10話『曲げたくない』

 久々に怜央れおと話すのがうれしい、といった様子だった。陽介ようすけの妹、京子きょうこは、先日陽介ようすけが来た時には友人と遊びに出かけていたといい、『また来てくれてうれしい!』とごげんだった。

 その後、ひかえめに一言あいさつをくれたのは、陽介ようすけふたの弟、美月みつきだった。美大生として日々いそがしく、卒業に向けて大学やアトリエにこもることが多くなっているらしい。


 そうしてカウンターの向かいに美月みつきが立ち、となり京子きょうこすわって話をしていたが、『すがに何もたのまないのは申し訳ない』とメニューを見る。

 そういえばこの間、陽介ようすけが『美月みつきの考えたメニューも食べに来て』と言っていた。せっかくの機会、たのまないのももつたいないだろう。


「じゃあ、『ハンバーグと春野菜の付け合わせ』で」

「ありがとうございます」


 陽介ようすけに近いやや高めの、美月みつきの声。コンプレックスに感じているからと、これでも低く意識しているらしい。やわらかい声質は父ゆずりで、本人もそれを意識はしていると言うと、コーヒーマシンのそばに居たじゅん本人が、少し照れくさそうにほほんでいた。


「やっぱり格好良くなりましたよね」

 と、京子きょうこがまじまじと服装を見る。

「あ、ありがとう」

 男性服に近い『マニッシュ』というけいこうの服を着るのは、正直なところ店長のはつの存在も大きかった。『これでいいんだ』と思ったし、周りの女友達もそれを受け入れてくれた。……とは言いづらいのは、京子きょうこがそのはつへのあこがれが強いので、として話し始めそうだったからだ。

 しかし、京子きょうこから次に聞かれた事に、少しおどろいた。

「耳貸してもらえます? ……やっぱりさえる方が良いです?」

 はつはそうはしていないが、胸をさえておかないと女性として見られてしまうことは多く、気をつけることがより多くなってしまう。

 自信が無いわけではない。気をつけることが多いのだ。

「うん……それはそうだね」

「……やっぱそうですよね」

 京子きょうこも、陽介ようすけも、外ではこうの目にさらされることは知っていた。両親がとがめてくれるから多少はだいじようだけれど、心配はけたくない、と京子きょうこは言う。

「どうしても、それはあるから」

 自分も、京子きょうこも、分かってはいるのだ。それでも、自分が『かついい女性』でありたいという気持ちだけは曲げたくない。

 陽介ようすけだってそうなのだろう。怜央れおはそれに反して、陽介ようすけかいえた男性らしさにドキッとしてしまった自分がずかしかった。

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