第4話 世界最後の決戦

 決戦の地は、光り輝く魔水晶クリスタルに覆われた幻想的な島だった。


 だが、そんな美しい風景とは裏腹に、夜空には邪悪な魔物の群れがひしめき、周囲には鼻をつくしょうにおいが漂っている。


 そして地上では早くも、アクセルたちが激戦を繰り広げていた。



「さすがに数が多いな! 魔水晶クリスタルのおかげで魔力素マナには余裕があるが」


「体力勝負というわけだな。降りるか? グリード」


「ハッ! 馬鹿を言え! 俺様の根性をみせてやる! ヴィスト――ォ!」


 二人は軽口を叩き合いながら、迫りくる魔物に対して風の魔法・ヴィストを放ち続ける。ふうじんによって倒れた魔物からはしょうあふれ、生ある者たちの生命力を徐々に削りとってくる。



「なぁ、レクシィよ! こんな時にくのもなんだが、まさかは伝説の……」


「ええ。原初の地、ダム・ア・ブイですわ」


「やっぱりか! ハハッ。最後に〝追い求めてた場所〟に来れるとはな!」


 原初の地、ダム・ア・ブイ。それは世界が生まれ、大いなる闇へと繋がるとされる場所。そこにはかつすることのないほどの資源が溢れ、伝説の秘宝も眠っているという。アクセルとグリードは盗賊として、長年この地を探し求めていた。


「ふっ。だが宝探しの前に、大掃除が必要なようだ」


「だな! おっとわりぃが、宝は俺様が先に見つけ出すぜ?」


「まっ、勝負は魔王を見つけたあとだな。このしょうではどうにもならん」


 アクセルの言う通り、魔物そのものの攻撃よりも、噴き出すしょうの方がきょうとなっている。


 騎士らも剣や魔法で善戦してはいるが、なかには口を押さえながら、水晶の大地にひざをつく者の姿も多い。



「ぐ……! 負けるな騎士たちよ!――レクシィ殿、魔王めは何処いずこに?」


は……。おそらく、あの中心に……」


 レクシィは負傷者に治癒魔法をほどこしながら、上空の〝闇〟を指さした。

 は暗黒の竜巻のごとうずを巻き、際限なく新たな魔物を生み出し続けている。


「ハッ、場所がわかってんなら話は早い。俺様とアクセルが、あのしんくせぇ竜巻を吹き飛ばしてやる!」


「正気か!? あの大群の中へ、たった二人で飛び込むというのか!?」


「はい。どうかその間、地上の魔物の掃討と、可能ならば援護を願います」


 周囲の魔水晶クリスタルの影響で魔法は無制限に放つことができるが、このままではしょうによって生命力が先に尽きてしまう。ジリひんに追い込まれる前に、先に手を打たねばならない。



「……わかった! 全員、守りを固めろ! 飛べる者は彼らの援護を!」


「感謝します。キュリオス殿」


「いや、感謝するのは我々だ。どうか、よろしく頼む……!」


 アクセルはグリードと呼吸を合わせ、周囲の魔物を魔法ではらう。そして生まれた一瞬の間に、彼は飛行魔法フレイトの呪文を唱えた。


「先に行くぞ。フレイト――!」


「レクシィ! あれを吹っ飛ばしたら、俺様があそこに連れてってやる!」


「はい……。どうか気をつけて、グリード……」


 グリードは得意げに親指を立て、飛行魔法フレイトでアクセルに続く。

 闇が支配する上空では、アクセルが相棒を待っていた。


 ◇ ◇ ◇


「早かったな。――気に入ったんだろう? 残っても構わんぞ」


「ハッ、抜かせ! ありゃ、俺様でも盗めねぇよ。――おら、行くぜ!」


「ふっ……。熱くなりすぎるなよ?」


 二人は魔法の出力を上げ、暗黒へ向かって高速でぶ。何名かの騎士たちが空で応戦しているが、やはり空中戦にかけてはアクセルたちの右に出る者はいない。


「邪魔だ、魔物ども! 疾風の盗賊団シュトルメンドリッパーデンを止められると思うなよ!」


「そういうことだ。……だが、その名前はどうにかならんのか?」


「ならねぇな! お気に入りなんだよっ!」


 目標への針路を妨害する魔物を風の魔法ヴィストで吹き散らし、二人はさらに飛行の速度を上げる。そしてついに、闇の竜巻を魔法の射程内に収めた。



「さあ、いよいよ俺様の大魔法をブチかます時だ! 準備は良いか?」


「ああ。だが余力は残せよ? 迎えに行くんだろう?」


「残せたら、な!」


 グリードは両手でいんを刻みながら、大魔法の詠唱に入る。

 アクセルは押し寄せる魔物の排除を続け、相棒が集中するための時間をつくる。


 やがてグリードの周囲に、緑色に輝く複数の魔法陣が浮かび上がった!


「吹き飛べ! ティルトヴィスト――ォ!」


 風の大魔法・ティルトヴィストが発動し、それぞれの魔法陣から高圧の旋風が巻き起こる。風は闇の渦を穿うがち、輝く夜空へと吹き散らしてゆく。


 そしてさらに魔法陣の数は増え、闇の領域は目に見えて縮小する。

 どうやら先のグリードに続き、アクセルも同じ大魔法を発動したようだ。


「――ハッ! 相変わらず良いタイミングだな!」


「まぁな。あとはオレだけで充分だろう。彼女を迎えに急げ」


「おうよ! 任せたぜ!」


 アクセルのおかげもあり、グリードは余力を残すことができた。彼は急ぎ、地上のレクシィの元へと戻ってゆく。


 ◇ ◇ ◇


 地上ではキュリオスらが空を見上げ、早くも大歓声をあげている。

 闇が小さくなったことで、この場の魔物も減少したようだ。


「おお、やったのか!?」


「いや、これからが本番だ!」


 興奮気味のキュリオスに早口で答え、グリードはレクシィを抱き上げる。


「どうにか相棒が抑えてる間に、急ぐぜお姫様!」


「――きゃっ!? は……、はいっ。お願いしますっ!」


 グリードは再び空へ向かうべく、運搬用の飛行魔法・マフレイトの呪文を唱える。

 これは他人を運べる分、速度の面では劣っており、戦場での使用には適さない。


「団長さんよ、援護を頼むぜ!――マフレイトォ!」


「了解した! よし、全軍気合いを入れろ! 彼らに道を切り拓け!」


 ときこえに見送られ、グリードは最大出力でアクセルの元へと急ぐ。そこにはすでに闇の竜巻は無く、が空中に浮遊しているのみだった。


 ◇ ◇ ◇


「アクセル、待たせたな!――まさか、コイツが」


「ああ。おそらくは魔王だろうな」


「――ヴァルナス! やっと……やっと逢えたっ……!」


 グリードの腕に抱かれたまま、レクシィは闇色に染まった男に向かって目一杯に両腕を伸ばす。彼女の声に反応し、男――魔王ヴァルナスは、真紅に輝く瞳を見開いた。


「グ……オオ……! レクシィ……ナノカ?」


「そう! そうよ! ああ、ヴァルナス!」


 愛する者の名を叫び、レクシィは大粒の涙を流す。


 いくたびもの過去を見捨て、幾度もの人々を見捨て、幾度もの世界を見捨て――ようやく辿り着いた、望んだ未来。


 すでに魔王ヴァルナスに敵意はないと判断し、グリードは彼の腕へと彼女を預けた。



「レクシィ……。アイタ、カッタ」


わたくしもよ、ヴァル……。さあ、もう休んで……。一緒に、大いなる闇へかえりましょう……」


「アア……。スマナ、カッタ」


 魔王の眼から闇がこぼれ、腕の中のレクシィに降りかかる。


 すると彼女のからだも闇色に染まり、二人の全身からしょうが溢れ出しはじめた。


「ありがとう、グリード。アクセル様。――わたくしたちは、一足先にきます」


「ああ! どうか幸せにな!」


「ふっ。再び奇跡が起こらないとも限らんさ。――またお会いしましょう」


 手を振る二人の男の目の前で、レクシィとヴァルナスの姿はくうへと溶け消えていった。


 運命にほんろうされた二人を見送った後、アクセルとグリードも地上へ向けて静かに高度を下げてゆく。


 ◇ ◇ ◇


「ハッ、上手くいったぜ。これでゆっくりと宝探しが出来らぁ」


「ああ、そうだな」


 そう言って笑みを浮かべるや、グリードは水晶の大地にあおけに倒れてしまった。アクセルはそんな相棒の姿を、明け始めた空をバックに見つめている。


「――だが、ちぃとばかし疲れちまった。わりぃが先に、休ませてもらうぜ」


「ふっ、奇遇だな」


 アクセルもニヤリと口元を上げ、おもむろに後ろへ倒れ込んだ。


「なんだ? お前も限界だったのかよ」


「まぁな」


「ハッ。抜け駆けされなくて済むってもんだ」


 言い終えたグリードは、力尽きたかのように両目を閉じた――。



 やがてたいようが昇り、周囲の魔水晶クリスタルまばゆい光を放ちはじめた。


 それと同時に、遠くからは騎士や街の人々らの、二人を呼ぶ声が響いてくる。


「……どうやら、まだ休ませてくれねぇらしいな」


「ふっ、戻ったら〝英雄グリード〟になるかもな?」


「ハッ、ごめんだね。俺様は、たとえ生まれ変わっても盗賊よぉ」


「ああ。それがいい――」



 ◇ ◇ ◇



 かくして、二人の思いとは裏腹に。アクセルとグリードは英雄として迎えられ、〝終了〟間際の世界には、束の間の恒久平和が訪れた。


 ほんの数日間ではあるが、人々には笑顔と活気がよみがえり、レクシィが宣言したとおり、世界最後の日を平穏と共に迎えることが叶うのだった。

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