3章

9話 傘を閉じて


 土のにおいがする。その香りをペトリコールと呼ぶそうだ。雨が降る前の感覚は、木のしげもりみや神社では特に感じる。怜央れおは『今日も後で神社に寄ろうかな』と思いながら、駅のホームに降り立った。

 今日も雨が降りそうだからとかさは持ってきた。その予想に反して、近づくほど雲にはすきが出来ていき、『フォレスタ』のり駅に着くころには、湿しつと独特なにおいを残してそこそこに晴れ間が出来ていた。

「……不思議」

 あの再会の日も、近づくたびに空が明るくなっていた。雲をはらうように風は強く、生ぬるい風に変な感じがする。駅の通りはまっすぐ続いて、そのちゆうで横道に入って進めば『フォレスタ』の看板がある。

 

「いる……」

 風で散らかった店前をようすけそうをして、横でその妹であるきょうが黒板つきの看板を外へ置き直していた。

 きんちようしてしまうのは、ようすけがいるというだけではなくて、よごれないようにとえてきたらしいズボンのすそを折り返して、そのすきからあしのぞいていることに気付いてしまったからだ。

 ――ああ、男なんだ。

 ずっと分かっていたことなのに、それを特別に感じてしまうくらいには好きなのだ。


 時間をかせぐようにゆっくり歩いていたつもりだったが、『格好良いものが好き』と怜央れおにもなついていたきょうがこちらに気付くと、「こんちはーっ」と手をってきた。あわてて手をかえすと、こちらを見たようすけの表情もぱあっ、と明るくなった。

「いらっしゃいっ」

「う、うん」

 どう反応したらいいか迷っていると、きょうが『かさ、預かります』と手を差し出してきたので、それに反応する、というのを言い訳にするように、あいまいな表情のままようすけから顔をそむけた。

怜央れおさん、案内します」

 きょうに先導されて店内に入ると、外の空気とわるようにこうをコーヒーの香りが満たした。

「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」

「ああ、いらっしゃい」

 じゅんの落ち着いた声と表情は、ちょうど雨が降っていたらガラス窓をキャンバスにして外をながめたくなる。カウンター席に案内されるときには、少しおくれて向き直ったはつともあいさつをした。

 後から、そう用具の片付けを終えたようすけもカウンターに近づいたところで、他の客から声がかかった。明るい返事をして向かっていたのを見送って、怜央れおは少しホッとしたのだった。

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