6話 好み

「ごちそうさまでしたっ」

 アップルパイを食べ終えて手を合わせたようすけに、はつうなずいた。

「うん。とりあえずはだいじようそうか?」

「……うん、だいじよう

「良かった」

 そう言うと、はつは皿を受け取り洗い流し始め、ようすけも席を立って、すっかり落ち着いた店内をわたした。


 大人になると、どうしても「後のこと」を考えなければいけない。この店をぐつもりで店員として働いている。一方で、『いつまでわいい服が着られるだろうか』という不安もおそう。イメチェンをするにしても、りがつかないかもしれない。ちょうど『モラトリアム』の期間なのだ、と何度も気付かされる。


 すると、再びドアベルが鳴る。

「いらっしゃいませ――あ、そうだ」

「ん」

 左手に持ったせんをぴっ、と挙げてしやくをするのは、近所の神社『もりみや神社』を取り仕切るもりみや家の次代当主である、もりみやそうだ。神社の人も仕事以外は洋服を着ていると思ってはいるが、私服でも和服を好む、ようすけの旧友。

 服のしゆが正反対な2人は、子供のころはあーだこーだとけんしたが『それがおたがいにとって一番自分らしい服だ』とはつじゅんたしなめられて、今ではおたがいの服のジャンルに関しては相談を持ちかけるほどになっている。そうからは、妻のに合うアクセサリーやしようひんをプレゼントしたい、といった具合に。


 そして、今日はようすけから相談をすることに決めた。カウンター席に案内してから、怜央れおに会った話をすると、少しおどろいたような表情をした。

「……ああ、あの子。神社で、会ったよ」

「マジで」

「うん」

 聞けば、どうやら退店後に神社をおとずれたらしく、夢でそんなことがあるかもしれない、とうすぼんやりと知ってはいたらしい。手で顔をおおようすけに軽くため息をつきながら、そうが続ける。

「――で。服に、ついては」

 本題を忘れるところだった、とようすけあわててそうの方を見る。

「別に、いきなり……変える必要も、ないでしょ」

 その言葉に、ようすけははっとした。

「あ……そっか」

「なるべく、自分の好みを、大事に、しなよ」

 勝手知ったる仲のそうからの言葉にホッとしたようすけをよそに、そうは『もりみや神社に来たんだから、今も気があるってことだよね』と思ったのをだまっておくことにした。

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