨人が、大きな一歩を前に進めた。


『困難は、不可能と同義じゃない。絵を空に描くなんて……とても素敵、見てみたいわ、とか。例の皇女様なら、そういうふうに言うんじゃないかな?』

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