あの世行き車両、敵種族付き


          ■■■


 ——伸ばした腕が“あるもの”をぶっ飛ばし、轟音が鳴り響いた。

 退けられたのは、重い鉄箱の蓋である。内側からなにかとてつもない衝撃を受け——不可思議なことに、箱の本体と蓋を繋げて封する札はそのままに、上部だけがくり抜かれるように押し飛ばされて天井にぶち当たり、衝撃が空を揺らす。

 その辺りで、ようやくシャフトはした。


(……ん?)


 世界に接続された。

 意識が存続している。

 自己は継続されている。

 目が見えて、音が聞こえて、黴臭いにおいを嗅ぎ、肌が空気を感じている。


(……いや……えっと……あ、あれ……?)


 静かな混乱を抱えながらも立ち上がり、一つずつ、己の状況を知っていく。

 周囲は暗い。そして明るい。足元のみが舗装された広い隧道トンネルは、壁面にも天井にも光る苔がびっしり生えている。それが天然の光源となって、周囲を照らしている。


 その光景は、幻想的だと感じ入るよりも、不吉さと陰鬱さを思わせた。

 さながら、御伽噺に聞くような、死者が冥府へと下る道のようだった。


(僕、今まさにあの世行き……とか、そんな雰囲気、っぽいんだけど……)


 説得力のある想像を、足元から伝わる現実感が否定する。

 彼は今、死神の牽く馬車でもなく、渡守の舟でもなく、走る機械の荷台に乗っていた。

 幻想と現実。相反する二つが隣り合って、競り合って——そこにいる自分もまた、死んでいるのか生きているのか、なんとも曖昧で、どっちつかずで。


(……いや。何はともあれ、こうして身体が動くなら、原隊復帰が最優先……そうだ、レキーナとの合流を目指して状況を把握……は、あく……っ!?)


 ここでようやく彼は遂に、最優先で対処すべき事態を自覚する。このままではとても、隊長に合わせる顔もない大問題を。


(ちょっ、これ、どうすれば……と、とりあえず可及的速やかに可能な限り法に触れないようどうにか……)


「うーむ。もちっとよく見せてくださいまし」

「わああっっっ!?」


 そんな中で、突然に声をかけられた。


「実に興味深い振る舞いです。頭の先っぽから下の先っぽまで、ぜぇぇ・ん・ぶ。……おっと。挨拶が先でしたわね。申し訳ございません、はしたなくて。おはようございます、あなた様。起き抜けからお元気満点で、ふふ、我が事のように嬉しく存じますわ」


 いつの間にやら。

 走る機械の、運転席らしき部分の屋根に、少女が腰掛けていた。


 認識と同時に対象を精査するのは、戦場に身を置いていた兵士の性だ。

 戦争は長く続く中でルールらしきものを形成しており、その一つに偽装の禁止があった。簡単に言うなら【兵士はそれとわかる格好をしていろ】というもので、それに照らせば少女は交戦対象から外れていた。


 衣服に軍属の雰囲気はなく、振る舞いは民間人そのもの。気になる点があるとすれば、その服のデザインだ。シャフトが帝国領から竜殻の中へ送り込まれて長いが、その間に銃後で何が起こったのか、大幅な変化を遂げている。


 上着の鮮やかな色遣い、大胆に入ったスリット……何より、彼の知る限り、あそこまで裾の短いスカートも、その下にぴっちりと肌にフィットする下履きを重ねて履くファッションなど存在しなかった。面食らうより心配になる。あんなものを着ていて、憲兵に修正を喰らわないのだろうか。


 そんな少女が身を乗り出し、手帳とペンを片手にシャフトをつぶさに観察している。

 さすがに、口を挟まずにはいられなかった。


「……あのぉ、すみません」

「はいはい」

「あんまり、その、まじまじ見ないでもらえますか……?」


 シャフトはおずおずと頼む。両手は、不適切で申し訳ないものを、うら若き女子に見せない為に使われている。


 さて。現在のシャフトが、現在進行形で襲われ続けている大問題。

 目覚めたはいいが、立派な成人男性が、一糸纏わぬ全裸であった。


「ああ。やはりそういうふうに動くのですね、あなた様は」


 相手の懇願も受け流し、視線を逸らさずペンの動きも緩めずに少女が呟いた。


「声色には羞恥を確認、強硬手段ではなく交渉を持ち掛ける。まるきり、普通で善良な人間のままのよう。それがあなた様の、生来の性質なのであれば……その中にいても、そうなっても、自己は変調せず継続した、ということでしょうか。それはめでたいやら、お気の毒やら」


 少女の発言が、シャフトにはよくわからない。

 ただ、動かすペンの激しさだけでこの少女が今非常に興奮しているのだということだけはありありと伝わり、かろうじて伝わった部分にだけ返答する。


「どうだろうね。普通も善良も、僕のそれと君のそれが同じ基準とは限らない。心の中なんて、結局、手に取って見えないんだから」

「——おやおや。貴重なお言葉、頂いてしまいました」


 ぴたり、と。

 走っていたペンが、急停止した。


「精神という自己領域の神聖視。内心の不可侵性を重んじながら、そうした言い方には『その障壁を超えてしまうもの』を知るがゆえの、ある種の矜持、祈りめいたものが含まれる。……うふふふ。相変わらず不便ですわね、【わず】の方って」


 戦慄が一瞬で背を駆け、半ば弛んだ気分が、その単語を聴いた刹那で臨戦に切り替わる。


【負わず】。

 それは、竜のこちらの人間を——竜のあちらの怪物が、示す時に使う呼称。


「私たちにはわかりませんもの。相手が何を考えているかわからない、なんてお悩みは。だったら写せばいいだけですから」


 そして、少女の背後からそれが現れる。

 薄く幅広な、淡い光を纏う長い不可思議の布が、誰の手にも触れられないままひとりでに舞い上がってくる。


 ……このあたりで、シャフトは内心自らを痛罵する。

 突然の接触に驚いたから、など言い訳にもならない。未知の相手に出逢った時、軍服の着用などよりもまず、しなければならない確認があったというのに。


 宙を舞う布……不可思議の帯に続いて、相手は更に明かしてくる。

 その背中に折りたたんで隠されていた、翼の骨格めいた身体部位……白磁が如き色艶風情の【帯掛け】が、広々と示された。


「君は……慾帯種族か……!」


 人智を外れた怪物。

 銀鉄兵の交戦対象。

 竜のあちら側から来たりしものは、不敵に笑んだ。


「ごきげんよう。生まれた時から相手と繋がる帯も持たない、ディス・コミュニケーションの種族様」


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