第3話 秘めたる覚悟

 その後、たいようが西へと傾きかけた頃。


 キュリオスのめいで出発したじゅうが、数台の見慣れない馬車を引き連れて戻ってきた。それらの馬車からは続々と、町の住民と思われる人々が現れる。


「これは、いったい……?」


「はい団長。町で事情を説明したところ、この者たちが直接ピザを振る舞いたいと」


 従騎士にうながされる形で、料理人姿のかっぷくのいい壮年男性が進み出る。そこで彼は一礼し、団長らに対して笑顔をみせた。


「いやぁ、なんでも最後の決戦に挑まれるということで。ワシらも家で震えるくらいなら、いっそ皆様の応援をさせていただきたいと思いましてね!」


 男性の背後では続々と、馬車から野菜のかごや粉の入ったたるなどが降ろされている。それらの作業を行なう者の中には、女性や子供らの姿もあった。



「ふっ。これは勝利するしかないな」


「だなっ! まっ、大盗賊が二人も加わりゃ楽勝よ!」


「そうだな……。わかった、諸君らの心遣いに感謝する!」


 キュリオスは街の者らに対し、深々と頭を下げる。


 そうしている間にも作業は進み、土魔法によって創られた即席のかまに、炎魔法によって生み出された火が入れられていた。


 ◇ ◇ ◇


 やがて野営地が夕暮れに包まれる頃になると、辺りには食欲をそそるピザの香りが漂いはじめる。すると焼きあがった小さなピザを手に、キュリオスは満面の笑みで早速ほおった。


「おお、い! これはおじょうちゃんが作ってくれたのか? ありがとうな」


 見た目は不規則、食材はシンプルで熟成も不十分ではあるが、その味は〝さいばんさん〟とするには充分すぎるほどだ。



「ハッ! 俺様は勝つ! そんで、世界が終わる日を見届けてやるぜ!」


「ええ、そうね。だって、こんな展開は一度も……。これほど美味しい料理も、無礼な盗賊も出てまいりませんでしたもの」


「けっ、一言余計だぜ! せっかくのイイ女なのによ」


 グリードはたっぷりとソースの載ったピザを口に放り込み、おどけた動作と共に口元をつり上げてみせる。そんな彼を見たレクシィは口元を押さえ、しそうに声をらした。


 ◇ ◇ ◇


「む、つきが」


 切り分けられたピザを片手に、空を見上げていたアクセルがつきを指さす。銀色だった月はあかく輝き、それに呼応するかのように周囲の桜もあやしい光を放っている。


「おっ、そろそろ祭りか? あらよっ、いただきだぜ!」


 彼の元へ近づいてきたグリードが、アクセルの手からピザを奪い取る。

 そしてそれを迷いなく、自らの口へと押し込んだ。


「ふっ。くせの悪い男だ」


「――ぶはぁ! おうよ! 何せ盗みにかけては、俺様の方が上だからな!」


 トマトの香る息をはらけ、アクセルはグリードの肩を軽くく。


「ああ、わかっている。期待しているぞ、相棒」


「ハッ、今さら認めやがって! 任せとけ、相棒!」


 野営地の中央ではキュリオスが皆を招集し、最後の号令を掛けている。

 アクセルとグリードも姿勢を正し、彼らの中へと加わった。


 ◇ ◇ ◇


「諸君! 我らはこれより、決戦の地へとおもむく! 我らは必ずや魔王に勝利し、諸君らに世界終焉までの――残りわずかな安息をもたらすことを約束しよう!」


「皆様。わたくしは今度こそ、魔王ヴァルナスを阻止します。人間とエルフの――いえ、人類の力を合わせ、世界の終わりを平穏と共に迎えましょう!」


 キュリオスとレクシィの言葉にされ、集まった人々はいっせいかちどきをあげる。


 それと時を同じくして、大桜の根元から幹に沿って空間が裂け、そこに虹色に輝くゲートが出現した。



「ついにきたな。おい、団長さんよ。こん中に飛び込んで、好きなだけ暴れりゃいいのか?」


「ああ、そうだ。どうかレクシィ殿をの元へ」


「ここへ入れば、もう引き返すことは不可能です。本当によろしいのですか?」


「ふっ、今さら迷いなど無いさ。――さっ、いくか」


 アクセルは肩を慣らしながら、その言葉通りに迷いなくゲートの中へと入ってゆく。続いて相棒の背中を追い、グリードも勢いよく光の中へと飛び込んだ。


「よし! 彼らにおくれをとるな! ネーデルタール王国騎士団、全軍出撃!」


 騎士団長キュリオスを先頭に、騎士らも決戦の地へとなだれ込んでゆく――。



 そんな勇ましい仲間たちの姿を見送ったレクシィは、ひとり静かにあかつきを見上げた。


 大学を卒業後、名誉ある評議会の一員となれたものの、恋人であるヴァルナスのからだに、まわしき魔族の血が流れていることが発覚した。


 そしてレクシィも〝ダークエルフ族〟とまじわった者として〝エルフの里〟を追われることとなってしまった。


 その後、二人は世界から隠れるかのように各地を転々とし、レクシィは魔法の教師として、ヴァルナスは持ち前の戦闘力の高さでようへいとして名をせていった。


 ――しかし、強すぎる魔族の血はヴァルナスをむしばみ、彼は深い憎悪を抱きつつ闇の中にて命を落とした。


 が滅び去ったことでレクシィは再び〝里〟に迎えられ、悲願の評議会に返り咲くも――彼女の心が満たされる日は、最後まで訪れなかったのだ。



「ヴァル……。今度こそ、貴方あなたと共に……」


 レクシィは強い覚悟を誓い、虹色に輝くゲートをくぐる。

 そして今、ここで〝最後の最終決戦〟の幕が上がることとなった。

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