PHASE 1/リロード・シャフト 円柱頭の帰還

夢無き時代の夢を見て


     (1)


 歴史の記録を紐解けば、『すべては、竜の崩落から始まった』と語られている。


 人類領域の最果てを規定する世界一周の大障壁、【竜の抜け殻】の一部が崩れて穴が開いた日。人々は、大地が更に続いているのだと知った。

 最大の工業国家にして軍事国家、銀鉄帝国は速やかに兵を挙げ、大規模な調査遠征に乗り出した。この冒険は更なる可能性と繁栄をもたらす大事業であると、未知への出立は夢と希望と喝采に彩られていた。


 ——それは当然、こちらと同時に、でも。


 竜殻の崩落は反対側でも起こっていた、その情報を人々は、調査遠征部隊の全滅と引き換えに知ることになる。


『竜の向こうには怪物がいる。連中はすべてを欲し、何もかもを写し取るべくやってくる』


 第一次遠征隊長の、それが最期の言葉であった。

 二つの世界を区切っていた境界線……竜殻内部は、人と人にあらぬものの戦争の最前線となった。


 戦争は拮抗しながら百年続き、人々は発展しながら疲弊する。遠い昨日、重い今日、暗い明日……長すぎる戦いに摩耗しきった、市井の諸人は嘆く。


 今の帝国に、一片たりとも夢は無い。

 どうせ生まれるならば、竜が崩落する前の、輝かしき【銀の時代】が良かった、と——。


          ■■■


 ————夢を見ている。

 眠りの中で、シャフト・エーギリーは自らの道程を再生する。

 そこで彼は、徴兵を受け、絵描きになる夢を諦め故郷を離れた新兵であった。座学の時間に、敵の正体と、当たり前の心得を叩き込まれた。


『【慾帯種族】は怪物だ。その駆除に躊躇いを覚える必要などない。未来を賭して励め、人類の明日が為、我らが皇帝陛下の為に!』


 むくつけき教官が気炎を吐いたかと思うと、場面が切り替わる。

 そこで彼は、戦場の二等兵だった。

 銀鉄帝国制式装具を纏い、二十日に渡る行軍の果てに疲労を極めている。

 

 帝国が研鑽し続けてきた工業技術は敵にとってそれこそじみた奇跡に映ったようだが、その運用は苦行の一語。連中のような、軽々としたがいかにも羨ましい、と前線の兵なら誰もが思う。


『最近、眠る前にいつも思う。連中の頭を撃ち抜くのと、自分の頭を撃ち抜くの——明日こそ、どっちが楽になれるか試してみようか、って。……ははは。悪い、忘れてくれ』


 そんなふうに漏らした同期は、次の日、哨戒中の不意打ちを喰らって死んだらしい。


 戦場は続く。

 戦争は続く。


 銀鉄帝国は執着している。正義の使命に——向こう側にある、工業では持ち得なかった可能性が得られる環境に。

 慾帯種族も囚われている。強い好奇心に——こちら側にある、自身たちが発想しなかった欲望で描かれた製品に。


 巨大すぎる希望が、幾万の願いを磨り潰しながら駆動する。これほどの犠牲を払った向こうにあるものは、本当に、失われたものと吊り合うのか。


 わからない。誰もわかりなどしない。

 わからないまま、今日もまた。

 百年で肥大化し続けた欲望が。ここでやめれば、損失が無駄になるという思い込みが。

 最前線の数多の命、数知れぬ“やりたかった”をと飲みこんでいく。


 結局、シャフトは、ああ、と悟る。

 自分は命が尽きるまで、この泥濘を出られない。


『大丈夫だ』


 場面が変わる。

 光が差す。

 それは、未来のないはずの部隊。『死ぬことが役割だ』と命じられて集められた三百の兵、人のかたちをした消耗品たちの前で、長たる彼女、幼き少女、第十三皇女は笑ったのだ。


『わたしはきっと、この戦争を終わらせる。諸君を生きて、地獄の外へ帰らせてみせようとも。それこそが——【栄光の王冠】の役割である!』


 彼はそれを、その瞬間の気持ちを、何度だろうと鮮明に思い返せる。

 ——けれど。

 過去ではない、この夢を見ている現在のシャフトは、知っている。


(僕。結局は、死んだんだよな)


 そう意識した瞬間、風景が消えた。並んでいた仲間たちが消えた。

 何もない暗闇の中に唯一残った、輝かしき銀の少女が、彼に背を向けて歩いていく。


 覚えている。忘れはしない。

 シャフトは彼女を、たった一人でも生かそうと送り出した。それが自分のやるべき……もっとも『絵になる』ことだと信じて。


 なのに今、それは悔いへと変わっている。

 一人ぼっちで歩いていくその姿が、その背中が、胸を裂くほど痛ましくて。

 泥濘じみた闇を進んでいくのが、まるで、冥府に落ちるような、不吉さで。


(待て——待ってください! そっちじゃない! 君は、違う!)


 叫んだ声は声にならない。

 動かす足は何も踏まない。

 暗闇の中、彼には意識だけしかない。


 遠ざかる。

 置いていかれる。

 彼女の側には、誰もいない。


(そんな姿、誰も見たくない! 君は——君は、光に向かっていかなきゃ……幸せにならなきゃダメだ、レキーナッ!)


 思いが爆発する。

 瞬間、彼に、感覚が取り戻される。

 そうして、あの時と同じ意思で、真逆の意図で。

 彼女を遠ざけるために突き出した腕を、今度は、掴み取るために伸ばして——。


———————————————


【ロストヘッドの再生】をお読みくださり、ありがとうございます!

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